2ー23 ケントの世界 その十一
伯爵の来客は、侯爵が一人、子爵が二人のようだ。
ストック侯爵、エイクマン子爵、ヤンセン子爵という呼びかけをしているようだが、それが名前なのか姓なのかは不明だ。
話の内容から憶測すれば、ストック侯爵が王国騎士団の幹部、エイクマン子爵は諜報部門の幹部、ヤンセン子爵は財務部門の幹部らしい。
そもそも、俺はこの国の政治形態をほとんど知らんし、どんな形で宰相が政治を行っているかも知らんのだ。
宰相と言うからには、国王の配下となって、日本の総理大臣のような役割を担っているのだろうと思うが、他の大臣が居るのかどうかも知らん。
王国とは言っても、政治形態で言えば、絶対君主制、立憲君主制、二元君主制など、色々なパターンがある。
健司の世界のラノベによれば、複数の国王(執政官?)候補が交代で政治を行うシステムもあり得るんだそうだ。
カルヴィアで生きて行くだけなら、政治に無関心でも、地方政治のボスが何を言っているかを知っているだけでも生活できるんだ。
カルヴィアの場合は、領主のアブシオン伯爵がボスだな。
だから王都から俺のところにわざわざ王族が訪ねて来たというのは、青天の霹靂みたいな話なんだよ。
いずれにしろ、俺の眼下に居る四人は、人払いをして安心とばかりに内緒話をしているわけだ。
内緒話の内容は長いから詳細は省くとして、要は宰相の仲間は第一王子を次期国王にと考えているみたいだな。
で、対抗する派閥として公爵派が居るようだ。
その公爵の呼び名は、ベイエル公爵らしい。
このベイエル公爵が、第二王子を次期国王として推しているようだ。
まぁ、定番の政治闘争なんだろうけれど、第一王子の病も、この政治闘争が裏にあるみたいなことを四人が言っているな。
但し、どのようにしたら、王宮お抱えの上級治癒師でも癒せない病になるのかがわからないらしく、宰相一派は秘密裏にあちらこちらで情報収集を行っているらしい。
裏でベイエル公爵が糸を引いているだろうとは推測できても、その証拠が無いようだ。
しかも、王宮の治癒師の話では、第一王子の命運は尽きかけているとのこと。
そのかなり前に、たまさか、アブシオン伯爵からその娘の病について秘密の報告書が届いていたのだったが、その折は第一王子も健康であったので、アブシオン伯爵の娘の件に関わる問題は、密偵の探索・検証により、アブシオン伯爵の敵対勢力の陰謀として秘密裏に処罰することで幕引きをした経緯があった。
第一王子の命が危ういということになって,宰相配下の一官吏がアブシオン伯爵からの書簡にあった教会勢力に属さぬ有能な治癒師が存在することを思い出したことから、宰相と第三王女の間で話題となったのだ。
その結果、急ぎ、第三王女が王都を発って、カルヴィアへ向かったわけである。
カルヴィアまで旅をするには相当に時間がかかるので、今のところ第三王女からカルヴィアに着いたという連絡すらも届いていない。
宰相一派も、藁をつかむ思いで第三王女が件の治癒師を連れて戻るのを待っているのだが、仮にその者が王都にやって来たからと言って、第一王子の病が必ずしもすぐに癒えるとは限らない。
情報を突き合せた結果では、今のところ、公爵一派に大きな動きは無いようだが、一方で、王都近郊のとある宿場町では公爵の手の者が何事か動き回っているという情報もあるようだ。
その動向に注意しつつ、場合によっては、もう少しカルヴィア寄りの宿場町まで第三王女一行を迎えに行かせるべきかどうかを話し合っていた。
おそらくは、カルヴィアの治癒師の一件が公爵派にもバレており、王都に到着する前にその妨害若しくは抹殺を考えているのかもしれないと警戒したのだった。
俺の方は、既に王都に潜り込んでいるし、途中の宿場町にも一切の痕跡を残していない。
まぁ、王都近くで、路傍で見知らぬ人に遠くに見えるのが王都かどうかを尋ねたことが一度あるだけで、おそらく尋ねられた方は、余り俺の印象が残っていないと思う。
結局、三人の客は、宰相と小一時間ほどもいろいろ話し合ってから、散会となって引き揚げていった。
宰相は、多少の酒は飲んだが、酔ってはいないようだ。
そのままその部屋を出て行くみたいなので、俺も一緒に空中浮揚で移動する。
宰相が向かったのは、どうやら自分の寝室のようだ。
寝室で椅子に座って何事か思案していたが、やがて、寝間着に着替え、ベッドに横になった。
この様子では、寝る際には従者を呼んだりはしないようだ。
それを確認した上で、室内に結界を張って、音が漏れないようにしたよ。
それから宰相の横に立つ。
その際には隠形(認識疎外と光学迷彩)を解いているから、宰相の目にも俺の姿が見える。
宰相は途端に跳ね起きた。
まぁ、無理もないよね。
部屋に一人でいたはずなのに、横になった途端に見知らぬ男が傍に居れば、誰でも警戒する。
生憎と宰相の手近に武器は無く、宰相は叫んだだけなんだけどね。
「出会え!!
くせ者じゃ!!」
それから周りを見渡して、少し離れた台の上にあった置物を掴んで投げつけようとするから、俺はそれを魔法で制止したよ。
「お静かに、私はエルヴィーラ第三王女殿下の使いの者にございます。
貴方様に危害は加えませんが、万が一を考えて、室内に結界を張ってあり、どんな声も物音も外には漏れません。
失礼ながら、宰相のお屋敷にも或いは密偵のごときものが紛れ込んでいる恐れもございますので、その用心のために、私は誰にも見られずに王都に入り、この屋敷へも屋敷の者に見咎められぬように入りました。」
投げつけようとした置物が力を入れても動かなくなってしまったので、宰相も投げるのを諦めたようだ。
宰相が手を離したので、俺は元の台の上に置物を戻してあげたよ・
それを横目で見ながら、宰相が言った
「そなたが第三王女殿下の使いであると証明するものがあるのか?」
「はい、ございます。」
俺は、姫さんから預かった書状を宰相に手渡した。
宰相は名宛を確認し、封蠟の印を確認してから封を切った。
書状を呼んで明らかに表情が変わった。
「そなたが、ケント殿じゃな。
王女殿下の手になる書簡によれば、そなたがカルヴィアを発ったのは三日前の午後とあるが、・・・。
この短い時間でいったいどのようにしたならば、カルヴィアから王都に着くことができたのじゃ?」
「エルヴィーラ第三王女殿下から伺ったのは、第一王子が今しも危うい危篤状態であるということでした。
仮に、エルヴィーラ第三王女殿下とご一緒であれば、どれほど急いでも4~5日後でなければ王都に到着できません。
従って、道なき道を走破し、三日で辿り着いた次第にございます。」
「いや、道なき道と言っても、馬車で十日程もかかる距離を三日で走破するなど、人間業ではないぞ。」
「はぁ、しかしながら無事につきましたので、・・・。
お疑いであれば、エルヴィーラ第三王女殿下よりお預かりした品を確認いたしますか?」
「第三王女殿下から預かった品?
いったい何のことじゃ?」
俺は、インベントリから例のペンダントを出して見せた。
途端に宰相が仰天していたな。
「こっ、これは、王族のみが持つことのできる玉璽。
しかもこの紋章は、エルヴィーラ第三王女のものに間違いない。
何と、王女殿下はこれをそなたに託したのか・・・。
ふむ、・・・・。
そなたは、余程王女殿下に信頼されておるようじゃのぉ。
この品は、迂闊に人に見せぬが良いから、しまっておきなさい。」
「はい、困った時にはこれを見せよと言われましたが、あるいは、王都も王宮も宰相に敵対する者が居るやもしれませんので、誰にも見咎められないようにいたしました。
つきましては、叶うならば明日にでも第一王子の元へ私を連れて行ってくださいませんか?
第一王子の容態が不明ですので、できる限り早い診断と処置が肝要かと思います。」
「ふむ、それはそうなのじゃが、・・・。
そなたは、平民であろう?
平民を王宮へ入れるとなれば、相応に面倒な手続きが必要なのじゃ。
特に、公爵一派が感づいて何事か動き始めている今では、その手続きさえ簡単には行かぬじゃろうな。」
「正式お目見えするとなれば、そんな手間暇がかかるるのでしょうね。
但し、そんな手間暇をかけていたなら、助けられるものも助けられなくなります。
私は、身を隠してここまで来ました。
明日、宰相殿が王宮へ行って、第一王子のお見舞いをしてください。
その際に私が身を隠したまま一緒についてまいります。
あ、これは私が勝手にすることであり、宰相殿は一切関与していないということでお願い申します。」
「ン、中々にずる賢いことをいうのぉ。
但し、一緒にとは言っても、王宮の警戒は厳しいぞ。
アリの子一匹たりとも入れぬ厳重な警備じゃ。」
「ですが、見えぬものは気づかないし、捕まえられませんでしょう。」
そう言って、俺はその場で隠形にした。
俺は依然としてその場に留まっているんだが、宰相の目からは俺が消えたように見えたはずだ。
「消えた⁉」
俺は声を出した。
「俺はここに居ます。
手を前に出してみてください。」
宰相が手を揚げて俺の顔めがけて突き出すもんだから、手のひらでやんわりと受け止めたよ。
俺の姿は見えないが、そうしてやれば透明な何かがあることもはっきり分かった筈だ。
「なんと、恐ろしいほどの精緻な魔法を使うのじゃな。
そなたなれば、どこにでも忍び込めるということか?」
「できなくはないでしょうけれど、それで悪事を働こうとは思いません。」
そう言って、俺は隠形を解いた。
「なるほど、そなたの忍び込みに協力することになるか・・・。
但し、騒動は起こさんでほしい。」
「はい、余裕が有れば、診察のみで明日は引き揚げるつもりです。」
「明日はと言うことは、二回目が有るということか?」
「その余裕が有れば宜しいのですが、余裕が無ければ、その場で多少の異変が起きるやもしれません。」
「異変とは、どのような?」
「第一王子殿下の身体が突然光るような異変です。
それは、その場で私が何らかの治癒行為を為しているということとご理解ください。
場合によっては、私の姿も現れるかもしれませんが、周囲に結界を張りますので何人たりとも結界の中には入れません。」
「そなたが刺客でないという証明はできるのか?」
「証明と言われても、エルヴィーラ第三王女殿下から託された品しかございませんね。
仮に私が誰かからの依頼を受けた刺客であれば、宰相殿にお会いせずに直接王宮へ忍び込んで第一王子殿下を暗殺していることでしょう。
少なくとも刺客を送り込む輩は、第一王子の居場所について正確に知っているでしょうから。」
「それはその通りじゃな。
後は、・・・。
儂を失脚させるための罠とも考えられなくもないが・・・・。
それはそうなった時の話じゃな。
今は、第一王子を救ってくれるかも知れぬそなたに縋るのみじゃ。」
その後簡単な打ち合わせをして、俺はお暇をしたよ。
俺がこの屋敷に留まるのは良くないから、翌早朝に宰相邸の門前で待つことにしたんだ。




