2ー24 ケントの世界 その十二
翌朝、俺は伯爵邸の門前で待っていると、中から警護の騎士に守られて立派な馬車が出て来た。
エッケルハルト宰相が一人で馬車に乗っているのを確認して、俺は隠形のまま空間転移で馬車に乗り込んだ。
そうして小声で宰相に話しかける。
「エッケルハルト宰相閣下。
姿を隠しておりますが、昨日お会いしたケントにございます。
なお、このまま宰相閣下の傍についてまいりますので、速やかに第一王子の寝所の方へ向かうようお願いいたします。」
若干驚きながらも、宰相は小声で言った。
「前から声だけ聞こえるが、相変わらずそなたの姿は見えぬな。
それに儂もそれなりの剣技を持っておるのじゃが、気配すら掴めぬ。
では、以後、少なくとも第一王子の傍までこちらからは一切話しかけぬでな。
よろしく頼む。」
「はい、かしこまりました。」
伯爵邸から王宮までは10分ほどだが、王宮の門をくぐってからが長い道のりだ。
馬車を降りるところまで概ね10分、それから王宮の中に入って広い回廊を曲がりくねりながら歩き、階段を上って約10分ほどかかったな。
その間、様々な扉の前で何度も身分と用件を確認されるので、概ね伯爵邸を出てから40分ほども経っていただろうと思うが、ようやく目的の部屋に着いたようだ。
この間、俺は宰相の頭上にあって、浮遊しながらついて行ったんだ。
王宮の中に魔法を使えないようにする魔法陣などが有れば、隠形も無理だったけれど、宰相に昨夜確認したところでは、王宮にそのような防御システムはないそうだ。
但し、高位の魔法師ならばあるいは魔法師の存在に気付くかもしれないが、おそらくはハルマンド王国には、そのような高位の魔法師は一人しかいないし、高齢になったために、現在は北部にある彼の故郷で隠居しているという。
まあ、それでも万が一の場合は一気に空間転移で逃げる算段はしていたけれどね。
幸いにしてそのような心配は必要なかったみたいで、伯爵にくっついた俺は、無事に第一王子の寝所にたどり着いたよ。
寝所に入ってすぐに、アブシオン伯爵令嬢と同様に、重病人の気配を察知したんだが、伯爵令嬢よりもこちらの方が重篤で、既に身体の一部が壊疽を起こしておりその臭いが鼻につく。
これは、間違いなく死期が近い。
今回は、時間的余裕が有れば、診察のみのつもりだったけれど、止むを得ませんね。
宰相に耳打ちする。
「宰相殿、これはいけません。
様子見段階の状態は疾うに過ぎています。
ですから今すぐ治療を始めます。
その前に、失礼ながら第一王子の傍についておられる方々の意識を奪います。」
俺はそう言って、即座に、宰相以外のその場に居た者達の意識を奪ったよ。
倒れて怪我をしても困るから、俺の魔法で身体を支えて床に寝かせてあげた。
そうして周囲に結界を張り、ドアも開かないように魔法で固定した。
それと同時に第一王子の病の検証を行う。
寝ている第一王子の唇は、既にチアノーゼが出ている。
血管内に毒素が混じっており、それが肺呼吸に深刻な影響を与えているみたいだ。
ありふれた毒物なら治癒師か誰かが気が付きそうなものだけれど、この世界では確認できない毒物もあるのかな?
健司の世界でも服毒してから時間が経過すると、その存在が確認できなくなる毒があるらしいが、俺は正確には知らん。
空間センサーによる透視では、肺炎に重篤な炎症があり、特に脚部の血行不全により足の指が壊疽を起こしているほか、内臓全般に内出血が認められる。
うーん、こいつはもしかすると溶血性の蛇毒なのかもしれないな。
もう一つ、アブシオン伯爵令嬢と一緒で、やっぱり呪詛のような邪気を感じるね。
従って、呪詛の解呪と、毒素の消去、細胞組織の復活のために、三つの魔法を同時発動したよ。
解呪魔法、解毒魔法、再生魔法なんだが、覚えたての神聖魔法も付与してみたよ。
但し、ちょっとやり過ぎたかもしれない。
第一王子を中心に眩い光が溢れ、日中にも関わらず、その光が外部に漏れてしまったよ。
まぁ、やってしまったことは仕方がない。
多分、宮殿の外にいた人が気づいたのだろうね。
それから十分ほどすると、ドアの外が騒がしくなった。
ドアは魔法で開かないんだけどね。
一方でその間にも第一王子にかけた魔法の効果はすぐにも現れて来た。
少なくとも第一王子の頬に血色が戻り、チアノーゼも無くなった。
再度の身体サーチの結果、毒物は体内から除去され、呪詛は呪詛返しにより、呪詛を行った者に倍返し?いや、神聖魔法で強化されたんで、更に倍々返しになったかも知れない。
肺機能が復活し、内臓に多数認められた内出血もほぼ改善されている。
壊疽になっていた足の指も、かさぶた状になっているので、数日もあれば寛解すると思う。
部屋の外が騒がしくなってきたから、まずは、第一王子の付き人の意識を戻さねばならんだろうね。
それで、治癒魔法を終えたことと、第一王子の容態と今後の見立てを伝え、意識を失っている人たちを元に戻してよいかと宰相殿に尋ねたよ。
「あぁ、第一王子の治療が終えたなら、側付きの者達の意識も戻して構わんが、そなたも姿をそのままにしてはどうか?」
あれ、また面倒なことをおっしゃいますねぇ。
折角、誰にも知られないままに全てを終えて、人知れずカルヴィアに戻ってしまおうと思っていたのに・・・。
「いや、私がこの場に居れば、今回起きた事象に何らかの関連がある不審者として捉われましょう。
ここは姿を隠して、さっさと御暇したいのですが?」
「いやいや、第一王子のお命を救った功労者をそのまま返すわけには行かぬ。
それに、このまま其方に去られてみよ。
私は何と説明すればよいのだ?」
「いやぁ、それは神の思し召しで奇跡が起きたとかなんとか・・・。」
「ふむ、その手もあるやも知れぬが、儂しか目撃してはおらんのじゃから、はなはだ説得力に弱いのぉ。
この場に聖職者でもおればよかったのじゃが、・・・。
いや、ここはどうでも、そなたが治癒者としてこの場に居てもらわねば困る。
特に、大公派閥の者が、この一件を深く探り始めるじゃろう。
なれば、儂の潔白を証明する人が居なければならぬ。
じゃから、頼むからこの場におってくれい。」
こんなお願いをされても困ってしまうよね。
俺が第一王子の死病を治したともなれば、後が物凄く面倒になると思うんですよ。
仕方がないから、俺の方から折衷案を提案しましたよ。
俺の名は名乗らず、仮面を被って、この場に残ること。
衣装は、まぁ白づくめにしようかね。
俺の診療所で使おうかと思っていた健司の世界の診療衣がインベントリに入っているんだ。
ドクターコートの中も、白いズボンに白いハイネックを着て、白いシューズを履き、ついでに白色の手術用帽子を被って、即興で造った白色の顔全部を覆う仮面をつけていれば、全体が白尽くめの怪人(?)になるよね。
王都に居る間は、これで押し通すつもりだし、左程長くいるつもりもない。
特に政争に巻き込まれたりしたら、とっても困る。
俺の名前を聞かれたら?
うーん、必要とあれば、健司の姓「矢田」をもじって、「ヤーダ」にでもしておこう。
これで公爵派の追及を避けられるかどうかは不明なんだが、あくまで謎の人物としておいた方が俺としては得になると思う。
まぁ、それでも何やかやと、宰相一派には利用されそうな気はするんだが、・・・。
お願いされても、出来るだけ逃げることに徹するつもりだよ。
まぁ、この辺の事情については、後刻、姫さんにも説明しておかねばならんけどな。
その辺の打ち合わせを素早く済ませ、俺が変装をしてから付き人達の意識を戻したよ。
当然に皆が驚いているわけだが、何よりもそれからすぐに第一王子が目覚めたので、一気に雰囲気が変わったな。
結界を消去し、ドアの閉鎖もやめた。
途端に血相変えた人たちが寝所になだれ込んできた。
今俺の目の間には四、五本の剣先が突きつけられているよ。
まぁな、全身白尽くめの仮面を被った不審者が貴人の傍にいるとなれば、そういう反応になるよね。
それを盛んに押しとどめてくれたのが宰相閣下だな。
宰相さんにしても、俺がこの場で捕縛されでもしたら至極面倒なことになる。
何としても第一王子の治癒を為した立役者が必要なんだ。
いずれにせよ、宰相閣下の頑張りもあって、俺の不審者容疑はなくなった。
宰相が俺のことを懸命に説明したよ。
「このお方は遠方のさるところから招いた高位の聖職者であり、この場で高度な治癒魔法を行使して、今まさに死神に命を奪われんとした第一王子を見事助け参らせた人物じゃ。
王家の恩人ともなる人物じゃから、くれぐれも失礼があってはならん。
ここ一両日は我が邸にて滞在し、明日にも第一王子の経過を見てから、帰られるとのことじゃ。
宮殿の外でこの部屋に見たという白い光は、このお方が発動した神聖魔法じゃ。
軽々しく、このお方の噂をすることは当分の間禁ずる。」
その後、宰相閣下は、取り敢えず、第一王子の回復を国王に報告に行った。
その間、俺は、第一王子の寝所で待っていたよ。
俺の傍に、帯剣した護衛騎士が二人も居ると、何となく落ち着かないよね、
メイドさんたちは第一王子の面倒を見るとともに、俺にお茶をだしたりしてくれるんだけどさ。
俺って、仮面を被っているから飲食はできないんだよね。
でも、折角だからお礼だけ入っておいたよ。
四半時(30分)程して宰相閣下が戻って来た。
その後、俺は宰相閣下と共に、一旦王宮を離れ、伯爵邸に戻ったよ。
馬車で運ばれる最中に、宰相閣下には、毒のことと、呪詛のことを話しておいた。
宰相閣下はそれを踏まえて必要な対策をとると言っていたな。
俺も仮面を被ったままだけれど、今回は伯爵邸の正門から入ることができたね。
俺は、伯爵の手配で、賓客が来た際に使用される豪華な部屋に案内されたよ。
食事等については、全てこの部屋でするものとして、従者達は極力この部屋に立ち入らないことになったようだ。
朝飯は携帯食を食べたけれど、昼飯が出ても、仮面を外さないと食べられないから、その間は給仕は部屋から出てもらうようにするしかない。
夕食は、本来であれば、宰相一家と共に会食になるんだろうけれど、それも無しにしてもらったよ。
この後、宰相閣下は宮殿で仕事がありそうで、俺の世話を細かく指示してから王宮へと戻って行った。
さてさて、これで政局がどう動くかなんだけれど、毒が使われた以上、今後とも警戒は必要なんだろうね。
それと、カルヴィアから戻って来るであろう王女殿下の心配もせにゃならんよね。
王女殿下が連れて来るであろう俺を狙ってなら、王女殿下に危害は及ばないかもしれないが、同行しているであろう俺を狙うとすれば、ついでに王女殿下の命だって奪ってしまえと言う指示が出ている可能性がある。
馬車に乗っているであろう俺だけの命を狙うなんて、難し過ぎるからな・
刺客も弾みでけがを負わせるぐらいのことは考えている筈だ。
さもなければ一人だけを狙うなんて器用なことができるわけもない。




