3―1 広島へ その一
俺は、最上瑠偉嬢との付き合いを真剣に考えている。
話をしていて楽しいし、庇護してやろうという気持ちが湧き出て来るんだ。
おそらく、彼女は一人でも生きては行けるとは思うが、俺が傍にいることで、より幸せにできると思うんだ。
物心両面でのサポートに、プラスαが俺なら与えられると思う。
人と云うものは、生きて行く上で、どうしても色々な場面で苦労はしなきゃならないだろうが、それを軽減できるかどうかで、伴侶たる者の価値が決まると思うんだ。
俺から与えてばかりじゃ駄目だけれど、彼女から得られるものも多いと思う。
未だ二、三回の逢瀬だから、それほど長く話したわけじゃないんだが、彼女とならうまく生きて行けるという確信が何故か持てるんだ。
面白いよな。
これまでは、それなりに望みつつも、どちらかというと女性にはあまり縁が無い生き方をしてきた。
そりゃぁ、幼稚園とか小学校低学年での淡い恋心的なものは抱いたことも有るが、それは単なる異性の友達の範疇なんだよな。
女性だから付き合いたいというのではなくって、何となく付き合えそうな奴だからつきあってみたという感じだろう。
それが結婚という形になるためには、少しばかり感性が違うんだろう。
無論、俺のいつの時代にもそれなりの候補は居たと思う。
『あの娘、良いな』と思う感情がある意味で恋愛感情のとっかかりではあるのだろうけれど、相手にその気が無ければ続かない。
まして彼氏がいたら、こちらからは手も出せない。
まぁ、略奪愛ってのもあるようだが、俺はそんな肉食系じゃないな。
どっちかって云うと、草食系になるんだろうけれど、ケントのお陰で余程のことでもなければ、俺の障害になるような男は居ないだろうな。
経済力でも、体力その他の能力でもだ。
果たして、俺(健司)の世界では、魔法使ったり、それに類するような超能力を行使できる者が居るのだろうか?
そんな奴が出てくれば、俺の強敵にもなり得るが、・・・。
国等の巨大組織も、その意味では大きな力が有るよな。
必要とあれば権力で、個人の権利とか自由とかを制限できるからな。
例えば、最上瑠偉嬢を含めて俺の親しい人を人質に取られたら、俺が動きずらくなるのは確かだよ。
無論、俺の能力をフルに使えば助けだすことはできるし、相応の抵抗もできるだろうが、国と喧嘩したら、この日本に居場所が無くなるよな。
俺なら、何処に行っても生活はできるとは思うが、少なくとも俺の家族や親しい人に苦労をさせるわけには行かんだろう。
その意味では、できるだけ敵を作らずに生きて行くことが大事なんだろうと思う。
人付き合いが上手くできている間は、周囲の者も含めて皆が幸せになれるだろう。
甘いのかもしれんが、そうありたいと思っているよ。
さて、7月30日に向けて、休みの日は二日ほど小旅行の準備をしなければならないな。
主にシレーヌ号のエンジンと船体の手入れなんだが、船内で軽食が食べられるぐらいの用意もしておきたいな。
もう一つは、こっちでは科学世界で電気や電子工学を中心とした機械文明なわけだが、ケントはその原理を利用して、動力源を化石燃料ではなくって魔石に代えた魔導具を造り始めている。
ケントに触発されたわけじゃないんだが、俺もこっちの世界でその利用法が無いかどうかを色々模索しているよ。
但し、こいつは飽くまで自分のために使うものであって、商売として売り出す気は全くないぜ。
原理が違うものだから、これが表立ってしまうと、色々突き詰められて俺自身が困ることになりかねない。
例えば、家庭用の太陽光発電では、概ね効率は20%程度だと言われている。
今後の技術革新でもう少し効率は上がるかもしれないが、出力100Wと呼ばれるソーラーパネルが、実際には20Wぐらいしか出ないということも往々にしてあり得るわけだ。
だから、産業用では大きな敷地に沢山のパネルを並べて発電しているわけだが、送電ロスや発熱のロス、更には天候の変化に伴う光量変化によるロスなどもあって、必ずしも計算通りには行かないのが光発電だ。
但し、ここにチョットした魔法の仕掛けを施してやると、効率が上がる可能性もある。
例えば、受光体は鏡のように光っているので反射率が結構大きいんだよな。
こいつを光が反射しないようにできれば、光エネルギーは受光体に効率よく吸収されることになる。
闇属性魔法の中で光の吸収という奴が有るんだが、まぁ、本来は明るい光が有るところに闇を作るような魔法ではあるんだけれど、こいつは、光が反射するのを邪魔することで光を闇と化しているんだ。
そうしてこいつも魔石を使った魔導具で再現できる。
その魔法による吸収先を受光体にしても別におかしくは無いだろう?
実際に俺のシレーヌ号には、普段は使わないけれど必要が有れば、魔導具を作動させて、受光効率を二倍以上にできるし、発熱によるロスも抑えてくれるんで、計算上はかなり高い効率が望めるんだ。
まぁ、だからと言って、船の推進動力源になるほどのエネルギーじゃないんだが、晴天の状況であれば、少なくとも発電機を動かさなくても船内で使う全電力の半分程度を確保できるぐらいの能力はあるし、船体が日射で熱くなるのも防いでくれる。
船体整備の方は、シレーヌ号を陸揚げしていないから、その分船体に汚れがどうしてもついてしまうのでれを落としてやる作業だな。
まぁ、これはマリーナに行った際は必ずやっているんだが、別に海に潜ったりデッキを磨いたりしなくても、俺の場合は魔法で汚れを落とせるから簡単なんだ。
水や燃料の補給も必要に応じて当然ながら行っているんだが、俺がやる特別なこととしては、真水を全部取り換えていることかな?
実は、シレーヌ号の本来の真水タンクは容量が少なくて、650ℓほどしか無いんだ。
単純に言えば、バスタブ三杯分程度だよ。
仮にシャワーで水を出しっぱなしにしたら、1時間ほどで無くなるだろうね。
乗員数が多ければシャワーだって使う頻度が高くなるし、特に海水浴なんかでは、どうしたって真水のシャワーが必要とされる。
そうでなくても、昔から船乗りさんが苦労していたのは水だ。
今はどうか知らないが、一日に洗面器一杯の水で、飲料水やら、歯磨き、洗顔、身体拭きから洗濯までこなさねばならなかったらしい。
うーん、流石にそれだけでは俺も衛星的な船内生活は出来んのじゃないかと思うが、そんなことにならない様に、本当に必要な場合は、俺のインベントリに有る真水を使うことにするし、それとは別に、空間魔法の魔導具で四倍程度の水量は別に確保してあるんだよ。
こいつは、秘密の水管ラインの切り替えだけで使えるようにしてある。
船舶検査官が観ても、魔導具が『ろ過装置』に似せて作ってあるから、何の切り替えなのかわからないようになっているよ。
いずれにしろ、水ってのはタンク等で長く保管していると、雑菌の繁殖や腐敗することもあるから、定期的に交換しなければならないんだ。
大きな船の場合だと、一年に一回程度はタンク内まで掃除をしている筈だぜ。
マンホールって言って、人が入れるような小さな出入り口がタンクに有って、そこから人が入って掃除をすることになるらしいんだ。
俺のシレーヌ号だとタンク自体が小さいから、そんなこともできないので、水を抜いて新たな水を入れるぐらいのことしか普通はできないんだが、俺の場合は、この掃除にも魔法を使って綺麗にしちゃう。
これもマリーナに行くときには毎度やっている作業だよ。
エンジン関係は、ばらしたりはしないが、全ての部品ごとに点検して異常がないことを確認しているし、俺独自の時系列表を作って、航空機のように部品交換の時期を決めているよ。
因みに部品自体は複製品を作って、時間を止めてあるから電子機器であろうと劣化はあり得ない。
だから、俺のシレーヌ号に限って言えば、俺が乗るたびに新品同様のはずだ。
今のところの予定では、7月29日の仕事が終了後に福山を発って、広島に向かう予定だよ。
概ね150キロ程度の距離が有るので、シレーヌ号の巡航速力だと3時間ちょっとかな。
最大速力でぶっ飛ばせばもっと早く着けるけれど、速力制限が有る海域もあったりするから、余裕を見て四時間だろうね。
7月29日頃だと日没は19時過ぎなので、18時に出港すれば、1時間程度は明るい状態でで走れるね。
夜航海も短時間なので十分可能ではあるんだが、おそらくは薄暮時までには、来島海峡の手前ぐらいまでは行けるはずだから、天候等の問題が無い限り、計画では今治市大島の北側で錨泊する予定だ。
7月30日の日出は、5時半より少し前だから、そこから来島海峡を通らずに大崎下島、倉橋島の南側海域を通って広島湾に向かうことにする。
この経路は、ほぼ航路外であるので速力制限がかからないから、早めに広島へ到着できると踏んでいる。
大島の北側海域から広島までは3時間以内で到着できるだろう。
計画では、広島のマリーナには、8時半ごろには到着できるはずだ。
瑠偉嬢から何度かメールが来て、訪問客は友人3名に家族が四名で瑠偉嬢を入れると8名になりそうだ。
で、クルーザーで行きたいところは、広島の東に有る坂町のベイサイドビーチ坂と云うところのようだ。
但し、このベイサイドビーチを含めて大概の海水浴場では桟橋が無いので、上陸のためには別の手段がいるな。
一応船外機付きのゴムボートを用意して上陸できるようにはしておくし、短距離の直線距離なら届くトランシーバーも一応用意しておく。
スマホは使えるだろうが、海に落としても困るだろうしね。
ストラップをつけた防水ケースも一応10個ほど用意しておいたよ。
もう一つは船に乗り降りする際に海に浮かぶ比較的大きな浮体も用意しておいた。
シレーヌ号の場合、船尾に一段低いフロアーが有って、そこに海からでも乗降できるようにはしごが取り付けられるのだけれど、ちょっと休憩するだけなら、ちょっと大きめの浮体の方が便利なんだ。
こいつは、空気を入れてやれば膨らんで休憩所のベースにもなるから、船に接舷させておけば便利だよね。
問題は、行先だな。
坂町は、広島のマリーナから近いから便利ではあるけれど、広島に近いだけに海水浴シーズンには込み合う場所であることと、海水の水質があまり良くない。
工業地帯が広島と呉双方に有ることから、その間に有る海水浴場としての評価はBクラスなんだ。
別に泳げないというわけでは無いけれど、Aクラスのの水質に比べると透明度も今一なんだよね。
だから色々調べて、瑠偉嬢に提案したのは、山口県の周防大島に有る厨子が浜海水浴場だ。
ここの海水浴場なら水質がきれいだからね。




