第34話「邪魔して」
正直。
完全に、脈ナシだとばかり。
「私なんかより、南未さんの方が——」
ただ、あの劣等感と嫉妬心丸出しな会話で確定した。それ以前に、岩村さんとランチへ行くだけで引き止めたあたり。
多分。いや、ほぼほぼ高確率で。
日暮さんは、私のことが好き……!
それも、恋愛的に!
「ってなったら、付き合いたい〜!なんなら今すぐ挙式だけでも」
「本人に言いなよ」
「言えるわけないでしょ」
「はぁ?なんでよ」
「はずかしい……」
「誰かこのバカクソ乙女にテキーラ飲ませてやって」
奥手なんて言葉が辞書にない南未は冗談だと受け止めて笑うけど、私からすれば死活問題。
両想いならグイグイいけるってわけでもなくて、羞恥心以外にも躊躇う理由はたくさん。一番は、自分の方が会社での立場が上ということ。
日暮さんは真面目だから、いくらプライベートといっても、私からの誘いは全部応じてくれちゃいそうで。
——それじゃ、だめなの。
無理に付き合わせるような関係じゃなくて、むしろ相手から引っ張られたい。そのくらいじゃないと、力関係が崩れちゃいそうで怖い。
あくまでも、健全な仲でいたいから。もちろん、夜のは不健全でいい。不健全がいい。
「お互い好きなのにさー、悩むことある?」
「いいよね、南未は。本能で生きてて」
「それの何が悪いの?人間だって動物じゃん」
「人間には理性があるもの」
「とか言うやつでも、ベッドの上では正直者でしょ?」
「……それはそうかも」
嫌味に正論で返されても嫌な気がしないのは、それくらい彼女がさっぱりとした性格だから。羨ましいくらいの、良さだと思う。
「だから、たまにはさー……素直になりなよ。かわいこちゃん」
「は?」
他の女なら喜んだであろう慣れた手つきで腰を抱かれて、殺意が湧く。こういうとこは、本当に嫌い。軽蔑する。
酔ってるのかなんなのか、「明日はお休みでしょ?」と囁きながら寄っかかってきて、人のスカートにまで手を突っ込んできそうな親友相手に、ドン引きした。
確かに明日は休みだけど、南未にお持ち帰りされるのだけはゴメン。
「ちょっと……正気?」
「んー?何が」
「私のこと抱こうとか考えてないよね?」
「うん。生憎、私は尻が軽くて本能的な女がだーいすきなの」
「じゃあ、なに……」
「なんだと思う?」
するり、と。
「ひっ……」
太もも付近を触られる感覚があって、こいつまじかと反射的に手が出るところだった。
かろうじて暴力を振るわずに済んだのは、
「私の狙いは、これでした」
ポケットから引きずり出された後、目の前でプラプラされた四角い情報の集合体。それを、見せつけられたから。
何をする気なのか、問う前に南未はあっさり四文字のセキュリティを突破して——なんで知ってるのというツッコミは置いといて——メッセージアプリをタップ。
そして、迷いなく誰かに電話をかけた。耳に当てた動作から、察する。
「えっ。なに……」
誰に、と。
「はぁい、もしもし?祥子ちゃん。元気してるー?」
浮かんだ疑問は、愚問だった。
「今ねー、君のだーいすきな瑞月ちゃんと飲んでるの。どこにいるでしょーうか」
「ちょっ……やめて」
「よかったら、おいでよ」
小声の牽制も無意味で、スマホを奪おうとしても飄々と椅子から降りて逃げられてしまう。
「早く来ないとさ」
南未の、悪いところだ。
「お持ち帰りされちゃうかもよ?」
楽しそうだからってだけで、挑発的な態度で掻き乱して、飽きるまで放置する。何かあれば、責任を取る時は取るけど……そんなの、今は関係ない。
ただでさえ、お互い繊細な時期だというのに、容赦なくガソリンが足された。
成功すればキャンプファイヤーで大団円かもしれないけど、失敗したら――職場での関係も、危うくなっちゃう。
そして、何より。
「っ、勝手なこと……して」
魔の手が好きな人まで伸びたと分かった途端、込み上げた怒りを抑えきれず、バチンと。調子に乗りすぎた相手の頬を、弾いた。
引っぱたかれてもなお、南未は笑みを深める。
「返して」
「はいよ」
「っ……もしもし、日暮さ」
『灰原さん』
慌てて弁解しようと電話を代わった時には、日暮さんの声は沈みきっていて。
ズキリ、と。
良心が心臓を刺して、声に出ない悲鳴をあげた。
『私……迎えに行った方が、いいですか』
それとも——声は続く。
『邪魔しない方が、いいですか』
ほら、もう。
ばか。
傷付けちゃった。
私が、ウジウジしてたせいで。南未にも、余計なことさせて。そのくらい、心配かけて。
こんなことになったのは、全部。
「じゃ、ま……」
卑怯にも、自分から踏み出そうとしなかったせいだ。
私の、せいで。
「邪魔、して」
なら、勇気を出すとすれば、ここ。
一歩を踏み出すなら、今。
「迎えに、来て」
そう信じて、震える声で小さく叫んだ。




