2ー11 ケントの世界 その三
俺は、今、ケントの世界にいる。
毎回寝るたびにケントの世界と健司の世界を行き来するわけだが、最初は随分と違和感もあったけれど、最近ではそれがもう当たり前の日常になったな。
問題は、どうしても間に一日を置いた感じになるわけで、度忘れが起きやすいと言うことだ。
意識の中では折り合いをつけていても、前々日の約束を勘違いすることもあるわけだ。
だからできるだけメモを取るようにしているよ。
ケントの世界では、キリル文字を使ってモンゴル語でメモをしているし、同様に健司の世界では、ケントの世界のハルマンド王国の公用語でメモにしているから、周囲の者が観ても簡単には内容が分からないようにしているんだ。
無論、メモも、人目にはできるだけ晒さないよう通常はインベントリに保管しているよ。
従って、目覚めた時に、まずやるのはメモの覚書の確認だ。
それから一日の予定を確認し、若しくは、立てることになる。
俺もすっかりと診療所の仕事が板についた。
急患や入院患者が居ない限りは、例によって午前中にハンター稼業をやっているよ。
他の町にいる教会の治癒師に比べると比較的に安い料金で治療を請け負っているから、診療所での儲けは左程大きいわけじゃない。
冒険者稼業もスタンピードの際のようなでかい報奨金が得られることは滅多にないから、俺のメインの収入源は、どちらかと言うと薬師と錬金術師として働いた時の成果物になるんだろうね。
薬師と錬金術師としての作業は、基本的に夕食後の寝るまでの間に行っている。
そうして14歳のシーラと12歳のヒルダは、相も変わらず俺の家兼仕事場に出入りしているな。
概ね昼からやってきて三時のおやつを強請り、場合によっては夕食まで居座ることもある。
前にも言ったような気がするが、毎日ではなく二、三日おきにはなっているね。
それとは別に、午前中にカルヴィアの町を何となく見回っていた際に、貧民街で二人ほど役立ちそうな能力のある人物を見つけたよ。
一人は、レオンという10歳の男の子で、もう一人は、クレアという12歳の女の子だ。
どちらも未成年ではあるが、孤児なので法整備の整っていないこの世界では、簡単に身柄を引き取れる。
親権なんぞはものすごく曖昧だし、養子縁組なんぞもある意味でかなり適当で、周囲が認めれば問題は余り無いようだ。
まして弟子入りなんてのは、一切が口頭で済まされ、周囲に認知されたなら、すぐにも師弟関係となる。
従って、余り日を置かずして、レオンとクレアが俺の弟子になったよ。
レオンは治癒師としての潜在能力が有るし、クレアは錬金術師としての潜在能力が有るんだ。
もう一人薬師としての潜在能力が有りそうな子も見つけてはいるんだが、そっちはごく普通の家族がいる一般の平民だし、年齢も8歳と年少なので、簡単には徒弟にできないんだ。
無論、本人と親の同意が有れば徒弟にすることもできるんだが、徒弟の場合、親子でもない限り10歳未満の子供を徒弟にすることはこの世界でも稀で難しいようだ。
明確な法規制が有るわけでは無いんだが、どうも10歳未満の子供を徒弟として働かせることが、社会通念上で忌避されているようだ。
徒弟とは言いながら、建前上は大人と同様の労働若しくは鍛錬をさせることになるから、師匠の考え次第でブラックな職場にもなるわけだ。
特にこの世界では、就労に関して、労働環境とか労働時間等に条件や制限が無いからね。
年少の頃から劣悪な労働環境で縛られたら、職人だってまともには育たないことになる。
そうした過去の経験則から、10歳未満の子供については徒弟にすることについて、特に親御さん達が忌避感覚を持っているようだね。
そのような社会環境にあっても、孤児については、余程のことがない限り、周囲の者も守れる状況じゃないので、例外になってしまう。
だから、レオンもクレアも簡単に俺の家に引き込めたんだ。
勿論、彼らに劣悪な労働を強いるつもりは無いよ。
彼らには衣食住を与え、仕事を教えることが当面の目標であり、急ぐ必要は無いから数年をかけてじっくりと育てるつもりでいる。
因みに俺も数えで17になっている。
ケントの世界では成人(数えで15歳)になれば大人と見做され、嫁を迎えても良いことにはなっているんだが、考え方や物事の捉え方がどうしても健司の世界に引っ張られていて、20歳(どんなに早くとも18歳以上)になるまでは独身でいようと思っている俺だった。
ヒルダとシーラ?
うん、まぁ、それなりに可愛い娘かも知れないが、健司の世界で言えば小学6年生に中学生二年生だからなぁ。
今の時点で嫁候補と考えるのは俺(ケント?健司?)には無理だ。
嫁については数年経ったら、その時点で考えようと思っている。
因みにこっちの世界では、一夫多妻もありらしいのだけれど、そういうのは貴族等の身分のある場合に多いようだね。
平民で複数の妾を抱えているのは豪商などに限られるようだが、女房に隠れて妾を囲っているなんてのは、小金持ちに割とあるようだね。
こっちの世界の宗教でも、一夫一婦制を必ずしも推奨しているわけじゃないから、人々の考えとして養うことができるなら多妻もありと言う考えなんだろうと思うよ。
俺の場合は、別にハーレム願望も無いが、そのうちに俺にふさわしい娘も見つけられるだろうと暢気に構えているよ。
ところで、スタンピードの一件以来、俺の立場は『カルヴィアの英雄』になっているんだよね。
別に俺を敬う必要は無いと思うんだが、周囲は下にも置かぬ扱いなんだよね。
以前は、一部の冒険者で、若い俺を馬鹿にしているような向きもあったんだけれど、それがばったり無くなった。
むしろ年上から気を使われたりすることがあって、こっちの方が気にすることになる。
別に普通の冒険者として扱ってくれれば良いのにとも思うけれど、冒険者と言うのはヒエラルキーの階層社会だからある意味で仕方のない部分もある。
スタンピードを収めた功績で、俺は特段の動きをせずともギルドマスターの推薦で上級のBクラスになるらしい。
今現在がDクラスなんだが、ギルマス曰く、三か月もするとCクラスになり、さらに半年経つとBクラスになるようだ。
Bクラス以上になるためにはそれなりの功績と年季が必要らしく、功績だけで言えばAクラスでも問題ないんだが、年季の方がAクラスの場合、最低でも冒険者になって5年は必要らしい。
一方でBクラスの場合は、冒険者になってから最低三年という年季が必要だったんだが、それが半年後には明けるということだな。
従って、Bクラスになってからさらに二年経たないとAクラスにはなれないということらしいが、それでも二十歳(数えで20歳)そこそこでAクラスになるのは初めてのことになるらしい。
まぁ、かなり先の話ではあるので、その時にならないとAクラスに上げてもらえるかどうかは今のところ不明なようだな。
俺としては、別に冒険者のランクにこだわってはいない。
冒険者として必要最低限の活動ができていれば良いんだ。
身分証明としては、錬金術師も薬師も資格を持っているので、それだけでどこにでも行けるからな。
まぁ、ギラン爺さんが生きている限りは、カルヴィア近辺から離れるつもりもないけれどな。
◇◇◇◇
その日、俺が午後から診療所で待機していたら、ギルドから呼び出しを受けた。
何でも、ここから一刻ほどかかる場所で冒険者に怪我人が出たようだ。
かなりの重傷で現場から動かせないとのことで、俺に馬を使って現場まで往診してくれと言う要請だった。
カルヴィア所属の冒険者ではないようなんだが、隣町ヴェルスのギルドからの依頼により、Cクラス四人のパーティで、グレイベアを追っていたようだが、当該グレイベアが変種で『赤目』というネームドに当たってしまったそうだ。
四人で懸命に戦い、何とか撃退したものの、その過程でメンバーの一人が『赤目』から痛烈な打撃を受け、重傷を負ったようだ。
パーティの一人が、現場を離れて最寄りのカルヴィアに救援を求めたわけだ。
徒歩で一刻ほどの距離と言うことは、およそで10キロ程度の距離かな?
今の俺なら、多分30分かからずに行けそうだが、馬もあった方がいいよな。
馬の速足でおそらくは30分程度か。
後々のことを考えると、馬に無茶をさせることもできないだろう。
馬は全力で走ると時速60キロ程度は出るんだけれど、それだと4分も持たない。
因みにサラブレッドの競馬で、3000mだと3分強のタイムだが、その速さを保って長距離を走り続けることはできないんだ。
従って、10キロ程度の距離を走らせるなら、時速20キロ内外で30分ほどかけて走るのが正解だろうな。
問題は、患者が重傷で動かせない場合だな。
応急措置を施した後で、現地付近から馬車を使って診療所まで運ぶしかない。
万が一のために、病人を運ぶための小型馬車は俺のインベントリに保管してあるんだ。
それを使い、人で引っ張るか、馬で引っ張るかすることになるだろうな。
但し、怪我人に余り負担をかけられないから、診療所に戻るのはかなり時間がかかることになるだろうな。
地図で場所を確認し、救援を求めて来たパーティメンバーを置いて、俺は出かけたよ。
馬に二人乗りができないわけじゃないが、疲労困憊している奴を連れて行っても、役には立たん。
それよりは現場近くに行ったら気配察知で三人が固まっているところを探知すればよい。
俺は、ギルドを飛び出し、裏手にあったギルド所有の馬に跳び乗り、出発した。
残されたパーティメンバーのビルとかいう奴が若干騒いでいたようだが、俺は知らん。
概ね30分後、目的地付近に達し、周囲に気配察知をかけたら森の中にいる三人を探知した。
樹木で馬が通れそうにないから、街道沿いの樹木に手綱を緩く縛っておいた。
仮に危険が迫れば、馬は自分で手綱を振りほどいて逃げることができるようにだ。
それから全速力で森の中に飛び込み、3分足らずで現場に着いた。




