第24話「……ずるい」
友達が追加されました。
——日暮祥子。
「ん……ふふ。へへ」
起きてもなお表示される文字列が、夢ではなく現実だと教えてくれる。
「ついにゲットしちゃった……!」
職務から開放された、繋がり。
部下も上司もない関係性が築ける唯一のツールを眺めては、ひぐれちゃんに抱きついて足をバタつかせる。もうすっかり彼女の香りはしなくなっちゃったけど、そんなのへっちゃら。
だって、これからは——
『おいで……瑞月』
いつでもどこでも、本人の体温を直に感じられる……かも?しれないし?
「ひゃ〜……!そうなったら、どうしよ」
手を繋ぐのはもちろん、ハグもしたいしキスもしたい。叶うことなら、その先だって。
でもでも、まずはデート。焦りは禁物。
いや、待って。いくら社外といっても上司という立場上、こちらからグイグイ踏み込みすぎるのは避けるべきかな。
付き合っちゃえば関係ないだろうけど、それまではハラスメントを意識して慎重にいかないと。周囲の訴えによって異動とかになって、離れ離れにされても困る。
幸い、相手から距離を縮めてくれたから嫌がられてないことは確定。とはいえ、恋愛的なものかは微妙。
恋愛は、恋愛でも。
「岩村さん関係だったら、やだなー……」
独り言で不安を解消しつつ、メッセージ欄を眼下に、しばらく打ち込む文字で悩む。
『好き』
って、もう送っちゃおうかな。
いやいや。気が早い。落ち着いて、私。
「んー……」
何か、良い話題。
日暮さんも食いついてくれそうで、なおかつセクハラにならないような。欲を言えば、ふたりで出かける口実になりそうな、こと。
——ない。
私、彼女のこと……あんまり、知らない。
悲しい現実に直面して、気分はだだ下がり。秘密に満ちていても好きだけど、ミステリアスすぎるのも考えものね。
「……ま。話題がてら」
聞いちゃおう、根掘り葉掘り。
『おはよう!今日は日暮さんもお休みよね?』
送って数秒と経たず、既読の文字がつく。
——もしかして、相手もメッセージ送ろうとしてくれてた?
だとしたら、超ハッピー。それだけで今日一日幸せに過ごせそう。自意識過剰だったら、凹む。
『はい。休みです』
ものすっごい業務的な対応に感じるのは、一旦置いといて。仕事じゃない時でも敬語なの、素敵。
『何か予定あったりする?』
『特には。灰原さんは?』
『私も特にないの』
『そうですか』
え、なんだろう。
プライベートだよね?
仕事?ってくらい、文面冷たい……かも。
簡潔すぎて素っ気ない反応に怯えつつも、愚かな指先は次から次へと会話を繋げようとしてしまう。迷惑がられてるかもしれないのに。
『お休みの日はいつも何をしてるの?』
『家か図書館で読書をしています』
「図書館……」
わりと、解釈一致。
静かな場所で、物静かな所作で趣味を嗜んでそうなイメージは容易に想像がつく。仮に「夜はクラブで横揺れ」とか言われても、それはそれでギャップ萌えする。
どんなものが好きで、どんなものが嫌いでも、関係なかった。
日暮さんだから、いい。
『今日も暇なので、これから図書館へ行こうか悩んでいます』
「えー……いいな」
ついていってもいい?——って。それはさすがに、だめかな。
積極的にいきたいのに、立場や何やら。がんじがらめで慣らされた思考回路が邪魔をする。
『灰原さんも、よければ』
数分。
迷いに迷っていたら、相手から。
『一緒にいかがですか?』
ブルーライトに侵された瞳が輝きを放ち、『行く!』と即答した後はベッドを飛び降りた。待ち合わせの場所や時間も、決めてないというのに。
先走って準備を進めている間に連絡を返して、一時間後にどこどこで、と本格的に約束を交わしてからは大忙し。
化粧に服選びに——念のため、ありえないとは思いつつ下着も吟味。派手すぎないやつにしよう。
「気合い入れすぎたら、引かれるかな……?」
相手はデートだなんて考えない可能性の方が高いわけで、そうだとしたら軽めにしとかないと。ラフすぎず、大人すぎない可憐な感じがいい。
できることなら、「かわいい。すき。惚れた」って褒められたい。でもってちゅーしたい。
限られた時間を精一杯、最大限に使ってオシャレをして、ひとり暮らしの部屋に別れを告げた。足取りは羽よりも軽く、気分はうなぎ登り。
徒歩と電車を乗り継ぎ、駅から数分の図書館の前へ着いたら、日暮さんはもう到着していた。
「おはようございます」
「おはよう!」
「すみません、突然……」
「いえいえ。気にしないで?」
「ありがとうございます」
職場で会う時とあまり変わらないやり取りをして、建物の中へ。
——褒められなかった。
まぁ、分かってた。デートだーって浮かれてるのは、私だけだもの。日暮さんは、何も悪くない。
ただ、ちょっと寂しいなーと落ち込んでいたら、
「……私服」
「ん?」
「素敵ですね」
扉を開けてくれながら、振り向きざまに微笑みかけてもらえた。
日暮さんは、罪な香りがする。
浮ついた心を捕まえて離さないのに、決して捕まえさせてはくれないから。
ずるいな。




