2ー21 ケントの世界 その九
若干気色ばった危ない場面なんだが、俺は事を荒立てたくはないから最小限度の魔法行使に留めているし、こちらから攻撃は仕掛けていない。
「いや、私はそなたに危害を加えるつもりは無い。
ワーレンもサンドラも、私への忠義ゆえの行動じゃと思うが、私の本意ではない。
気に障ったやもしれぬが、許してたもれ。
確かにこの雰囲気では、この場でこれ以上の話も出来ぬな。
そうして、私は明日の午後には立たねばならぬ故、明日午前中にもう一度私と会ってはくれぬか?」
「王女殿下の願いとあれば承りましょう。
ここに参れば宜しいでしょうか?」
「いや、そなたの診療所へこちらから参ろう。
外に馬車と従者たちは待たせることになるが、会うのは私一人じゃ。
余人は交えぬ。」
「わかりました。
では、明日の午前中に、姫様のお出でをお待ちします。」
こうして、第三王女殿下との面談は、やや剣呑ながらも無事に終え、俺は診療所に戻った。
リディアには、翌朝に第三王女が来ることを告げ、紅茶と一緒に俺が造ったクッキーも出してほしいとお願いした。
俺の診療所が襲撃されたりする恐れもあったから、念のため、魔導具で結界を張っておき、ゴーレムで王女殿下のお付きの者どもの動きを警戒していたけれど、特段向こうにそんな危うげな気配はなかったようだね。
このゴーレムと言うのが、小型の虫型で魔導具として機能し、聴取できた音声を俺に伝達してくれるから、俺の寝室で暫く騎士や魔法師の言動を盗聴していたんだ。
姫さんの方は、敵意はなさそうだからゴーレムは配置していない。
姫さんの身辺警護は、騎士やお付きの魔法師の役目だろうから俺は介入しないぜ。
◇◇◇◇
翌朝、診療所兼自宅で朝食を食べ終わっても、いつものように秘密の地下工房に潜るわけにも行かないので、止むを得ず居間に陣取って瞑想をしているよ。
この「居間」は、一応、俺の頭の中では居間と言う位置づけにはなっているんだが、この診療所を建てた当初の頃を除くと、俺の姿を滅多に見かけない場所になっているな。
通常の俺の居場所は、診療室、台所兼食堂、寝室、トイレ・浴室と夕食後に使う錬金術と製薬に使う工房がほとんどなんだ。
ここに居ない場合は、外に出ているとリディアや弟子には言っているんだ。
何か急用がある場合は、弟子やリディアが魔導具を作動させると、俺が持っている受信機でブザーが鳴るか若しくはバイブレーションが発生するようになっている。
まぁ、昔あったポケベルの類だな。
既に、健司の世界では、滅多に見られない代物になっている筈だ。
今日は、姫さんが来るとわかっているからな。
面倒でもわかりやすいところで待っているしかない。
余人を介さずに話をするとなれば、きっと厄介ごとが持ち込まれるに違いないと思うんだが・・・。
まぁ、その厄介ごとの内容を聞いて、如何に対応するかを判断するしかないよな。
向こうが無茶を言って来るようならば、仕方がないからトンズラするしかない。
その場合は、この国を出て別の国に逃げるしかないだろうな。
そうしてその場合は、ギラン爺さんを含めて大勢の知り合いに迷惑をかけることになるかもしれん。
トンズラするのは簡単なんだけれど、俺としては人に迷惑をかける方が気がかりなんだよな。
そうかといって、知り合いを人質にされても困るから、いずれにしてもトンズラする場合は、徹底的に足取りは隠すぜ。
そんなことを考えているうちにも俺の気配察知が仕事を始めて、十人以上の人が診療所に近づいてくることが分かったよ。
昨日は、姫さんを除いて魔法師が二人、騎士が四名しか見ていなかったけれど、もっと多数の従者を連れてきているらしい。
少なくとも騎士が八名は居そうだし、魔法師以外の従者も数人は居そうだな。
まぁ、気配から察するに執事にメイドと言ったところか・・・。
王宮ならば侍従に女官とでも言うのかな?
そんなことを考えているうちにも、玄関にヒトが立った。
リディアが客を迎え、姫さんと確認して居間に案内してきた。
供の者は建物の中には入ってきていないようだ。
少なくとも診療所の四方に散らばって警戒をしているし、魔法師二人は玄関先で立っているようだ。
姫さんには、居間の応接セットに座ってもらった。
二人掛けのソファーを二つ向かい合わせに並べて、その間にテーブルを置いている。
どちらも健司の世界で仕入れたものを、置いているから、こちらの世界では入手することが難しい品のはずだ。
健司の思念では、品がとても良いもので高額だと知っている。
似たようなものはこの世界にもあるんだろうけれど、きっと肌触りや座り心地は違うんじゃないかと思うぞ。
姫さんが首をかしげながら言った。
「この椅子、どこで手に入れたものじゃ?
座り心地が良い上に、肌触りがとても良い。
造った職人を教えてはくれぬか?」
ウーン、これは、最初から躓いたな。
この世界には無い工房で作られたものだからな。
入手先を問われても困るよな。
しかたがないから、俺が造ったと嘘をつく。
「ほう、そなたが造ったのか・・・。
王家にも同じものを作ってはくれぬか?」
「造ることはできますが、時間がかかります。
これは暇な時に作り上げた物ですが、延べで言うと丸々一年程も費やしています。
今現在は診療所での治癒、錬金術師、薬師としての仕事も抱えておりますれば、これを造った時ほどの余裕がありません。
仮にその合間に造るとなれば三年ほどもお待ちいただくことになるやもしれませんが、それでもよろしいでしょうか?」
「ふむ、それほどにかかるか・・・。
では、無理は云わぬ故、私が手に入れたいと思っていることを気に留めてくれればよい。
あまり時間がない故、用件を先に言う。
そなたアブシオン伯爵が娘レティシアの難病を治したときいておるが、間違いないか?」
「はい、当地の領主であるアブシオン伯爵様に請われて領都に参り、伯爵令嬢のレティシア様の病を治したことがございます。
それが何か?」
「うむ、レティシアの病については、王都から高名な僧侶が出向いてその病を癒すべく治癒魔法を使ったが、快癒させることができなかったと聞いておる。
で、ここから先は、そなたも誰にも話してはならぬこと故、左様心得よ。」
姫さんここで話を区切り、居住まいを正して再度話し始めたよ。
「この伯爵家の騒動については、若干の問題を含む故に、伯爵家から秘密の回状を持って報告があり、王家の陰の組織を遣って調べさせたところ、アブシオン伯爵に恨みを持つ者が、呪術師に依頼をなし、また、伯爵家の使用人を買収して毒を盛ったものと判明しておる。
その背後に居る者については、密かに処分を為した聞いておる。
一方で、王都でも高名な治癒魔法の使い手も、呪術がかけられていることに気づかず、また毒物の有無も把握していなかったようじゃ。
結果として、王都からわざわざ呼び寄せた治癒魔法師の療法は失敗し、レティシアは死ぬばかりになっていたと聞く。
そこへおぬしが適切な診断を為し、解呪を為し、毒物を除去し、なおかつ、死の寸前にまで追い込まれていたレティシアを快癒させたということも伯爵からの報告で分かっておる。
この事実を王家が知ったのは、此度のスタンピードの討伐報告書が上がってからの事ゆえ、それまで王家では誰もがそなたの能力を知らなかったのじゃ。
で、肝心な話は、我が兄である王太子がレティシアと同じような症状を呈しており、王宮の治癒魔法師からは、保って一月の命と宣告されている。
ケント、私と一緒に王都へ参り、兄上を救ってほしいのじゃ。
但し、王太子の命が危ういことは余人には知らせてはならぬのじゃ。
頼む、カルヴィアの英雄とも救世主とも言われるそなたの力量がまことであったのなら、アブシオン伯爵の報告書の内容にも信が置けるというものじゃ。
そなたが王都に来るのが遅れれば、兄上の命が危険に晒されるのじゃ。
私のたっての願いじゃ。
王都に一緒に行き、兄上を診てほしい。」
この姫さん真顔でウルウルしていて、今すぐにでも涙をこぼしそうなんだよな。
姫さんの願いを聞かねば男じゃないと思いながらも、これで鎖で縛られるようになったら困るよなぁとも思うんだよ。
まぁ王都で牢獄に入るか奴隷のように拘束されるような羽目になったら、トンズラすることにして、この場は、王都に行くことに同意しよう。
但し、時間がかかり過ぎるよな。
姫さんの行列では、七日かけても王都にはつかないかもしれないんだ。
ここはちょっとやり方を変えたほうが良いだろうな。
「姫様の仰せは承知しましたので、王都に参りましょう。
しかしながら、王都カルヴィアから王都までの道のりを考えると、姫様とご一緒することは時間がかかり過ぎると存じます。
私は冒険者故に、街道を道なりに進むのではなく、危険な山野を突っ切って行くほうが速いと存じます。
一方で、私のみが王都に出向いたところで、王宮には入れないでしょうし、王太子の御前に参上することも叶わぬでしょう。
そこで、姫様に書状を書いていただき、同時に姫様の身に着けているもので姫様のものとわかる品をお持ちすれば、王宮での手続きが速くなるかもしれません。
但し、飽くまで希望的な観測であって、あるいは、私が姫様の書状と何らかの品を持って行ってもそのまま牢獄へ収監されるかもしれません。
ですから、私がカルヴィアを発ったなら、姫様もできるだけ早急に王都へお戻り下さい。
万が一、私が牢獄に入っているようならば、姫様にお助けいただくしか方法がありません。」
「うん?
馬車で急ぐより、そなたが走る方が速いと申すのか?
王都までどれほどで行けると思うのじゃ?」
「実際のところ、私は、この伯爵領から出たことはありませんので、王都までの道は知りませぬが、・・・。
王都の方角はどちらで、また、どの程度の距離がありましょうや?:
「うーん、これは困ったのぉ。
私も、詳細な道など知らぬ。
ただ、私たちの一行は、概ね南へ向かって旅をしてきた故、カルヴィアから概ね北の方向に王都はあると思うのじゃが・・・。
暫し待て。」
姫さんは、一旦居間を出て玄関へと向かった。
その間にようやくお茶とお菓子が出て来たよ。
どうやら沸かしておいた湯が冷めてしまったので温めなおすのに時間がかかったようだ、
数分して姫さんが戻って来た。




