2-34 ケントの世界 その二十二
樹上で待つこと暫し、そろそろミッドナイトになろうかという頃合いになって、俺が予測した草原に多数の将兵が現れた。
その少し前に先遣隊と思われる少数の兵士がやってきたんだが、そちらはわざと放置している。
物見と云うか、斥候役と云うか、彼等から連絡が途絶えれば、本隊が警戒し、別ルートを取るかもしれないし、野営をせずに朝まで行軍を強行するという手も無くはない。
徹夜で行軍した代償は、将兵にとって厳しいものになるから、普通の場合はその手は選択しないとは思うのだが、王都近郊の宿場町あたりで籠城されても厄介なことになるからね。
なにせ人質代わりの住民多数がいるもんね。
俺としてはそんなことにならない様、今夜、ここで決着をつけたいと考えている。
但し、闇ギルドの刺客連中の場合は、左程躊躇なく殺せたけれど、今度は必ずしも彼ら全てが悪党というわけでは無い。
中には、誠実に生きて来た者も多数いるはずだ。
兵士という職につけば、上司が命ずる通りに動かざるを得ないという点で、往々にして悲劇が有る。
仮に上司が間違った命令を出したとしても、その命令に従わなければ、それだけで命令違反ということで厳罰に処せられるんだ。
残念ながら、封建社会では、概ね逃げ道は無い。
だから、一応、彼らの企てを放棄するという選択の機会を与えるつもりでは居る。
然しながら、兵士を率いる者はそれなりの覚悟で来ている以上、戦わずして領内に撤退するという方策は多分取れないのだろうと思う。
その場合であれば、こちらがいくら情けをかけて考える時間を与えても、無駄なことになるかもしれないな。
特に、今回はこの大軍を放置すれば、王都の住民が、場合によって酷い目にに会うことになる。
反乱軍と思しき者達はたかが三千、王都に住む者はおそらくは数万以上に近い数字になるはず。
まぁ、反乱軍の連中が率先して一般住民に手を出すとは思えないけれど、目的達成の障害になれば殺したり、人質にしたりするだろうし、場合により、婦女子を慰み者する蛮行が往々にしてあるんだ。
戦時の狂気とでも云うことなのか、俺にはその心理がよくわからないが、過去にそんなことはいくらでも前例があるらしい。
俺自身は、国王の臣下でも何でもないが、知己の人達が困っているので、なんとかして反乱軍を無害なものにしてやろうということなんだ。
そのために多数の将兵を死傷させることになるかもしれないが、王都、いや、王宮を攻め滅ぼす意図で進軍している連中を止めるには、彼らに強大な力の行使を見せるしかないだろうな。
生憎とただのデモンストレーションだけで諦めてくれる奴らでは無いだろうが、目の前で実際に、上司があるいは部下が簡単に死んでゆく様を見れば、闘争心も薄れる可能性が有るだろう。
健司の世界では、軍隊がその三割の将兵や軍備を失った時点で、軍隊組織としての戦力を喪失したものと見做されるんだそうだ。
三人に一人が欠けたぐらいなら大したことじゃないとも思えるんだが、実際にそれほどの損害を与える強大な敵とその後も戦闘を継続することは難しいわけだ。
今回の場合で言えば、三千の内の千人を殺さなければ駄目ということなのかどうかだな?
全ては指揮官の判断次第だろうし、場合により、農民などいわゆる専業兵士では無い者が動員されているのであれば、それらの者の戦闘意欲が失われるだろうな。
こればかりは予測がつかないんだが、できれば全員を殺すような羽目にはなりたくないと思っている。
さて、そんなことを考えている間にも、目の前の軍勢は野営の準備を始めている。
もう少し待って彼らの準備が整ってから、始めようか。
俺が、いざ、ことを始めたなら、仮に彼らが撤収を決めたにしても、それ相応の時間がかかることにもなる。
公爵の息のかかった将兵さん達ヨ、今夜はこれで休めるなど努々思うなよ。
◇◇◇◇
概ね1時間弱ほどで、野営の準備が整ったようだ。
数多くの簡易テントが草原に群がっている。
これでは、魔物も少々のことでは近寄れないだろうな。
数の暴力と云うのはそれだけ大きいのだ。
ここで、いよいよ俺の出番だ。
風魔法の一つに声を伝搬する古代の魔法が有るんだ。
こいつは、今の時代には伝わっては居ないらしいから、俺以外には誰も知らないはずだ。
その魔法を使って、草原に大挙して屯している将兵に呼びかけた。
「ベイエル公爵騎士団、バウマン侯爵領騎士団、カッスラー伯爵騎士団、フリーデル子爵騎士団並びに傭兵の諸君に伝える。
ベイエル公爵の陰謀は頓挫した。
あなた方の領主並びに雇い主は、王宮の地下牢に大逆罪により捕縛されている。
いずれ彼らには厳罰が下されるだろう。
そして、また、あなた方の決起が既に王都にも知れるところとなり、王都では鋭意待ち構えているところだが、このままあなた方の住むところに撤退するなら、その罪一等を減じられることになるかもしれない。
然しながら、この勧告にもかかわらず、なおも王都に進軍すると言うならば、この草原があなた方の墓場になるだろう。
あなた方に四半時の猶予を与える。
その間に徹底抗戦か、それとも恭順かを決めなさい。
今から四半時だ。
時は短い、速やかに決せよ。」
俺の声は、風に載せて四方八方から彼らの耳に届いており、どこに俺がいるのかは決して特定できないはずだ。
尤も、彼らの中に歴代最高の魔法師でも居るのならば話は別だが、そもそも俺の隠形を見破れない程度の実力では大魔法師とは言えないだろうな。
それから、彼等は無暗やたらと将兵を動かして声の主を探し出そうとする一方で、指揮官クラスが喧々諤々の議論をしていた。
「王都に我らの蜂起がバレている以上、このまま進軍するのは、向こうの思う壺に嵌ることになりかねない。」
「いや、そもそも我らを困惑させようとする意図が見え見えだ。
確かに狼煙の合図は王都でも確認したであろうし、我らが王都に向かって進軍することは王都でも予想しているかもしれない。
然し、そもそもが、ベイエル公爵領の騎士団のみならず、バウマン侯爵領騎士団、カッスラー伯爵騎士団、フリーデル子爵騎士団の精鋭と傭兵が加わっていることを知らない筈であるし、王都には現状で近衛騎士団千名程度の兵力しかないのだから、他の領から応援が来ない今を置いて、攻め時は無い。
遅れれば遅れるほど、王都に援軍が来るであろう。」
「いやいや、今の声がどのようにして我ら全員に聞こえさせたかはわからぬが、少なくともあの者は正確に我らの騎士団の所属と傭兵まで参加していることを知っておった。
あの者が王都の手先であるとするならば、王都でも我ら軍勢を正確に捉えているに違いない。
今一度検討を要するのではないか。」
等々、キリがないよね。
ここで心配しだしたら、果てが無いんだ。
彼等は結論が出ないまま、四半時後を迎えることになった。
俺は、最後通牒を突きつけた。
「猶予時間が過ぎた。
このまますぐに撤退を始め、それぞれの領地に戻るなら良し。
さもなくば、この地が貴様たちの墓場になろうぞ。
返答を聞こう。」
残念ながら、誰も声を出さなかった。
仕方がないよね。
全員を殺すつもりは無いが、あるいはそうなるやもしれない。
俺は、一言「全員覚悟せよ。」と言ってから、雷属性魔法の中級を放つための準備を始めたよ。
中級でも俺の魔力が大きいために威力はかなりのものだし、何しろ攻撃対象の範囲が広いからね。
呪文を唱え、なおかつ、魔法陣を彼らの真上に顕現させなければならないんだ。
その上で俺の保有魔力の半分以上をつぎ込んで魔法を発動させた。
うーん、魔法の名前なんか無いんだけれど、敢えて付けるとするなら、「遮天轟雷」とでもするかな?
彼らの野営地の広さは、およそ3ヘクタールほどもあるんだが・・・?
その彼らの野営地をすっぽり覆うほどの巨大な魔法陣が天空を覆い、その魔法陣から所かまわず轟音と共に雷が落ち始めたのである。
概ね十数えるほどの魔法の持続時間が過ぎて、ほぼ全員がその場に倒れ伏していた。
未だ動けるものも居るようだが、その者も両手をついて四つん這いになっている。
馬も横倒しになって泡を吹いているから、生きていたにしても、当分の間は使い物にならないだろう。
もう一つ言うなら、恐らく心臓の弱い奴や当たり所の悪かった将兵は、一命を落としている筈だ。
四つん這いになって呻いている奴は、地面に雷が落ちた際にその近傍に居たために何某かの被害を被っただけで直撃を受けた奴じゃない。
直撃を受けたなら、如何なる豪傑と云えども耐えることができないほどの落雷だった。
俺がやったこととは言え、無数とも思える落雷が轟音とともに始まった時は、術者の俺でさえ身体が猛烈に震えたよ。
真夜中にもかかわらず、周辺は強烈な白光で満たされていたからな。
轟雷が終わった瞬間は、その反作用で周囲が全く見えない暗闇になってしまったな。
終わってみれば、三千の将兵の内、多少なりとも動いているのは数百名に満たないだろうな。
その者達も無傷とは言えないであろう。
彼らが王都に辿り着けたとしても、近衛騎士団の敵になるとは到底思えない。
仮に、そんな無茶をする者が居るなら、今度は完全に息の根を止めるしか無いよな。
取り敢えず、一時間ほどはその場で監視をしていたが、落雷をほぼ避け得た者は本当に少なくて数十人程度、近場に落ちたために酷い落雷の火傷を負ったものが二百名ほど。
俺の気配察知で確認したところでは、命を絶たれたものが千五百名を超えていたようだ。
残りの者は、かなり重い火傷を負っている重症者であり、とても戦闘に耐えられる身体ではない。
つまりは、間違いなく継戦能力がほぼ無くなったとみて良い状態になったわけだ。
この時点で放置しても良かったかもしれないが、彼らの生き残りが破れかぶれで近隣の宿場町等に悪さをしても困るので、鋭意監視を続けたよ。
そのうちに三々五々ながら、動ける者はベイエル公爵領に向かってとぼとぼと歩き始める者が出始めた。
傍に自分たちの仲間が助けを求めていても、その術が無く放置して引き揚げ始めた様だ。
普通に考えれば衛生兵のような従軍治癒魔法師がいても可笑しくは無い筈なのだが、あるいは、その者が真っ先に死ぬか動けなくなったのでは、治癒魔法も期待できない。
まして、自分自身を助けるのがやっとの状態では、他の者を見捨てるのも仕方が無いのだろう。
この時点で、俺は王都に戻り、宰相に撃退の概要を説明し、可能ならばという条件の下で、負傷者の救助をお願いしておいた。
その上で、唐突ながら、宰相と姫さんにも別れを告げたよ。
俺がこれ以上王都に居る必要性も無いし、居るときっと褒美やらなんやらと面倒な話になりそうだったから、速攻で俺は逃げたわけだ。
宰相と姫さんが引き留めるのも構わず、転移を数回続けて俺はカルヴィアへ戻ったよ。
あ、そう言えば第一王子の治癒代を、まだ貰っていなかったっけ。
まぁ、王都滞在中は、なんだかんだと宰相の家でお世話になったから、その分でチャラにしようかな。




