第8話「ばったり遭遇」
私の全神経が、教えている。
「おはよう。日暮さん」
「……はい、おはようございます」
抑揚のない声色、決して交わらない視線、拒絶にも感じる冷たい態度。
——これ、は。
「絶対、嫌われた!最悪!もう終わりよ」
「まあまあ。飲みなって」
差し出されたグラスに口をつけるも、苦手なお酒の味が広がって、数滴飲んで止める。大事な時には潰れるのに、こういう時に限って酔いに逃げられない自分の体質を憎んだ。
週明けになって、急に塩対応へ変貌を遂げた日暮さん。何があったのか聞ける勇気もなく、仕事終わり南未を連れて行きつけのバーを訪れた。
バーを営むのはレズビアンのママ。店子さんも、みんな女性として女性が好き。男子禁制なため、こじんまりとした店内は女だらけ。
生活圏内にある唯一のビアンバーで、親友とふたり。愚痴に酒に、癒やされに来た。
「なーにー。恋してんの?瑞月ちゃん」
「六つ下の部下に一目惚れ。片思い拗らせちゃってんのよ、この子」
「あらまぁ。職場で会う子なんて、大抵ノンケでしょ?好きになるだけ損よ」
「だよねぇ。もっと言ってやってよ、ママ」
呆れた南未と、生温かいママの眼差しに居心地を悪くして、肩を小さくする。そんな目で見られたって、諦めきれないんだもの。仕方ないじゃない。
たとえ嫌われても、好き。
でも。
「露出とか、質問攻めとか……セクハラって思われちゃったのかも」
「え〜?答えてくれたんでしょ?それはないんじゃない」
「じゃあ、どうして急に……」
「彼氏できたとか?」
「やめて〜。考えたくもない」
想像するだけで体温は下がり目頭は熱くなり、両手で顔を覆う。さすがにやりすぎたと反省したのか、南未が横から肩を抱いて頭を撫でてきた。
「大丈夫だって。瑞月、かわいいんだからさ」
「そうよ〜。うちの店子だって、狙ってんのよ?あんたのこと」
「まじ?そんじゃ、紹介してやってよ」
「っい、いいから!」
店子さんはみんな気のいい人達だけど、女関係はだらしがなくて……正直言って、好みじゃない。そうでなくとも、私の心はもう日暮さん一筋。
付き合ってもないのに凝り固まってしまって、後戻りもできない。
彼女以上に、夢中になれる人——現れる気がしない。なぜ惹かれるのか、理由は説明もつかないものなのに、確信している。
「せっかくいいもん持ってんだから、体で誘惑しちゃったらいいじゃない」
「やってます……」
「わお。大胆」
「だけど、まるで意識もされてなくて……」
それどころか、今日になって突然遠ざけられて。
じわじわ、視界が歪む。白んだ世界の中で、甘苦いアルコールを喉に通した。恋に味がするなら、きっとこんな感じなんだろう。
静かに泣き出した私を慰めるため、ママは「おまけ」と言ってお通しのお菓子を多めに出し、南未は「おごる」と言ってカルーアミルクを注文した。
平日だからか、私達の他には数人しかいなくて、しばらくはどれだけ日暮さんが好きなのか、もはや惚気のような話を聞いてもらっていた。
「本当に好きなのねぇ」ママは微笑ましく笑い、
「一途なこった」南未は呆れて笑った。
どのくらい、経ったか。
お酒も入ってきて、世界がぽわぽわしてきた中。
カランカランと、鈴が鳴り響いて。
「いらっしゃい。何人?」
「三人です」
「おっけー。南未ちゃん達、席ズレてもらえる」
「あいよ」
入ってきたのは、女の子が三人。
そのうちの、ひとり。
「え……」
「ん……?」
見知った顔を見つけた瞬間から、釘付けになって、席移動さえできないくらい思考も体も動きを止めた。
相手も私の存在に気が付いたようで、瞳の形が大きく見開いた。
「なに。知り合い?」
「や。えっ……と」
「こんばんは」
南未からの確認に、どう答えようか戸惑っていたら、向こうは動じる気配もなくにこやかに挨拶を交わしてきた。
——他人のフリした方が、いい?
プライベートを大切にしたいのかもと察して、私も初対面の顔で「こんばんは」と声に出した。
「あら。てか、たけもっちゃん!久しぶりだねぇ!」
「はい!ママ、お元気でしたか?」
「元気だよ。どう?彼女とは」
「いい感じです」
連れであろう女性はママと親しげにやり取りをしていることから、常連さんなんだと分かる。今まで、会ったことない子だ。
にしても、こんなところで会えるなんて。
「三者三様。みんな美人でいいねぇ」
「ちょっと、南未。ナンパとかやめてよね」
「いいじゃん。軽く乾杯するだけ。ね?」
「もう〜……」
相も変わらず軽薄な友達を軽蔑しつつ、これは幸運。まさに、棚からぼた餅。
隣に座って、休憩中じゃできない会話ができるかも。
「君ら、名前は?おねーさんが、一杯奢ってあげる」
「私からも、よかったら」
「うわー!太っ腹」
南未に便乗して三人に絡み、徐々に距離を縮めようと企む。三人は、快く会釈をして一言簡潔に自己紹介をしてくれた。
控えめだけど気さくそうな雰囲気の子が美笠ちゃん、明るくノリが良さそうな子が竹本ちゃん。ママは、たけもっちゃんと呼んでるみたい。
そして、
「……祥子です」
私の想い人、日暮さん。
「美笠はお酒が弱いので……お気持ちだけいただきます」
友達の代わりに断る潔さも、かっこいい。好き。
同性愛者の友達を持っているってことは、本人もそうかは置いといても、偏見はなさそうだし——良い収穫。
仕事以外での接点もゲットできて、お近づきになるチャンス。
逃すわけには、いかない。
「そちらは?」
沸々と闘志を燃やす私の内心を知ってか知らずか、南未を指して聞いてきた日暮さんの口元は、冷ややかな微笑を作り出していた。




