第18話「上司って……」
『飲み過ぎには、気を付けてくださいね』
って、忠告されたけど。
「灰原さん、お酒は何にしますか?」
「私はこの後まだ運転があるから……ノンアルにしておこうかな」
「そうですか……」
そもそも、飲まない。
ただでさえ弱いというのに、間違っても研修終わりの部下に介抱させるわけにもいかないから。自制心を持って、行動する。
日暮さんの時はあわよくばを狙ってたから飲みに誘ったけど——あれも、今思うとやりすぎたかな。就業後とはいえ出張中に対応に差をつけるなんて、ダメよね。反省。
「どうだった?今日の視察は」
「大変、勉強になりました!」
「そう。よかった」
「灰原さんのおかげです!」
岩村さんといい、日暮さんといい、他の子達といい。私は部下に恵まれている。みんながみんな、上昇志向を持っていて野心があるのに、謙虚。
だからこそ、大事にしていきたい。関係性も、慎重でありたい。
というのは、職務上の本音で。
「うぅ〜……会いたい〜」
岩村さんとの食事も終わって、仕事から解放された私の願いは、また別。
「声聞きたい……さびしい」
夜に会えないのはいつものことだけど、日中には会えていたから、たったの一日顔を合わせないだけで恋しくなっちゃう。
本当は、休みの日も会いたい。せめて連絡したい。毎日、何かしら彼女と繋がっていたい。
もちろん、上司が抱くには重すぎる感情だから、口が裂けても表には出さない。本人に伝えられる日は、きっと来ないと諦めている。私が口裂け女なら、言えたかな。
「……メッセージくらいなら、いいかな」
“好き”は言えなくても、それ以外なら。
諦めの悪い私は唯一の繋がりである、社用携帯を開いた。この中には、日暮さんの連絡先が入っている。
相手も社用携帯で、会社に置いていってる可能性もある。だから、返信が来るかは運次第。まぁ、大体の人が持ち帰ってるから、真面目な彼女のことだもの。緊急時のため肌身放さず持っていそう。
そうと決まれば何か送りたいけど……私用で使うのは、さすがにだめかな。職権乱用、良くない。
ということで、断念。気を紛らわせるため、お風呂に浸かることにした。
「ふぅ〜……」
湯を溜めて、しっかり身も心も温まって癒やされたところで。
「ん。通知……」
ベッドに腰を落ち着けたら、チカチカ光る社用携帯に目が行って、髪をタオルで拭きながら手に取った。
社員同士でやり取りする専用のアプリに表示されていたのは、“日暮祥子”の名前。想い人からの思わぬ連絡に、息を止める。
本来ならとっくに帰ってるはずの時間帯。何か重要な案件が発生した……?でも、残業の報告はどこにも届いていない。
「なんだろう……」
とにかく確認して、それから必要なら指示を出そうとタップしたら、
「お手隙の際に——」
要約すると“手が空いてる時に電話したい”という旨の内容だった。これは、緊急性高そう。
ラッキーとテンションを上げるも、浮かれるまではしない。あくまでも、仕事。業務の一環。私は上司、私は上司……。
「——お疲れさま。どうしたの?」
電話をかけて数コールで出てくれたから、世間話もなしに本題へ入ろうと聞けば、
「あ。お、お疲れさまです」
普段あまりない、動揺した声色が返ってきた。
——何かあった?
「緊急?」
面倒な事柄だったら、どうしよう。岩村さんを置いて帰るにしても、ここから職場まで数時間かかる上に、交通機関の予約を取れるかどうか。
私では対応しきれないのは明白だから、初めからもうひとりの上司に頼んだ方が早いかも。
なんにせよ、事情の把握を優先に——
「や、えっと……今日、ミスなく終われました。という、ご報告を」
「ん?どういうこと?」
「そ、その。初めてノーミスで仕事ができたので、つい」
え〜……なに、それ。
「灰原さんに、褒めてもらいたくて……」
かわいい……!
「すみません、くだらないことで」
ちょっと、あまりにかわいすぎて「くだらないことで社内メッセージ使わないで」って言えない。私にはできない。くだらなくなんてない。
キュンとしちゃってそれどころではないけど、だめ。ここは、心を鬼にして注意しないと。彼女だけ特別扱いは、許されないもの。今日、反省したばかりじゃない。
「あのね、日暮さん……気持ちは分かるけど、だめよ。そんなことで、電話したいだなんて」
「……はい。そう、ですよね」
「ええ。申し訳ないけど、私用な連絡は避けて……」
ん。
待って。
これはチャンスなんじゃ……?
仕事以外の連絡は“社用携帯では”避けて→プライベートな連絡は個人の携帯でしましょう。
これだ……!
「っ……こ、こほん。日暮さん?あの」
「はい。私情を持ち込んだ上に……貴重なリラックスタイムを奪ってしまい、申し訳ありませんでした」
「や、それは構わないんだけど……」
私がきつめな対応をしてしまったせいか、電話越しの声は沈みきってきて、こちらの声掛けもあまり耳に入っていないみたいだった。
——どうしよう。傷付けちゃった。
厳しすぎた?
「遅くにありがとうございました」
「え?ええ」
「失礼します。おやすみなさい」
「あ、うん。おや……すみ」
フォローする余地もなくプツリと切れた通話に、胸騒ぎを覚える。
私、ミスった……?
「うーん……いや、でも」
仕事で関わる以上、露骨な特別扱いは難しい。
好きなのに、嫌われることばっかり。
「上司って……損だわ」




