第21話「初恋だからこそ」
「そりゃ、脈ナシだね」
「……心臓は動いてる」
「そっちの脈じゃないよ」
「……知ってる」
片思いをしていると分かった上で背中を押されるのが、どういうことか。考えなくたって、答えはひとつしかない。
楽しむまでもなく失恋してしまった私にとって、恋というのはあまりに儚い地獄だった。
そして関係を切れない限り、これから先も地獄は続く。
「あの祥子が恋愛?面白そう」——と、休日に家へ押しかけてきた竹本相手に愚痴紛いな思いの丈を聞いてもらいつつ、感情の整理を始めた。
おかげで、だいぶ未来のため必要な行動が見えてきた。
「で。諦めるの?」
「うん」
「初恋なのに?」
「初恋だから、だよ」
何事も、初めてのことはうまくいかない。慣れていないのだから、当然だ。
継続できるもので、何度でもリトライ可能なら辛抱強くいられるけど……恋愛はそうじゃない。たとえ告白したとしても、しなかったとしても相手次第では即終わり。あまりに、リスクが大きい。
であれば、無理に挑んで失敗するよりも一旦引いて、熱が冷めてから判断した方がいいに決まってる。気の迷い、という可能性もまだある。
恋愛感情は今後どうなっていくか予想がつかないから置いといて、性欲はいずれ静まる。時を待って、それでもまだ好きなら——
「……諦めるんじゃ、ないの。私」
ひとりになって、思考の海を彷徨い泳いで辿り着くのは、未来が詰まった孤島の夢。
往生際の悪い自分に、心底呆れる。
「——灰原さんって」
上司である灰原さんが有給消化中の、とある昼。
誘われたから応じたランチで、岩村さんが何気なく話題に出した。
「どんな男が、好きなんですかね」
——残念ながら、男性は対象外です。
とは、本人がいないところで勝手に広めるわけにもいかないので、定食の魚を箸でつつきながら無難な返しを考える。
「日暮さん、仲いいじゃないですか」
「……そんなことは」
「や〜。だって、ほぼ毎日のようにランチ行ってるし?僕も誘ってくださいよ」
「女ふたり、積もる話もあるんですよ」
ないけど。
ふたりで食事をしても、多くは「おいしいね」や「次はどこのお店に行こうね」と感想にもならない、浅い会話がほとんど。私は基本、相槌を打つか適度に質問をするか、質問に答えるだけ。
面白みのない部下で退屈だろうに、灰原さんはいつも楽しそうに笑みを深めては、
『日暮さんと食べると、もっとおいしい』
なんて。無邪気な声で、照れた仕草で。
——かわいい。
心臓がひねり潰されるほど愛くるしい、尊さで。
「何か、知りませんか?好きなタイプとか」
「……それを知って、どうするんです」
「分かるでしょ」
分かります。
口説くためのリサーチですか。大変ですね。
落ちもしない、相手に——自分で、自分の首を絞める。今の私は、岩村さんをバカにできない。ただただ、真っ直ぐに思い続けられることを尊敬する。
「……例えば、フラレたとして」
「ひどっ。フラレる前提ですか」
「はい。……岩村さんなら、どうしますか。そのあと」
条件は、等しい。性別によって、僅差で私が有利とはいえ、絶望が待ち構えているのは変わらない。
失恋後に職場で気まずくなることも明白で、それ故に彼の方針や今後の動向が気になるというよりも、気がかりだった。
岩村さんは数秒、天井を仰いで悩んだ後。
「きっぱり、諦めます」
清々しいほど明るく言い放った。
少し、意外だった。彼の人となりを、表面だけでも知っているつもりでいたが、まだまだ氷山の一角にも満たなかったようだ。
「ま。とことん口説いてから、の話ですけどね」
後悔が残らないよう、全力を尽くす。だからこそ、諦めがつく。
「……なるほど。それは、一理ありますね」
「ってことなんで、灰原さんのタイプ教えてください」
「チャラそうな人は無理、と話していたことがあります」
「まじ?いいこと聞いた」
応援するつもりは毛頭ないが、しつこく確認されても不快だ。問題なさそうなところだけ、答えておこう。
にしても、とことん口説く……私には、無い発想だった。相手の迷惑や叶う確率を鑑みたら無意味な行動だと、最初から決めつけていたから。
せっかく恋に落ち、女である私にも可能性がある相手なのだから、挑戦もせず引くのはもったいないかもしれない。
「……今日は、私がご馳走しますよ」
「おっ。ラッキー。ごちそうさまです!」
岩村さんには密かにお礼をして、さっそくデートの計画でも立てよう——と目論んだが、どうやって誘おう?
社用携帯で私的な連絡するのは避けて、と厳しく注意するくらい公私の区別には厳格な灰原さん。そう簡単に、休日のお誘いに乗ってくれるか微妙なところ。
職務上の関係が、憎い。
今は部下からでも、同性であってもセクハラになってしまう時代。コンプラの網をかいぐぐって近付くには、どうすればいいか。
「ってことで、飲み行こー!失恋祥子ちゃん」
「ちょっと、たけ!そんな言い方よくないよ」
「平気だよ、美笠。竹本なりの励ましでしょ」
「そうそう。分かってんじゃん」
仕事終わり。
竹本と美笠のふたりと近くの駅前で合流し、どこで飲もうかとそれぞれスマホを開く。
「ご飯屋もいいけど、今日はさ」
「うん」
「バーで、パーッと!どう?」
「……あそこ行きたいだけでしょ、たけは」
「あそこ……?」
「ほら、あの。前に一回だけ行った」
——あぁ。
ビアンバーとやら。
そういえば、竹本の付き添いで行ったっけ。
「あ。」
そこで、彼女とばったり会ったことも、遅れて思い出した。逆に、なぜ忘れていたのか。
今日会えずとも、通えばそのうち……?期待感を持って、足を運んだその日。
「あ……」
「おー。あん時の三人組。今日も美人だねぇ」
「ちょっと南未」
幸運の女神は、私に味方していた。
「よかったら……隣、どうぞ」
「……はい」




