第26話「予期せぬコール」
「あの後、どうだった?」
「んー?」
「寒空の下、抱き合ったりしたんじゃないの」
「……まぁ」
したは、したけど。一方的に抱きつく形で。
からかう気満々で話しかけてきた南未に話すか、ちょっと躊躇った。
「恋のキューピット担当したんだからさ、ちょうだいよ。愛の土産話」
「話すことない」
「はぁ?あの感じ、絶対お持ち帰りしたか、されたでしょ?」
「残念ながら、してない。されてもない」
「嘘つけ」
「ほんと。連絡先交換して……一回、図書館デート行っただけ」
「なんだそりゃ」
しかも、相手はデートと認識してるかさえ怪しい。
図書館で読書をした後は軽く食事をして、解散。メッセージのやり取りは続いているものの、お互い仕事で忙しく、次の約束には繋げられてない。
進展の欠片もないことに、南未は不満げな顔をして人の枕に頭を預けた。最近、どうやら“暇ができて退屈”らしい。
「あの子なら、瑞月の心を掴めると思ったんだけどなぁー」
「余計なお世話」
「だって、幸せになってほしいじゃん?」
一応、彼女なりに親友の幸福を願ってくれてはいるみたいで、寂しがりやなのにここ数年はまるで枯れていた私の未来を、純粋に心配しているらしい。
——好きな人、いるんだけど。
おかげでその人とデート紛いなこともできて、最高に気分がいい。調子もいい。
あ。というか、前に失恋したって勘違いされてから、そういえばこういう系の話はしてなかったかも。
「あのね、南未」
「うん?」
「心配しなくて、大丈夫」
「なんでよ」
「順調だもの。恋も、仕事も」
「そ?なら、いいんだけどさ」
ベッドの下でくつろいでいた私に向かって伸びた手は、許可もなく髪を触る。お風呂上がりに頑張って乾かして整えたのに、やめてほしい。
「フラレたら、慰めてあげる」
「ほんと無理」
「ふは!なんでよ〜」
「軽い人、きらい」
「知ってる〜」
真に受けないでくれるから軽口叩けるんだよね〜、と安心しきって呟いた南未には軽蔑の眼差しを返して、スマホの画面へ視線を落とした。
——今、何してるかな。
私が『お風呂入ってた』と送って以降の返信が、ない。時刻は、まだ八時にもなってない。だからきっと、起きてるはず。
「なに。好きな人?」
「……うん」
「よーし。ここは私に任せなさいな」
「あっ!ちょっと」
面白がってスマホを取り上げた南未が何をするかと思ったら——電話をかけた時のコール音が、スピーカーから小さく流れた。
「っば……!な、なにするの!」
了承もなしに、いきなり電話なんて。
「いーんだよ。こういうのは、勢いが大事なの」
それは、そうかもしれないけど。
日暮さんがもし、予期しない着信や雑談通話が苦手なタイプだったら、どうするの。どうしよう?
慌てている間にコール音は止まり、取り返した時には、
『……はい』
もう、応じてくれた後だった。
出てくれたのに今さら切るわけにもいかず——切りたいわけもなく——南未の視線を気にしながらも、声を聞くため液晶を耳に当てる。
『どうしたんですか。何か、ありました?』
予想を裏切る心配そうな声が鼓膜を揺らして、ときめきは一瞬で心臓部にまで到達した。
「な、何も……ごめんなさい。いきなり」
『いえ。何もないならよかったです』
「う……うん」
あ。
これ、すぐ終わっちゃう流れだ。
せっかく南未が背中を押してくれたのに、申し訳ないけど話題を続けられる気がしない。しつこくして嫌われる方が、怖い。
聞かないよう配慮してくれてるのか、はたまた興味を失っただけか。南未は本格的に自分のスマホへ夢中になっていて、アドバイスをする気なんかはなさそう。
『……やっぱり、何かありましたか』
多分、無言が長引いたから。
言い出せないだけなんじゃないか——そう裏を読んでくれた日暮さんにも、申し訳なくて。
「そ、の」
何か。
なにか、理由を探さないと。
目だけで部屋中を見回してそれらしい言い訳を考えるも、出てきてはくれなかった。
だから、もう。
「声、聞きたくて」
包み隠さず、本音を打ち明けちゃえ、って。
勇気を振り絞ったら、南未も目を見開いて見てきて、日暮さんに至っては無言というか無音。
——やらかした、かな。
数秒、いや数十秒くらい耳が痛くなるくらいの沈黙だったから、引かれちゃったんだって視界を涙でぼやけさせた。
「っ、ごめんなさい。今のは」
『私も』
撤回しようとした時、どこか照れたような吐息がかぶさって、
『ちょうど、お話したいと思ってました』
同じ温度感に包まれたことには、嬉しさよりも驚きが勝って。
『寝る前に灰原さんの声が聞けて、嬉しいです』
舞い上がる喜びを抱え、ベランダに走った。これ以上は、たとえ大親友でも南未には聞かれたくなくて。
沸騰したみたいに熱い顔も、見られたくなくて。
『灰原さん、ご提案なのですが』
「は、はい」
『明日からも毎日……このくらいの時間に、こうしてお話しませんか?』
心臓に悪い幸せが、嘘みたいに連続する。
——夢?
疑ってしまうほどには、私にとって都合がよすぎる提案で。
「うん……私も、したい」
お願い。
どうか、醒めないでいて。
胸元を押さえて、流れ星を待ち望んだ。




