第36話「大好きあまって」
今世紀最大の勇気を振り絞ってした告白は、見事に成功。
存在を確かめるみたいな力の込め方から、相手も相当な覚悟を持って答えてくれたことが伝わって、安堵と多幸感で目頭に熱が集まった。
——そういうところも、好き。
“好き”ひとつ、大切に扱ってそうな、誠実さ。
きゅう。
って、なる。
「い、一度……水分補給しませんか」
「そ、そうね」
勢いに任せて押し倒しそうな私を落ち着けてくれたのは、許可を得て差し出された作り置きのお茶だった。
馴染みある味にホッとして、いくばくか緊張も解ける。
「ふぅー……」
シンク前で脱力して、床にお尻がついた。心配した日暮さんが、咄嗟な動作で腰を支えてくれた。
「ちゃんと飲めましたか……?」
「うん」
「よかった」
「祥子さんも」
私よりも汗だくなのに先に手渡してくれた優しさにもキュンとしつつ、お返しする。
受け取った彼女はよほど喉が乾いていたのか、ゴクゴクと気持ちいいくらいに中身を飲み干していった。そして、おかわりもする。かわいい。
「ふふ。そんなに喉カラカラだったの?」
「はい。実は」
「いっぱい飲んで」
「……瑞月さんもね」
近い距離で微笑むから、つい。
「のませて」
甘えた願いを、ぽつりと落とした。
「……うん」
すると、快く拾ってくれた相手の目が優しく細まって、渡そうとしていたコップは手元から口元へ移る。
顎に添えられた手は零さないようにと細心の注意を払っていて、それだけであちこち満たされた。飢えも、乾きも、何もかも。
叶うことなら、キスしたい。
奪われたい。全てを。
「汗かいちゃいましたね」
指先が垂れた液を拭って、湿った髪は耳の裏へ。
「シャワー浴びます?」
それ、は。
単なる気遣いか、分かった上でのお誘いか。
日暮さんはどちらもありえそうだから、読めない。願望は当然の如く、後者一択。
「一緒に、入る……?」
一か八か。
勝負に、出てみた。
「そ、そういうのは……まだ、早くないですか」
けど、まんまと撃沈。
「そうよね……ごめんなさい」
「あ、いえ。決して、嫌とかでは」
「分かってる。大丈夫」
私ってば、浮かれて先走って——いたたまれなくて、脱衣所へこもった。後ろから「あっ。瑞月さん」と呼ばれたけど、無視してしまった。
冷水を浴びれば頭も冷えるだろうと服を脱ぎ捨て、冬の寒さに負けて普通にお湯で体を流した。
——すっぴん見せるの、初めてかも。
他に考えることはあるだろうに、頭を埋めたのはくだらなくも感じる乙女心で。
「温まりました?」
「うん……」
懸念を抱え、タオルで顔半分を隠しつつ出たら、キッチンでぼーっとしていたらしい日暮さんが、重い腰を上げた。
この後、彼女もシャワーを浴びて。
そうしたら、自然な流れで部屋のベッドに行って。
ふたりで、横並びに座って。
色々、話したり。
そ、それで。
『——だ、め。祥子さん』
『どうして?』
『どうして、って……』
『私達、もう付き合ったじゃないですか』
『そう、だけど』
『だから……いいでしょ?』
押し倒されちゃったり、して。
なんて。
なんちゃって……!
心の中だけで「ひゃ〜!」と悶え叫んで、水を吸ったタオルに火照った頬を押し付ける。
「——それじゃあ、私は帰りますね」
「ん?」
あれ。
「帰る、の?」
「はい。無事に送り届けられましたし……」
「え?」
嘘でしょ。
この状況で帰るっていうの、この人は。
雪も瞬時に溶けるような温度で抱擁を交わし、晴れて好き同士になり、なんか、こう。分かんないけどなんかめっちゃいい感じな雰囲気で打ち解けて、体も清めたこの状態で?
昂ぶった私の心臓とかアレとか、どうするのよ。このままじゃ夜な夜なこっそり解消しないと寝れなくなっちゃうじゃない!それはそれでいいんだけど!
こちとら期待感MAXで、どすっぴんのかわいさとかまで意識しちゃってるんですけど?
「え、えー……帰っちゃうんだ」
さびし。
待って。イチャイチャできない落胆以上に、単純にものすっごい寂しいかも。ぎゅってしてほしいかも。
こ、こうなったら。
「帰らないで、ほしい……」
おねだり、しちゃえ。
恥をかなぐり捨てて服の袖を掴み、渾身の懇願をしてみたら、
「まだ付き合ってもないのに、お泊まりは……」
とんでもない食い違いが発生していた。
「つ、付き合って、ないの?私達」
「え?はい。その認識でした」
「な、なんで?」
「だって、付き合う手順を踏んでない……」
「え。で、でもでも。好きって」
「はい、好きです」
「私も好き」
「はい」
はい?
「ち、ちょ。ちょっと、整理させて」
待って。これ、私がおかしい?
普通、好き同士になった時点で交際じゃないの?あ、でも「付き合って」的なやり取りはしてないからってこと?
だとしたら、先に進むために言わなきゃ。ここまで来たら、どっちから告白とか関係ない。
「あの、私……」
「もう少し、お互いを知ってから付き合いたいんです」
「あっ」
そういう。
「人生を共にするわけですから、好きという感情だけではなく、良いも悪いも分かった上で判断してもらいたくて……」
そういう、こと。
「私自身、付き合うにはまだ、瑞月さんのことを知らなすぎるので……知っていきたいんです」
「それは、もちろん」
嬉しい。
そんなに、深く真剣に考えてくれてたなんて。
もう、人生捧げてもいいってくらい、真面目なところ大好き。
なんだけど。
「でも、その」
大人すぎる部分が、今はちょっと。
憎いかも。




