2ー7 復帰した健司の世界 その五
そう言って、俺はくるりと男に背を向けた。
男はそれを見て、ふっと気を削がれたようだ。
その瞬間、振り返り、風のように男に突進し、男の刃物を持つ手を掴み、女性の胸元から外した上に、万力のように締め上げた。
それだけで相手の骨がきしみ、男は呻きながらナイフを落とした。
次いで、俺は、抱え込まれていた女性を左手で引き込みながら、男の顎に掌底をぶち込んだ。
男は後ろ向きにぶっ倒れたが、手加減をしているから首の骨までは折れていないはずだ。
実のところ、俺の身体に身体強化をかけると、かなりの強打が可能となり、掌底で金属バットがへし折れるほどの威力を生むことになることを知っているんだ。
その威力をそのまま発動すれば、頸椎骨折でこの男は一気に死亡しただろう。
相手を死なせては、流石に緊急避難や正当防衛の範疇を超えているだろうね。
それでは困ることになるだろうから、俺が福山に帰ってから機会があるたびに鍛錬をしている。
今では、概ね人を殺さない程度の威力に抑えることができているんだ。
尤も、先天的に頸椎に異常のある人や持病がある人について、その限りではないだろうから、身体強化と合わせて何らかの武術を使う前に相手に対して鑑定をかけるようにしているんだ。
俺は、話しかけている間にも、この男に鑑定をかけて、持病等を確認してから威力を決めていたんだ。
だからわずかなスキをついて、コンマ2秒に満たないほどの短い間に、適切な威力で男をぶっ倒したつもりだが、倒れている男に意識は無いな。
完全に伸びている意識昏倒という奴だな。
俺は、抱きかかえていた女性を最寄りのソファーに座らせた。
うん、よくよく見るとこの女性は中々の美人ですよ。
「大丈夫ですか?
少しここで休んでおられた方が良いでしょう。
警察が来ると色々と聞かれることになりますからね。
頭の中で今回起きたことを整理しておくとよいかもしれません?」
「あの、あの・・・。
私は最上瑠偉と申しますが、貴方のお名前を教えていただけませんか?」
「あぁ、これは失礼、僕は矢田健司と申します。」
そこまで言ったところで、警官複数がロビーに飛び込んできた。
それからは、ある意味でドタバタでしたね。
凶行に及んだ外人は、手錠と捕縄をかけられて、パトカーで連れて行かれましたが、僕と最上瑠偉嬢、それにお仲間の女性一人(後に城野奈美さんとわかった。)は、ホテルの部屋を借りて事情聴取でしたね。
女性二人には女性警官が、俺にはいかついおっさんデカがついて事情聴取なのですが、これはもしや差別という奴なのでしょうか?
別に犯人じゃないんだから、一緒でも構わないと思うのだけれど、証言の不一致をなくすためにも、最初は、別々の供述をさせるようです。
まぁ、仕方がないので、僕がホテルの最上階レストランで食事をし、降りてきたところに事件に遭遇したこと、近くにいた女性のホテリエに事情を聴いて、何とか説得ができないかと思い、フランス語で交渉したけれど、相手が全く決意を変えずに女性を人質にする旨言ったので、最終手段で相手も制圧したこと。
放置すれば人質の女性が危なくなると思ってのことだけれど、相手を制圧できる自信はあったので行動に移したこと。
また、この件でお叱りを受けるなら甘んじて受け入れますと言っておいた。
まさか、警察が、女性を助けた上に犯人確保に協力した者を罪に陥れることは無いだろうと思ってのことだけどね。
口頭で言えば簡単な話だけれど、それでも調書にするとなれば結構時間がかかるし、面倒なんだよね。
なんだかんだで、二時間もかかってしまいましたよ。
因みに被疑者じゃないのに、年齢や住所、勤務先まで言わなければならないんですよね。
『収入は?』と聞かれたので、『一応月額300万円ぐらい』と言ったら、事情聴取のデカさんがびっくりしてましたね。
うん、普通に考えて事業主であっても月額300万円はちょっと多いのかな?
でも、来期はもっと上がりそうな気がするんでだねぇ。
従業員の給与を上げるには、俺の給与だって相応に上げなけりゃならないでしょう。
従業員の給与が三割増しなら、俺の給与はせめて一割五分か二割程度は上げなくっちゃね。
まぁ業績次第のところはあるけれど、ボーナス査定がきっとでかくなるはずだよ。
俺は、その夜11時過ぎにはマンションに帰ったよ。
翌日、通常通りに事業所に出勤したが、午前11時頃には俺に外部から電話が入った。
会社宛ての電話はあれど、俺個人に名宛で来る電話は今のところない筈なんだ。
セキュリティ確保のために、俺以外の従業員は、全員が社内でスマホを使えないのだけれど、俺だけはスマホが使えるんで、極々親しい奴はスマホにかけて来るんだ。
営業に必要なスマホは別の番号を使っているからね。
仮に顧客から俺宛ての電話であれば、そちらにかかってくるだろうし、一元の客なら多分役職や営業担当にかかって来る。
どちらも俺なんだが、受付の叔父さんたちはその辺をしっかり知っている筈なんで、その場合はどこそこの誰からの電話とつないでくれるんだが、今回はそれが無く、『矢田健司様宛てにお電話です。』と言ったんだ。
そう言ったのは従妹の事務員である野田理絵だった。
普段なら、社長に電話ですと言うのに、わざわざ、お電話と言うのも初めてのことだった。
もしかして、相手は女性なのか?
だが俺の知り合いで、事業所の電話にかけてくる奴は居ないはずなんだが・・・・。
不審に思いながらも電話に出てみると、昨日の事件の当事者である最上瑠偉嬢だった。
あれ?
電話番号なんぞ教えていないはずだが・・・。
彼女の話では、どうやら警察に頼み込んで俺の連絡先を教えて貰ったとのことだが・・・。
おいおい、警察さんが、そんな個人情報の漏洩をしても良いのかと思いたくなるんだが、可愛い女の子にはお巡りさんも優しいってか?
でも、やっぱ、まずいんじゃないのぉ?
さりとて、小市民の俺は公権力に文句も言いづらいよな。
まぁ、最上瑠偉嬢のお話は、昨日のお礼を是非ともしたいとのことだったんだ。
彼女は大学時代の友人の結婚式に参加するために広島から福山に来ていて、今日の午後から結婚式の披露宴に出席するんだそうだ。
披露宴は午後三時までに終わるので、その後に時間が有るのであれば何とか会えないでしょうかとの申し入れでした。
うん、美人とデートならば、何時であっても男の誉れですから断るのはできないよねぇ。
5時以降ならば何とでもなるので、午後6時に事件のあったホテルのロビーで会うことにしましたよ。
事業所からホテルまでは7キロ弱なので、事業所を5時に出れば、車ならば15~6分、渋滞していても30分あれば大丈夫のはずだ。
一応5時までに仕事を終え、俺は車でホテルへと向かった。
ホテル隣接の駐車場に車を入れて、ロビーに入ったのが5時40分で時間には十分間に合ったはずだけれど、最上瑠偉嬢は連れの女性とロビーのソファーでもう待っていたよ。
そこで改めて、もう一人の女性城野奈美嬢とも挨拶を交わした。
彼女のお礼ということで、ロビーから場所を変えて夕食を食べにゆくことになったんだ。
彼女たちが予約していたのは、当該ホテルの地階にある和食レストラン「T浦」だった。
頑張ったのかな?
後で確認したら、夕食のメニューでも上から二番目の料理を頼んでいたね。
お値段が1万円をちょっと超えるんだよ。
で、色々食事の合間に聞いたら、二人ともに広島で就職しているOLさんのようだ。
最上瑠偉嬢は、広島市内の某有名デパートのインフォメーションスタッフで、城野奈美嬢は地方銀行本社の証券部門に勤務しているようだ。
いずれも今年の春に広島市にある修道大学を卒業した才媛のようだよ。
瑠偉嬢は商学部、奈美嬢は経済学部だったそうだ。
ともに幼馴染であり、小中高が同じだったこともあり、もう一人幼馴染で大学は違ったけれど、三年前に短大卒で福山に就職していた友人の女性が、就職先で知り合った男性と今日華燭の典を上げたそうだ。
従って、二人ともに昨日と違って振り袖姿の和装である。
若い女性の着物姿は確かに正月と結婚式ぐらいしか見られなくなったね。
二人ともに和服が良く似合っていたので、そのまま褒めたら大いに照れていたな。
無論俺のこともいろいろと聞かれたな。
別に秘密にすることもないので、一旦は東京の大手企業に就職したけれど事故に遭って、一年以上も人事不省のまま入院していたことと、奇跡的に回復して、郷里の福山に戻って来たこと。
現在は、ハードウエア関連事業を個人で起業している実業家であることを説明した。
但し、カジノで儲けたとか、瀬戸内海で宝探しをしたとかは余計なことなので言わなかったよ。
料理を頼む際にお酒をどうするか聞かれたが、俺は自家用車で来ているからお断りした。
代行サービスを頼め飲んでも大丈夫ではあるけれど、元々、俺は酒を楽しむというよりは、雰囲気を楽しむ方なので、家でもめったに晩酌なんぞはしないんだぜ。
まぁ、お付き合いで飲むことはあるんで、福山に戻ってからは親父や兄貴、それに高校時代からの友人なんかと飲むことはあるけれど深酒はしないし、二日酔いにはなったことが無い。
あっちの世界で魔法を覚えてしまい、身体強化はもちろんだが、体内の血中アルコール濃度も必要に応じて消すことができるんだ。
できるかもしれないが、逆に増やす方はしたことが無い。
彼女たちもあまり飲める口ではなさそうだったのか、酒の方は結局頼まなかったな。
食事をしながら大いに会話を楽しんだかな。
メールアドレスの交換と電話番号もお互いに交し合ったよ。
広島市と福山市は同じ広島県内にあるし、広島から福山まで、新幹線ならば23分~30分、こだまでも40分程度で着ける距離だ。
高速を利用すれば、車でも1時間から1時間半程度の距離だから、さほど遠い距離じゃない。
縁が有ればまた会うことができるだろう。
7時半頃まで食事と会話を楽しみ、彼女達は新幹線で広島へと帰って行った。
一応、駅まではちゃんと彼女達を見送ったぜ。




