第25話「未熟なプライド」
世間一般的に、大人ふたりが図書館へ出向いて読書を嗜むのは、デートと呼ぶんだろうか。
「なに読むの?」
「歴史が好きで、伝記なんかを主に」
「わ、素敵。私も読みたいな」
自惚れはしないが、灰原さんもノリノリでついてきてくれたから、なんだって良しとしよう。
三階まである広い館内で、それぞれ目についた本を数冊手に取って、隅の席に落ち着いた。休日だからか、チラホラと人がいる。この時期、文化祭関係で何かあるのか、制服姿の学生も目立った。
コソコソ、密やかに会話を重ねている。
私も昔は、よく友達とああやってお喋りをして過ごしていた。もっぱら聞き専で、頷くメインだったが。
「なんだか……懐かしい」
灰原さんも似たような経験があるらしく、女子高生ふたりを眺めて目を細めていた。
ただ、彼女は私とは違うようで。
「よく、図書室でデートしてた」
恋愛関係の、相手との記憶。
「……当時の、パートナーさんと、ですか?」
「うん。彼女も、読書が好きな子だったから」
嫉妬をしないかと問われれば、もちろんする。
けど、懐かしんで微笑む美しさに目を奪われて、淀んだ感情は浄化されてしまった。
学生時代から灰原さんはどちらかといえば化粧やオシャレに興味津々で、年相応に明るい生徒だったらしい。対して、当時の恋人は静かで大人びた女の子だったとか。
モテることに飽き飽きして、逃げ込んだ先。
図書室でふたりの時間を重ねるうちに距離が縮まり、向こうからの告白を受けて交際。別れは高校三年、卒業間近の春。
「相手の大学が、地方で……遠距離、つらくて」
毎日会って話したいタイプの灰原さんと、たまに会うくらいでも平気な相手で折り合いがつかず、そのまま離れ離れに。物理的距離も、耐えられなかったそう。
「あ……ごめん。過去の、暗い話なんかして」
「……いえ」
もっと聞いていたい気もしたが、本人が気まずそうに肩を小さくするから、深掘りはやめた。
「日暮さんは……どうして、図書館が好きなの?」
今度は私自身に興味を抱いてくれて、話の流れで自分のことについて振り返る。
広々とした、本棚まみれの空間を見て浮かぶのは、「お金がかからないから」や「快適な空間だから」というつまらない感想ばかりで。
「ここには、もう売ってない貴重な本もありますし……全ての本を買って、家に置いておくことはできないですから」
なんとか絞り出した他の理由も、面白みにかけるものだった。
のに、灰原さんの口角はふんわり上がる。
「本当に、本が好きなのね」
呆れたわけでも、鼻で笑うわけでもない純粋無垢な優しさを受けて、胸の奥にじんと熱が灯る。
好きだ、と自覚するたび、苦しい。
「お金もかからないし……最高の場所じゃない?」
「は、はい。私も、そう思います」
「また誘ってくれる?」
え。
むしろ、いいんですか。
大人のデートとは、とても呼べない。人によってはケチくさい、ガキくさいと萎えるかもしれないお誘いだったのに。
——なんて、心が広いの。灰原さん。
惚れ直すを通り越して、もはや愛が芽生えそうなくらい。心を鷲掴みにされた私の頭に残る疑問は、「こんなんで本当にいいのだろうか?」という不安で。
ただでさえ年下な上に、ろくなエスコートもできない。他にも男女でいうところの、経済的な問題とか。灰原さんは、どう考えているんだろう?
彼女にとって、求められる人間でありたい。
「その……灰原さんって」
「うん」
「デート相手の、年収とかって」
恋愛的な価値観を探るべく、おそるおそる口を開けば、
「全然気にしない」
「え」
「だって、自分で稼いでるもの」
そうだった。この人、バリキャリ上司だった。
痛感させられる答えが返ってきて、なんとなく撃沈した。かっこいいところ、見せられない。
「むしろ、貢ぎたいタイプ」
さらに、上をいかれた。
「み、貢ぐ……」
「うん。そのうち家とか買って、養いたいくらい」
「す、素晴らしい気概ですね」
「そう?好きだったら、普通よ」
尊敬します、灰原さん。
私も、いずれはそうなりたい。けど、現実的に今はまだ無理。
新卒で入りたての給料なんてたかが知れてるし、生活レベルは実家暮らしで親任せにしてきた弊害で、まったく育ってない。せめて家事は、ひと通りこなせるようにしておかないと。
「だから、気にしないでね?日暮さんも」
「はい……」
と、言われましても。
未熟なプライドが許さない時は、どうすればいいですか?灰原さん……。




