2ー8 復帰した健司の世界 その六
私は最上瑠偉、今春大学を卒業し、就職しました。
一応、商いに魅力を覚えて商学部へ入り、卒業して色々就活もしたけれど、面接の際に感じたのは望まれているのは商才ではなく、どちらかと言うと私の見た目に興味津々のような面接内容でしたね。
私にとっては、何となく雰囲気が嫌な感じの面接が続いた就活でしたが、私の最終選択は、内定をもらった中でも一番面接での対応が好ましかった広島市内の某デパートに決めました。
でも、私の希望は販売部門への配属でしたのに、入社してみると、なぜかインフォメーションのスタッフに回されてしまいました。
まぁ、デパートでは、インフォメーションのスタッフも重要な役割ですが、販売部門の折衝とは異なるお客対応になりますよね。
私が幼馴染の奈美にそのあたりの愚痴を言うと、奈美が言いました。
「そりゃぁ、しょうがないでしょ。
一度自分の容姿を確認してご覧よ。
瑠偉ほど綺麗な子は滅多に居ないんだから、店の看板ともいえるインフォメーション・スタッフに配属されるのは当然ことだよ。
瑠偉だって、デート相手に美男子と不細工な男性のいずれかを選べと言われたらならどっちを選ぶ?
第一印象は大事だよ。
いくら性格が良くっても、見ただけで性格までわかる人は居ないからね。
だから店では看板娘を目立つところに置くのさ。
それはもうしょうがない。
人の美意識が間違いなく発揮されるところなんだから・・・。」
奈美はそう言って、いつものように私を慰めるんです。
別に、私は自分のことを美人とも思っても居ないのだけれど、どうも第三者から見ると美人の部類には入るようですね。
私と奈美は幼馴染の親友ですけれど、もう一人、小中高が一緒だった親友の高橋亜弥が居ます。
私と奈美はともに修道大学に入ったけれど、亜弥は短期大学に入り、卒業して福山のアパレル会社に就職しました。
その会社で同僚男性に見初められて、この6月に結婚式が催されることとなり、私と奈美も招待を受けました。
勿論、何は置いても親友の結婚式には参加しなければなりませんから、二人で休日に福山に出向き、翌日(月曜日で大安でした)の結婚式に参加することになりました。
私と奈美は滅多に着ることのない振り袖での参加予定です。
成人式の折には振り袖も着ましたけれど、それ以外では初めてですね。
自分で着付けができるかですって?
勿論できますよ。
我が家は、母が着付け教室の先生をしていますからね。
私も幼い頃から和服には馴染んでいます。
でも、普段着るのであれば、動きやすい洋服が良いですね。
和服を着ると、それこそおしとやかな動きが強制されてしまいますから。
式の当日は、私と奈美の両方の着付けをするつもりでいました。
結婚式場でもある某ホテルに到着したのは、前日の午後6時過ぎでした。
チェックインした後、二人で食事をするために一旦は外に出ました。
ホテルには立派なレストランもありますけれど、新入社員が大枚をはたいて食べるようなところではありません。
勿論、大事な場面では、貯金を下ろしてでも良いところを選びますけれどね。
明日は親友へのご祝儀という出費が控えていることもあるし、今日は、安く上げるということで奈美と相談ずくのことなのです。
食事を終えてホテルに戻ったところ、なぜかロビーの前で揉め事が起きていたようで、自分でもよくわからないうちにそれに巻き込まれてしまい、あれよあれよという間に私が変な外人さんに捕まってしまいました。
首筋に刃物を突き付けられては、非力な私では身動きができません。
外国語、多分、フランス語でしょうか?
外人さんが何やら大声で喚いていますけれど、ホテルのスタッフたちも慌てふためいていますね。
正直なところ、人質にされた私は、如何ともしがたい状況です。
私を捕まえてナイフを突きつけている外人さん、とてもガタイが大きいんです。
身長で180センチを優に超えるぐらいはありそうでし、私を掴んでいる腕もものすごく太いですね。
奈美は多少護身術の経験があると聞いていますが、こんなシチュエーションで対応できるはずもありません。
心配そうに遠目でおろおろと見ているだけですね。
私も助けてと叫びたいところなのですが、ここで取り乱すとこの怖い外人さんに何をされるかわかりません。
ここは黙ってひたすら辛抱です。
ホテル側では、英語で何とか説得を試みているようですけれど、どうもこの外人さん、英語は片言しかわからないようです。
大きなホテルだからフランス語の通訳も居そうなものだけれど、居ないのかしらねぇ?
ナイフを突きつけられながらも、私はそんな変なことを考えていましたよ。
英語が通じるなら私も多少はしゃべれますが、フランス語はだめですね。
『メルシー』とか『ボンジュール』ぐらいならわかりますけれど、会話は無理です。
フロントが警察に連絡をしたようですから、これからさらに大ごとになりそうですね。
いずれにしろ、これは長丁場になりそうです。
なぜか、こんな時でもエレベーターは普通に動いていますね。
そうして降りて来たのが若い男性だったのを視界の端で捉えていました。
ホテルの女性スタッフに色々と聞いているようでしたが、何となくその男性が気になりましたね。
そうしてゆっくりとその男性が、私達(私と外人さん)の方へと近づいてきます。
両手を軽く上げて、手に何も持っていないということを身体で示しながら、近づいてきます。
二メートルぐらいのところまで近づくと、フランス語で話しかけているようでした。
その声に外人さんが反応し、喚きたてます。
日本人にしては、とても流暢な話し方ですけれど、フランスに留学をしたか、あるいはフランスに住んだことのある方なのでしょうか?
何度か言葉の応酬がありましたが、外人さんの方はとても憤っているようで穏便な話し合いに応ずる雰囲気じゃありません。
とどのつまり、説得を諦めたのか、男の方が何事か言って、視線を下に向け、くるりと後ろを向きました。
その素振りを見て、私もある意味で助けを期待していただけに、ものすごくがっかりしました。
でも、次の瞬間、残像が残るぐらいの速さでその男性が瞬時に私たちの前に移動して来たんです。
テレポートで移動したと言われても信じたかもしれません。
何せ、私がふっと視線をそらした瞬間のことでしたから、・・・・。
多分、私を捕まえていた外人さんも不意を突かれたのでしょうね。
全く動けずにいるところで、その若い男性がナイフを持っていた外人さんの腕をガシッと掴むと、それだけでめきめきと音がしました。
外人さんも「アイッ!」と甲高い声を張り上げ、ナイフを落としたのです。
見た順番に話しましたけれど、これって、実はほんの一瞬の出来事でした。
それからあっという間に、私の身体が外人さんの手から奪われて、私は彼の腕に抱かれていましたね。
その上で、その男性が外人さんの顎に右の掌をぶち上げたようでした。
それだけで大きな外人さんがノックアウトされちゃったんです。
そうして私は最寄りのソファーに座らされ、私のナイト様が言いました。
「大丈夫ですか?
少しここで休んでおられた方が良いでしょう。
警察が来ると色々と聞かれることになりますからね。
頭の中で今回起きたことを整理しておくとよいかもしれません。」
ここで遭ったが百年目と言うわけではありませんが、偶然とはいえ、私を救ってくれた男性の名前を聞かないわけにはまいりません。
ですから、普段は男性に対して無口な私(仕事の上では男性でもしっかりとお相手していますよ。)が、懸命に言葉を紡ぎました。
「あの、あの・・・。
私は、最上瑠偉と申しますが、貴方のお名前を教えていただけませんか?」
「あぁ、これは失礼、僕は矢田健司と申します。」
男性は矢田さんとおっしゃる方でした。
多分、私よりは年上でしょうが、左程上と言うわけでは無いと思いますし、顔立ちがとてもハンサムに見えました。
その後も色々と聞きたかったのに、警察官数人が外からホテルのロビーになだれ込んできて、後は、ばたばたで時が過ぎて行きましたね。
私と奈美は、ホテルの自分たちの部屋で婦警さんから事情聴取を受けました。
私は被害者であって、犯人ではありませんからあくまで参考人調書ですよ。
若干興奮気味だったこともあり、矢田さんがおっしゃったとおり、頭の中を整理しないと中々に上手く状況が説明できないモノだということを初めて知りました。
それでも順を追ってお話しして行くと、何とか状況を説明できたように思います。
私の次は、奈美も参考人として事情聴取を受けました。
事情聴取が終わった後で、婦警さんに聞いてみました。
「あの、私を助けてくれた方が矢田健司さんとおっしゃるのですけれど、お礼をしたいのですが、彼の住所とかはわからないでしょうか?」
「あ、そうですね。
ばたばたで、お話も出来なかったのでしょうね。
参考人なので大丈夫かとは思いますが、後で上司に相談してみましょう。
貴女方は、ここにお泊りのようですので、明日の朝には私からなにがしかの連絡を入れるようにいたします。」
私達に事情を聴いた婦警さんは、品川百合さんと言う方でした。
その品川さんからスマホに連絡が入ったのは、翌日の午前9時頃でした。
「矢田さんの電話番号はお知らせできませんが、勤務先はPERSPECT FUTURE LLCと言うところで、福山市内にあるベンチャー企業のようですね。
お知らせできるのはここまでです。」
スマホで「PERSPECT FUTURE LLC」を調べると、すぐに住所と電話番号がわかりました。
奈美とはツインの同室でしたからすぐに話し合って、披露宴の後に矢田さんをお誘いして夕食を食べようということになりました。
本来は、もう少し早い時間に広島へ戻る予定でしたけれど、多少遅くなってもかまいません。
助けられたお礼ですから、もちろん私が会食費用を持ちます。
奈美も私に付き合ってくれることになりました。
夕食は、できれば和食が良いということで、可能であれば、ホテル内の和食レストランを頼むことにしました。
特に予約は不要と言うことなので、彼氏さんの都合を聞いてから、メニューを決めることにしました。




