2-30 ケントの世界 その十八
俺自身が課した宿題はあったけれど、昨晩は、まぁまぁ、早く寝られた方だろうな。
今日は、ちゃんと自分で起きて、カタリーナさんに叩き起こされずに済んだよ。
朝食を食べて、庭先で柔軟体操、それから若干の時間をおいて今日も王宮へ参内だよ。
すっかり定着した王都での俺の日課だよな。
宰相閣下も忙しいだろうに毎回俺に付き合ってくれる。
まぁな、俺が仮面をつけた不審人物だから、彼が居ないと王宮へは入れないんだ。
第一王子の寝室はわかっているから、隠形で忍び込むことは可能だけれど、何時でも付き人が居る状態だから、バレると大騒ぎになりかねないので、危ないことはしない。
宰相にしてみれば、俺は次期国王様の命を助けた大恩人なのだから、その世話を焼くことを左程苦にしていない様だ。
でも、俺はやっぱり平民だから、余り世話を焼かれると、俺の方で気が引けちゃうんだよ。
第一王子の容態は、昨日よりももっと改善していて、ほぼ9割以上の健康体と思われるから、本復まであと一息と言うところ。
このまま、妙な邪魔が入らなければ確実に健康体に戻れるだろう。
で、今日の姫さんの到着を待って、明日以降の手立てを考えておかねばならない。
姫さんの到着は夕刻だろうから、宰相邸に来るとしても明日以降になるかもな。
そうなれば、一日余分に王都に滞在せねばならないな。
仮に、ベイエル公爵一派の暗殺計画を明るみに出した場合、最悪、ベイエル公爵派の主だった貴族を叩き潰すことも考えなければならないかもしれない。
ベイエル公爵と言う男は、大逆罪ともなるべき「王太子暗殺」を企んだ人物だからな、対応を誤ると内乱を起こす可能性が十分にあり得ると思うんだ。
ベイエル公爵の領地は、王都に連なる一等地にある。
で、王宮から戻ってから、またまた、日中の昼寝を装って、公爵一派の監視装置の確認とデータ回収に出かけ、ついでにベイエル公爵の領内の様子を見に行ったんだ。
無論、隠形のままでのスパイ活動だよ。
困ったことに、ベイエル公爵領にはかなりの兵力が集まっていたよ。
邸みたいなところにそんな軍勢を置いておけば目立つけれど、人里離れた峡谷に二千人ほどの軍勢を秘密裏に集結させていた。
このほかにも、正規の騎士団約千名が駐屯地に居るから、ベイエル公爵が動かせる軍勢は合わせて三千名ほどになるよね。
こいつは王都を制圧し得る一大勢力になるのかもしれないな。
それに王都に居る王宮魔法師団を束ねているのが、公爵側近であるフリーデル子爵だからな。
魔法師の大半が公爵側に付く可能性もある。
王都には、近衛騎士団が千五百名ほどいて、それなりの実力者も居るようだが、俺の見立てでは半数以上が見掛け倒しの儀仗兵だね。
一方で、峡谷に集まっている集団はと言うと、バウマン侯爵、カッスラー伯爵、それにフリーデル子爵の騎士団の中から選ばれた精鋭が千六百ほど、残りは公爵が金に飽かせて集めた私兵だが、冒険者上がりで結構なレベルの猛者のようだ。
仮に、王都を守るのが近衛騎士団だけであれば、苦戦は免れないだろうな。
必要ならば、俺がメテオで軍勢がまとまっているところを狙って始末することもできるが、俺としては一方的な殺戮のような大量殺人は余りしたくない。
彼らにも守るべき人が居て、相応の正義を振りかざして来ている筈なんだ。
その意味では単なる刺客や、盗賊の類とは違うからなぁ。
ボスが悪いからと言って、その配下全てが悪人では無いんだよね。
信じる目的や上司のために真摯に動いている人を、魔物と同様に俺が無碍に殺すことには抵抗があり、絶対に迷いが出るだろうから、こういう政争には巻き込まれたくなかったんだよ。
さてさて、どうなるか・・・。
俺に最後の手段は使わせないでほしいな。
そのためならば、首魁四人を殺した方がまだましだろうなと思っている。
頭が居なくなれば、峡谷に集結している連中は烏合の衆だから彼らだけで反乱を起こすとは考えにくいんだ。
西に陽が傾いた頃に宰相邸に戻ったら、ちょうど姫さん一行が、伯爵邸の門前に着いたところだった。
どうやら王都に戻ったその足で宰相邸に来たようだね。
本来なら、王宮への帰還報告が優先されるだろうに・・・。
いや、一旦王宮へ戻ると、王族の場合は、その後の行動が制限されるのかな?
今回のカルヴィア訪問だって、異例中の異例だったに違いない。
だから事前に王女が行くことさえも知らせずにカルヴィアに来たんだろう。
王族が臣下である宰相邸を訪問することは、余り好ましいことではないのだろうな。
王族であればこそ、用事があるなら、臣下を王宮へ呼びつけるのが普通なのだろう。
従って、姫さんとしては、そうした制限がかかる前に、俺や宰相と打ち合わせをしておきたかったのかもしれない。
取り敢えず、俺が不在と言うことがバレないうちに戻れてよかったよ。
カタリーナさん、俺が寝ていたら絶対に揺り動かしても起こすだろうからね。
そんなことをしたなら幻術が解けて、身代わり人形が見えてしまう。
きっと大騒ぎになるだろうね。
いずれにせよ、俺が割り当てられた部屋に戻って左程の時間を置かずに、カタリーナさんが俺を呼びに来たよ。
階下の応接室で、宰相と姫さんが待っているようだ。
さてさて、秘密会議の開催をいたしますか。
◇◇◇◇
階下の応接室には、姫さんと宰相が待っていた。
ついでに宰相の従者とメイドさんもいっぱいいるし、姫さんの警護騎士達も当然にいるわけだ。
何処まで、この人達に秘密を公開すればよいのかな?
止むを得ず、挨拶もそこそこに俺は切り出した。
「エルヴィーラ王女殿下、並びに、エッケルハルト宰相閣下に申し上げます。
これから内密のお話をしたいと存じますが、事は国家の機密事項に関わる話。
できれば御人払いをお願いしたいと存じますが、如何でしょう。」
「ほう、のっけから・・・。
ハンスの例もあるので、内密の話とあればやむを得ないか。
お前たちは下がりなさい。」
宰相の命により、従者とメイド達は引き下がった。
残るは、姫さんの従者だよね。
例の魔法使いの老人と、近衛騎士のと思われるサンドラ嬢達が残っているんだが・・・。
俺が、姫さんの方を向くと、姫さんも意を決したようだ。
「警護は、サンドラだけで良いでしょう。
ワーレン老師と他の者は、長旅で疲れたでしょうから別室で休んでいてください。
リック殿、サンドラは私が幼い頃から傍にいる信用のおける者。
サンドラだけは残してください。」
姫さんのお願いに逆らえるわけもなく俺は頷いた。
但し、断りを入れた。
「失礼ながら、サンドラさん。
これから見聞きする話は、墓場まで持って行くようにお願いします。
漏れたが最後、貴方はもちろんですが、あなたの親しき者にも大いなる災いが降りかかる恐れがございます。
事は、この王国をも揺るがす秘密にございます。
その秘密を知る者は限定しなくてはなりません。」
サンドラ嬢は、身を固くして頷いた。
俺は、ワーレンさん達が部屋を出たのを見届けて、部屋に結界魔法をかけた。
これで、如何に耳をそばだてようと一切の物音は聞こえない。
その上で、大きな窓にかかっているカーテンを引いた。
魔法を使って一斉に数か所のカーテンが閉めたんだよ。
これには、流石に姫さんも伯爵も驚いたみたいだ。
普通の魔法師が使う魔法と言うものは、同時に多くのことをできるようにはなっていないらしい。
それを魔法師ギルドに所属していない俺が簡単にこなすから驚いているころなんだろうね。
「勝手ながら、結界を張らせていただきましたし、外からこの部屋の様子を窺う目も潰しました。
これで大事な秘密をお二人にお話しできます。
既にエルヴィーラ王女殿下には、その一端を申し上げておりますが、第一王子の暗殺を謀ったのはベイエル公爵の一派でございます。
直接の証拠となるようなものはありませんが、彼ら自身が自白したと同様なセリフを吐いているのをこれからお目にかけます。
なお、不明な点があっても、御下問は後回にしてください。」
そう言って俺は、プロジェクターとポータブル電源を取り出し、専用のスクリーンを空中に浮かせて設定した。
そうして、そのような物が急に現れたことにも驚いている二人に、ベイエル公爵とフリーデル子爵のやり取りを音声付きで見せたのだ。
今一つ、王都から二つ目の宿場グルーデンスに配置された刺客を匂わす発言部分も映像には入れてある。
データに入っている映像(例えば無人の部屋とか?)を全て見せても意味がないので肝心な部分だけを編集するのに昨夜、小一時間はかかったんだぜ。
グルーデンスに屯していた刺客の連中を殲滅した証拠の画像も無くはないのだが、ある意味でグロだからその部分の画像は入れていない。
但し、口頭では、姫さんの一行を待ち受けていた刺客三十名ほどを始末しておいた旨を話しておいた。
そうして、また、今日の午後に、隠密裏にベイエル領に行ったことと、そこで見聞きしたことも話しておいた。
これは証拠の画像(写真)もあるので編集の中に入れてある。
その上で俺は言った。
「この映像は、俺の魔法で見せてはいますが、現実に起こった事柄です。
但し、どなたかが指定する任意の場所に行って、過去に遡って証拠を集めて来いと言われてもできません。
ある意味で至って不自由な魔法だとお考え下さい。
さて、この情報は如何いたしましょうか?
彼らが第一王子を暗殺しようとしたことは、この映像と音声が本物であると万人に認めて頂けるなれば、明確な証拠となるでしょう。
生憎と私は、この国の王家や司法に携わる者が、正邪若しくは真偽の判定に使えるような魔導具若しくはそのような真贋判定の魔法を使えるのかどうかを知りません。
仮に、そのような証明方法が無ければ、彼らが暗殺を企み、未遂ながら実行した罪で糾弾しても、魔法で作られた虚実の幻影であろうとして突っ張ねられるだけに終わるでしょう。
今一つ、現在、ベイエル公爵の領内には秘密裏に集めた軍勢約二千が居ります。
これにベイエル公爵領の騎士団を加えると約三千の軍勢に相成ります。
万が一の場合は、ベイエル公爵の命令一つで、この軍勢を使って公爵一派が反乱を起こす恐れが高いと存じます。
さらに言えば、フリーデル子爵が、王宮魔法師団の半数程度を押さえている可能性もございます。
さて、エルヴィーラ王女殿下それに宰相閣下、ことは国家の一大事にございます。
この一件について、以後の対応について如何にすべきでしょうか?
そうして、明日の王宮参内で第一王子の本復を確認したなら、私としてはカルヴィアに戻る予定でしたが、それでもよろしいでしょうか?」




