第42話「言い訳を考えよう」
なんだかんだ。
素っ気なかったり、他人行儀な時もあったり。
メッセージに至っては簡潔すぎて「業務連絡?おかしいな、今ってこれ社用携帯だったかな」ってスマホ本体を確認することもある。
「今日は、何してたの?帰ってから」
『週末のおうちデートに備えて、準備をしてました』
「え〜。どんな準備?」
『瑞月さんを抱きしめないように、鍛錬を』
「ふふ。抱きしめてもいいのに」
習慣となりつつある通話も終始真面目で、つい数日前までは寂しくなったりしてたけど。
『……止まらなく、なりそうで』
どれもこれも、愛情だったのかもって。
日暮さんなりに、誠心誠意を込めた方法で、私との関係に向き合ってくれてただけなんだって。
デートプランをいくつも練るほど私のことを考えてくれてたあの夜の通話以降、荒ぶっていた情緒は一時的に平穏を取り戻した。
「すき」
ただ。
『は、はい』
あまり、言葉では示してくれないところだけ、不満。というか、さびしい。
「ねぇ……祥子さん」
膝を丸めて、足首の辺りに来た指で、足の甲をくりくりする。自分で触ってるからくすぐったくはないけど、意識が逸れてちょうどいい。
相手は私の言葉をじっと待っているようで、気まずい沈黙が流れた。
「好きって言うのも……付き合ってから?」
もし、そういう意図や意志があるなら、予め伝えておいてほしい。でないと、勝手に傷付いちゃう。
繊細なセンサーが敏感に悪い反応ばかり捉えて、「もしかして好きじゃないのかな」や「嫌いになっちゃった?」と、すぐに悲鳴をあげそうになる。
信じてないわけじゃない。むしろ、すごく。
「それとも、単に迷惑だったりする?」
『や!そんなことは絶対にありえません。ただ、私は、その……感情を、声に出すのが苦手で』
安心感を与えてくれる対応を、その都度してもらっている自覚はある。
苦手な中でも伝えようと、上擦った発音からも理解はできて、心の芯にまで達してはいる。
『その分、行動で示そうと努力はしているんです、けど』
「……そうね」
充分なのかも。
「ごめんなさい。気にしないで」
『あ……は、はい』
「私が伝える分には、いい?」
『っも、もちろん』
「ふふ。すき」
欲張りは押し込めて、思いの丈を声に乗せる。電話の向こうでは、日暮さんが何も返せないほど照れたのか黙っちゃった。
胸の内が、かわいいで溢れる。
キスしたいなー……やっぱり、あれを忘れるなんて無理よね。
妄想する分には、いっか。
後で、通話切ったら——
『わ、私も、好きです』
悶々としてたのに、さらにガソリンを足されて、立てていた膝をくっつけた。必然的に、内ももにも力が入る。
「んん……」
しんどい。
——日暮さんには、悪いけど。
私は、付き合うまで待てない。
「会いたい……」
なんなら、休日までも待てない。
今すぐにでも会って、抱き合いたい。キスとか我慢するから、せめて体温に包まれて寝たい。
『ぁ……明日は、仕事ですから』
だよね。わかってた。
融通のきかないところが日暮さんらしくもあり、憎らしくもあり。でも無理はさせたくないから、おとなしく引き下がった。
『おやすみなさい』
「うんー……おやすみ」
どれだけ伸びても一時間で切れる通話にも物足りなさを抱えながらも、スマホを置いて放心する。
「えっちしたい……」
あんなに、理性的でいられない。
でも、感情的に迫っても前回の二の舞い。そのくらいで済めばまだいい方で、“付き合ってからと言ったのに”——そう嫌になって心の扉を閉ざされたら三回目は一生来ない。
「なんか、いい言い訳ないかなー……」
理路整然とした彼女が、納得できるような。
「——いいねぇ。面白そう」
私とは違って、こういう言語化の難しい、漠然とした悩みが大好きそうで大得意でもあろう人物を頼ったら、予想通り食いついてくれた。
場所は、いつものバー。今日は平日で他にお客さんもいないからか、ママも一緒に案を出してくれるという。
「どんな子なの?まず」
「んー……真面目。優しい。かわいい」
「ははは!それじゃあ、分かんないよ。もっと具体的にさ、ちょうだいよ」
「説明が難しいかも……」
ママとのやり取りでさっそくつまづいていたら、南未が助け舟を出してくれた。
「私が分析してやろっか。パッと見た感じ」
「そんなことできるの?」
「任せてよ」
ほんと、こういう時ばかりは頼りになる。私は、どちらかと言えば理屈で考えたりするの、苦手だから。
「まず、嫉妬深いでしょー」
「え。どこが」
「どっからどう見ても」
そう、かな。
人間観察が得意分野の南未が自信満々に挙げるってことは、そうなんだろうな。私には、日暮さんが嫉妬深い印象あんまりない。
他にも“頑固”、“ポーカーフェイスなだけ”、“ああいうやつに限ってむっつり”など。それもはやただの偏見じゃない?って意見も混じりつつ。
「ま、これも交際するにあたって必要なことなの〜って言い訳でも用意してやれば、乗ってくるんじゃない?」
「え〜。そんなので、納得してくれるかな?」
「大事なのは、ルールも設けてあげること」
「ルール」
「慣れるまで、ここからここまではオーケーにしましょ?練習のために、ってね」
後は伝え方の工夫だと、南未は笑う。
「できるかな」
「できるよ」
これまでなら頭を触ってくるところで、彼女はグラスを差し出し、乾杯を求める程度に留めた。
多分、私に恋人ができるから気を使ってくれたんだと思う。
「瑞月なら、大丈夫。かわいこちゃんなんだからさ」
そして不敵に、背中も押してもらえた。




