第20話「諦めの悪い諦め」
くまのキーホルダーを渡した後から、日暮さんの様子がおかしい。
仕事も身にならないみたいで、滅多にしないミスを連発。幸い、社外に影響の出ない抜けで済んでるからいいけど、メンタル面が心配。
上司として傾聴の時間を設けたいものの、私関係で悩んでいるんだとしたら意味がないから、どうしよう。
もしかして日暮さんだけに向けたお土産、さすがに重かった?やりすぎた、かな。
「——どう?ここの洋食。おいしい?」
「はい。とっても」
嫌われたかもってビクビクするのに、昼食に誘うのはやめられない乙女心は、厄介極まりない。
予想に反して断られず、笑顔でついてきてくれたことには安心したけど、なんか。
「日暮さん」
「ん……?はい。なんですか」
不穏な気配が、する。
瞳の奥が笑っていないというか、心を閉ざしている風に感じる。多分、思い過ごしや気のせいではなくて。
白く、清潔感のあるレースをまとったテーブル上で、不安感を打ち消すため日暮さんの手を握ろうとしたら、そっと下へ引っ込んでしまった。
——こわい。
こういう時、付き合ってもないのに触りたいって欲求が前のめりになっちゃって、とにかく存在を感じてないと足元からグラついて。
「どう、したの?」
教えて。
お願い。
「ひとりで抱え込むのは、よくないわ」
寄り添うフリで、寄りかかろうとしている。
「……灰原さんは」
「うん」
「女性が、好きなんですよね」
「う、ん」
あ。
フラレる?
気持ち悪がられた?
背筋に、嫌な寒さが流れる。自然と、表情は強張っていた。
日暮さんはよほど言いづらいことのようで、唇を噛み締めては、緩めて。瞳も右と左に逃げて、何度も澱みを見せてから、
「なら……岩村さんとは、何もないですよね」
「岩村、さん?」
「はい」
なんでここで、彼が?
「何もないっていうのは……?」
「や。そ、の。恋人関係になる、とか」
「?……うん」
もちろん、ない。ありえない。
生まれてこの方、数多もの男性から告白を受けてもなお誰も好きになれず、恋愛経験は女性のみ。現在に至っては目の前の女性しか眼中にない私が、岩村さんと付き合う?ないない。
分かりきってるはずなのに、どうしてそんなこと——
「っ……!」
思わず「ハッ」と声が出そうになって、口元を押さえる。点と点が、繋がってしまった。
以前、気になる人がいる的なことを日暮さん話してた。ってことは、つまり。
岩村さんのことが、好き?
「ならないなら……いいんです」
絶対、そう。間違いない。
心底安堵した吐息感で、確信する。
——う、うぅ。最悪。察しのいい自分が憎い。知りたくなかった。
だけど、そうよね。岩村さん、さっぱりした性格で明るくて、気さくな良い子で仕事も卒なくこなす器用な子だもの。同年代にいたら、かっこよく映るよね。私からしたら、若いだけの男だけど。
というか、この場合って応援すべき?
それとも、気付かないふりでこのままアプローチ続けてもいいかな。いいよね。落ちない確定とはいえ、まだ向こうともくっついてないもの。
追うのは、自由。
「よかったら、そういう……恋愛相談?とかも、乗りたい。私でよければ、なんでも」
個人的に使用している携帯を取り出しつつ、ここぞとばかりに連絡先をゲットしようとしたのに。
「あ……いえ。相談は、結構です」
「え……?」
「悩むほどのことでも、ないですから」
お心遣い感謝します、と断られてしまった。
くっ……いつもいつも。私は一生、日暮さんとプライベートでやり取りできない呪いにでもかかってるの?
本人から拒絶された以上は仕方なく、泣く泣く手にしていた携帯を戻した。
「ま、まぁ……いつでもウェルカムだから。話したくなったら、ぜひ」
「……はい」
「応援してる。日暮さんの、片思い?」
内心では「全然、失恋してくれていいよ。慰めるついでに食べちゃいたい」とか、腹黒いことばかり考えているのに。良い上司の皮、被っちゃった。
でも、余計な口を滑らせたかな。
見るからに落ち込むから、挽回しようにも。
「……そろそろ、休憩終わりますね」
「あっ。そうね」
「早く食べて、戻りましょうか」
「え、ええ」
無慈悲に、終了の鐘が響いた。




