第2話「あなたが、あまりに」
飲み会の、翌週。
「——おはよう。日暮さん」
「はい。おはようございま……」
週明けで出勤してきた灰原さんは、いつにも増して色気のある格好で、つい胸元に視線が集中した。
うちの会社は服装に関しては緩く、私服出勤も可なため、多くが思い思い好きな格好をしてくる。灰原さんも、そのひとりだ。
私は仕事とプライベートでメリハリをつけたいため、常にスーツ着用であるが。
露出の多さも、TPOを弁えていれば指摘されることはない。
ただ、灰原さん。
「寒くないですか」
「なに言ってるの。今は夏よ?」
「いやでも、クーラーもガンガン効いてますし」
「ううん。むしろ暑いくらい」
やんわり「谷間が見えちゃってるから上着とか羽織った方がいいですよ」と伝えるつもりが、逆効果だった。
エロ元……襟元を柔く掴んでパタパタと仰ぎ出したせいで、灰原さんの豊満な灰原さんがこんにちはしそうになっていて、咄嗟に。
「体、冷やしますから」
着ていたジャケットを脱いで、上半身の全面を覆うようにして掛けた。
私だけじゃない、他の人もいる中でなんて無防備なんだという焦りは、微塵も顔に出さない。本人が自覚なしだった場合、恥をかかせることになるかもしれないから。
兎にも角にも色気の根源を断ち切り、これで無事に社内の風紀は保たれた。私の心臓も守られた。
「……ありがとう」
「いえいえ」
灰原さんも落ち着いて、背もたれに深く沈みながら人のジャケットに顔半分を埋めていた。今さら、汗くさくないかな?とか、ちょっと心配になった。
午前中は至って真面目に取り組んで、休憩前。
「お詫びに、ご飯奢る」
「?……お詫び、ですか」
「うん。お礼も」
いったい、なんの話だろう……?
「あと、これ……洗って返す」
「あ!いえ、そこまでしていただかなくても」
ジャケットを見せられて初めて気付き、返してもらうのを忘れていた上に、余計な手間までかけさせてしまったと慌てて首を振った。
そして、返してもらうため布の一部を掴んだら、
「じゃあ……貰っても、いい?」
「は、い?」
「これ、すごく温かったから。気に入っちゃったの」
確かに、それは私もお気に入り。しかも安い。
重宝してる故に同じものを何枚か購入していて替えはあるから構わないものの、私物を欲しいとお願いされるのは、ちょっと。
世間で言うところの、“思わせぶり”というやつなのでは?
——い、いやいや。
私なんぞの服を貰ったところで、それ以上でもそれ以下でもない。勘違いをするなんて、どうかしてる。
ほんのり温かったのは直前まで着ていたからで、生地特有のものではないとはいえ、気に入ったのなら何より。
「そういうことなら、どうぞ。ご自由にお使いください」
「いいの?」
「はい。ただ、一度こちらで洗濯してから……」
「このままでいいわ。ありがとう」
ウキウキで畳み、鞄へとしまいこんだ灰原さんはその後、私を連れてオフィス近くのカフェに訪れた。
食事を奢ってくれるのは冗談でもなんでもなかったようで、「好きに頼んで?」と差し出されたメニューに目を落とす。
けど、すぐ意識は別のところへ持って行かれた。
メニュー表を受け取った手に、ふわりとした質感の肌が触れたからだ。
「日暮さんは……優しいわよね」
「そ、そう、ですか」
「うん」
手を握られたかと戸惑って顔を上げれば、今度はテーブルの向こうに大胆な肌色がチラ見えしていて、目の置き場に困り少しだけ斜めの方向に逸らす。
「私ね」
細い指が、きゅ、と。
「優しくて真面目な人、大好きなの」
親指の付け根辺りを軽くつまむように動いて、悪戯な言葉も相まって、汗が滲んできた。
——これ、は。
灰原さんは、もしかして。
「だから、日暮さんみたいな子が部下として入ってくれて、一緒に仕事できるのが本当に嬉しい」
――部下、として。
引き寄せて、祈るように胸元で私の手を包み微笑んだ相手に、下心なんて欠片もなさそうで。
口説かれたかも?なんて、自惚れも甚だしい。
自分の愚かさを猛省し、結局ランチは割り勘にさせてもらった。
ごめんなさい、灰原さん。
あなたがあまりにも色っぽいせいで、私——とんでもない解釈をしそうでした。




