第46話「教えてあげる」
勝手に、“これって実質、結婚の約束みたいなものでしょ!”って自惚れて、相手にもそう伝えちゃったけど。
「……最後までは、できません」
「そ、そうよね」
拒否されちゃった。一部。
だけど、婚約中って部分には彼女も大いに納得してくれたみたいで、「それなら……」といくつも心の扉を開け放ってくれた。
一番は、キスを含むスキンシップで。
「ん……」
「ごめん、なさい。すぐ、したくなってしまって」
意外にも相手から、何度か唇を重ねてくれた。
舌が入り込んでくるような艶めかしいものではないけど、確実にただ触れるくらいだったのが、どこか味わうみたいな動きに変わってるのが、なんともやらしい。
正直もっとしてほしい。
もう、全身くまなく食べられたい。
ただ、嬉しい誤算に大喜びな私と、自己嫌悪強めの日暮れさんでは、感じてることが正反対なようで。
「うわぁ……くっ。もう、すみません。ごめんなさい」
するたびに謝っては、人の髪に逃げ込む。
——いいのに。
「あんまり……責めすぎないでほしいな」
「う、うぅん。でも」
首元でもぞもぞ葛藤する日暮さんは、思いもしないんだろうな。そういう仕草ひとつでも、私は充分に興奮しちゃうって。
「我慢も、覚えたくて……イチャイチャするだけなのは、嫌で」
「……うん」
「いっぱい、他にも。瑞月さんのこと、知りたくて。だから、お話もしたいのに」
我慢してるつもりが煽ってる、って。
体だけじゃなくて、中身まで余すことなく堪能したいと伝えられてるのも同然で、そんなことを言われてしまったら恋心は加速する一方。
口調が幼くなっていくのも、少しずつ打ち解けて素を見せてくれてる実感を得られて、ますます想いは盛り上がっていく。
「そうしたら……祥子さん」
けど、南未から貰ったアドバイスが脳裏に残っていて、ここで「めちゃくちゃにして」と攻めてもだめなのは愚かな私でも未来が予想できて。
攻め方を、変えることにした。
「話して仲を深めるのは次のデートにして……今日は、気が済むまでイチャイチャするのはどう?」
「で、も」
「私もしたいし、慣らしにもなるし。一石二鳥じゃない?」
他にも、“溜め込みすぎても良くないから”や“程よく発散することも大事”とか。耳のそばで囁いていたら、日暮さんの決意も徐々に揺らいでくれた。
やってることは悪魔の囁きかもしれないけど、それでもいい。
だってもう、限界。
「深いやつも……できる?祥子さん」
「ふ、ふかい、やつ?」
「舌入れるの。やだ?」
「や、やだでは……ただ、やり方が」
「分からなくても大丈夫。教えるから……」
早く、ちょうだい。
と、待ちきれず首を伸ばしたら、ちょっと乾いた唇に触れた。
自分からしてばかりで、私からされることは少なかったからか、途端に硬直してしまった初々しさにも心臓はきゅうと縮まる。
もっと欲しくなって、今度は相手の頬へ当てていた指を、顎の下へ移動させた。僅かばかり強引に、クイと上げさせると、呆気に取られて唇に隙間が出来た。
隙を逃さず滑り込ませたら、後は好きなように。
「っん……は、祥子さん」
「は、はい」
「吸って」
差し出すから応えて——そう正解を提示しては、進む。
日頃から疑ってたわけじゃないけど、嘘偽りなく初めてなんだなー……って信用できたのは、カチカチ歯が当たる瞬間と、
「は……っは。み、瑞月さ、ん」
呼吸が浅くて、上擦った声色で呼ばれた時。
——余裕ないの、かわいい。
ゾクゾクとした愉悦が毛細血管にまで行き届いて、手足が痺れたようなむず痒さに襲われる。体の芯は、ズクズク疼いてしんどいくらいだった。
「やり方……わかった?」
散々、好き勝手にさせてもらってから確認したら、
「わ、私には、まだ早いかもです」
「ふふ。精進ね」
「はい……」
玉砕したみたいで、それもまたかわいかった。
けど、気に入ってはくれたのかな。
「もっと……教えて、瑞月さん」
純粋無垢で熱心な向上心だったとしても、好きな人とキスしまくれるなんて役得よね。
そういうことなら遠慮なく、と貪り尽くした結果。
「っあ。もうこんな時間……まずい」
「帰る?」
「はい!親に、六時までには帰宅するって伝えちゃってたんです」
門限?かは分からないけど、かなりギリギリまでやみつきになっちゃって、ふと時計を見た日暮さんは大慌てでベッドから飛び降りていた。
家族を心配させることに加え、計画通り動けなかった自分を叱咤しながら支度する姿は、職場ではお目にかかれない乱れっぷりで。
「ふふっ。かわいい」
「か、からかわないでください」
つい吹き出すように頬を緩めたら、怒られてしまった。
反省して、駅まではついていきたいと私も寝巻きの上からコートを羽織る。髪も、軽くくしで整えた。
「すみません、バタバタしちゃって……」
「ううん、平気よ。こちらこそ、時間を気にしてなくてごめんなさい。女の子ひとりなのに、暗い時間まで」
マンションを出てから、謝罪合戦で終わりそうだった道のり。
駅のロータリーが見えてきて、大きく栄えてるわけではないから人通りは少ないとはいえ、通行人はチラホラ。
——人前では、手とか繋いだらだめかな。
傍目から見たら、友人同士。女ふたり、ついさっきまで汗で蒸れるほど体温を分け合っていたとは、誰も思うまい。だからこそ、躊躇う。
私は寄り添って歩くだけで気持ち悪がられるのに慣れてるからいいとはいえ、日暮さんは違う。好きな人が偏見の目に晒され、嫌な思いをするのはやだ。
「じゃあ、また。職場で」
あっさり帰ろうとするし、きっと別れ際に触れたいだなんて、相手は考えてもないんだろうな。
「うん。またね」
無理やりに笑顔を作ったら、
「……帰ったら、電話します」
最後の最後、私の手を取って口元まで運んでくれた。
誰にどう思われたっていいという、彼女なりの真っ直ぐな愛情を感じ取って、鼻から吐息が抜けていく。
「うん」
ほんとに、すき。
「だいすき」




