第5話「出張はまずい」
とある事情で、地方に来ています。
灰原さんと、ふたりで。
「ホテルに荷物を預けてから、向かいましょうか」
「は、はい」
しかも、泊まりで。
初の現地視察。私は研修として、灰原さんに連れられ遠路はるばる訪れた未開の地。
どちらかといえば心配事は、仕事で失態を犯すことよりも、
「ふふ。緊張してる?初めてだものね」
「あ……い、いや」
「いいのよ。今日は、私に任せて」
気合を入れるためだろうけど、おもむろに上着を脱ごうとした動作を横目で見て、脳の片隅でセンサーが反応する。
——や、優しくしてください。
じゃなくて。
違う。灰原さんは、そんな意味で言ったんじゃない。曲解するんじゃない、私。
「ん?というか、なんか今日……」
露出、控えめじゃない?灰原さん。
いつもはけっこうぴっちりとしたタイトなスカートだったり、胸元が豪快に空いてたり。周囲の人間が目のやり場には困らない程度とはいえ、大胆な服装をしている。
けど、今日はカジュアルスーツスタイル。スカートの長さも膝下。お化粧もナチュラル。
清楚な雰囲気も、それはそれでエロ……
「な、何よ。なんか変?」
「いえ。お綺麗です」
口走る前に、ニッコリ笑顔で誤魔化して回避。すぐエロに繋げようとしないの、私の思考回路め。
よくよく考えたら他所に行くんだから、そりゃそう。さすがは憧れの上司、TPOを弁えての臨機対応な服装選び。面倒だからといつものスーツを着てきた私とは、えらい違いだ。
またひとつ尊敬したところで、ホテルに到着。ロビーで荷物を預けた後は、レンタカーで現地へ。
途中、緊張した面持ちでハンドルを握っていて、めったにない横顔を眺めながらどう声をかけようか悩んだ。
結局、気の利いたことなんてひとつも。
——灰原さんとふたりで出張なんて、どうなることやらと心配してたけど。
「さて、と。頑張りましょうね、日暮さん」
「はい」
着く頃には、すっかり平常運転。
現地の方々とスムーズに交流する様は、気持ちがいいくらいのコミュニケーション能力の高さを遺憾なく発揮していて。
そういえば、この人仕事できるんだった。と、改めて思い知らされた。職場でも、私以外の人からもたくさん頼りにされていて、気さくだから話しかけやすさもあって。
少しだけ、遠い存在にも感じた。
「——お疲れさま」
「お疲れさまです」
「せっかくだから、地酒でも飲みに……居酒屋でもどう?」
落ち込んでいたところへお誘いがあって、いくばくか気持ちも晴れた。我ながら、単純な女だ。
「付き合って、くれる……?」
私がすぐ頷かなかったせいだろう、不安げな瞳が覗いてくる。
——そういう顔。
日中、人前では出てこない幼さ。
そういうのに触れると、安心する。私は、外面の対象じゃないんだ。灰原さんにとって、身内的な立ち位置でいられてるんだ、って。
「どこまでもお供しますよ」
「……じゃあ、ホテル」
「え?居酒屋は」
「気が変わったの」
運転もあるし、とかなんとか。
言い訳のように口に出して、車はホテルへと向かった。
外で飲みたくなれば周辺にお店はいくらでもありそうだし、灰原さんも疲れたから部屋でゆっくり過ごしたいんだろう。そう察したつもりで、チェックインを済ませる。
部屋は隣同士。よくあるビジネスホテルで、カードキーを通してエレベーターに乗り込んだ。
「お酒はどこで買いますか?それとも、私買ってきましょうか」
「……一緒に行く」
「分かりました。着替えてからにしますか?」
「ううん。荷物を置いたら、すぐに出ましょう」
「はい」
ということで。
荷物だけ置いて、部屋の前で待ち合わせ、徒歩数分もないコンビニへ。
「なに飲む?日暮さん」
「私は、なんでも……」
「お酒強いの?」
「まぁ、はい。そこそこ」
「……私、よわい」
知ってます。
以前の飲み会で、一杯ニ杯程度で潰れてたから。あの時、周りに邪な企みを持つ男性社員がいなくてよかった。
でなければ、あんな。
『家まで……送ってくれる?』
赤く染まった頬の印象が、いつまでも焼き付いて離れずにいる。
上擦った声に、潤みきった上目遣い。庇護欲をそそり、心を直接掴んでくるような愛くるしさ。
——見つけたのが、私でよかった。
あんな姿を他の人に見せていたら……考えるだけで、胸の奥が苦しくなる。
「だから」
か細い声で意識は現実に引き戻され、お酒コーナーの前でしゃがみこみ、どうしてか恥じらった気配の灰原さんを見下ろす。
「今日も、酔って……潰れちゃうかも」
どう受け取るのが、正解なんだろう。
ただ介抱してという意味なのか、欲望を解放してという意味か。
——いや。ありえないでしょ。
酔った彼女の姿を想像して、戸惑う。間違いが起きないことは決まりきっているのに、想定の中に“そういう未来”を入れてしまう自分が、不思議で仕方ない。
選択肢は、ひとつ。
「どれだけ酔っても……介抱しますから」
部下として、責任を持って上司を楽しませる。
「安心して、酔っ払ってください」
にこやかに伝えたら、不満げな唇が小さく尖った。




