第4話「ぶっちゃけ言うと」
例えば、物を落とした時。
私は体を折り曲げるようにして拾うのに対し、灰原さんは一度きちんとしゃがみこんでから拾う。持ち上げる時、指先まで揃ってたりする。
ランチに中華へ行った時。
元々ひとつ結びで髪が邪魔にならない私と違い、下ろしているから乱雑に落ちてくる髪をまとめるため、耳にかける手の小指が浅く立っていたり。
息を吹きかけて、よく熱を冷ましてから麺を啜っていたり。
何かと丁寧で、所作が美しい灰原さん。
「うま」
——うま、とか言うんだ。
そんな彼女が砕けた口調になると、親近感を覚えたりする。
「ここ、良いですね。美味しいし、安いし」
「ね。ちょっと、床ベタベタするけど」
「中華あるあるですね」
「ふふ。そうね」
他愛ない会話の中でも、水を飲む時にコップへ手を添えていた。なんて素敵な女性なんだ、灰原さん。
私もいつか、そうなりたい。
入社して半年。彼女は尊敬できる上司であり、自分にとってタメになる指針であり、将来的な目標であり、
「あっつい……汗かいちゃった」
肌の上を、透明な液が垂れる。
ハンカチでは吸い込みきれなかったそれらは首筋を伝い、鎖骨で留まりかけるも、重力に負けて落ちる。
落ちた先には——
「アイスでも、買いましょうか」
それで、頭ごと冷やさなければ。
「え〜。奢ってくれるの?なんて」
「もちろん、ご馳走させてください」
ランチは出してもらったし、と感謝を返せば、暑さだけではない何かで相手の頬が赤らむ。
——あ。
今、照れた?
「何が食べたいですか?買ってきます」
「……一緒に行きたい」
覗き込みたくなったのを抑えて、距離を置こうと動いた私を繋ぎ止めるみたいに、裾へ向かって手が伸びる。
つまんできた指のあざとさには目を瞑り、口角を上げる。でなければ、緩みきって情けない表情になりそうで。
なんなんだろう。この気持ちは。
「先に、戻っていてもらえますか」
「一緒に行かないの?コンビニ」
「暑いですから。オフィスで涼んでいてください」
こういうのは部下の仕事ですと適当な理由をつけて、離れて。
「……かわいい」
本人の前で口を滑らせる前に、ひとりになってから湧き上がっていた思いを吐露した。
最近の私は、失礼ながら灰原さんのことを、
「かわいすぎる」
と、思っている。
ぶっちゃけエロいと感じることも多々あって、具体的な例でいうと今日の朝。
『おはよう、日暮さん』
『おはようございます』
『今日はなんだか、一段と暑いわね』
『そうですね。記録的にも猛暑で……』
『はぁ。もう服を着るのもしんどい』
——だから、って。
きっと外気の熱にうんざりしていて、オフィスの冷気で癒やされ、油断してしまったんだろう。
目の前でプチリと外されたボタンに、ドキリと心臓は跳ね上がる。本人は手で扇ぎながら、気にも留めていない。
露わになる肌はふっくらとしていて、柔らかさだけではないハリ艶が、汗のおかげか生々しく映る。
さらに、追い打ちをかけるように。
下着も、見え——
『灰原さん』
『ん?』
『汗、つらそうですね。よかったら、これ』
思わず釘付けになりそうな視線を引き剥がし、俊敏に鞄から取り出したタオルを、首に巻く。本人の意思や許可を取る余裕もなく、実行に移していた。
そして、さり気なく隠す。
『小さなハンカチでは、心許ないですから。この暑さでは』
『確かに。助かるわ、ありがとう』
『いえいえ』
じっと私を見つめていた灰原さんも、ニッコリ笑ってくれたから、違和感なく作戦は成功。これで、彼女の貞操は守られた。
安堵したところへ、そっと。
手の甲に手のひらが重なり、弱く力がこもった。
『……このまま、ついでに拭いてくれる?』
『へ』
『なんて。冗談よ』
私の心臓は、見事に潰れた。
——冗談、か。
って、落胆するほどには。
たまに、どうしようもなく触れたくなることがある。そのくらい、半端ない色気の威力を彼女は持っている。
この感情を“エロい”と言わず、なんと呼ぶのか。
疎い私は、知らない。




