第16話「部下の恋愛相談」
日暮さんからの、お誘い……!
この間の失態——欲望全開押し倒し事件——のせいで嫌われちゃったかもって不安で不安で。出勤するまで涙溢れちゃいそうだったけど。
相手から言ってくれたのは、初めて。これ即ち、嫌われてはない!
心の中だけでガッツポーズを決めて、意気揚々と昼食までの時間は迷惑をかけた分を取り返すためがむしゃらに働いて、正午。
「病み上がりですから、体に優しいものを……と」
「え〜……嬉しい。そこまで考えてもらえて、私は幸せな上司ね」
「いえ。日頃お世話になっている部下として、当然のことです」
——はぁ。すき。
私のためにわざわざ調べて、美味しい上に食べやすいと噂のうどん屋さんに連れてきてくれた日暮さんに、またひとつ惚れ直した。いつ付き合えるんだろ。こっちはもう準備万端よ。
しかも。
「今日は、その。ご相談というか」
「?……うん」
「灰原さんにお聞きしたいことが、ありまして」
「うん。なに?」
「プライベートな質問で、恐縮なのですが……」
普段から丁寧な人だけど、やたらと前置きが多いから、なんだろうと首を傾けたら、
「恋愛に関する、事柄で」
まさかの、恋愛相談。
——嘘でしょ?
あの日暮さんが、この私に、プライベートど真ん中もいいとこな内容を、話そうとしてくれてる?
ふっ。上司としての信頼が、ここまで築かれていたとは。我ながら鼻が高い。よかった、理性ある大人のフリをしていて。
ただ。
「もしかして、気になる人でもいるの?」
「や。う……うぅん。いや、うーん」
奥歯に物が挟まるみたいな反応。
——あーあ。
いるのね、気になる人。
いずれ……いつの日か、こうなることは予想していた。だって、日暮さんはノンケで、一般的に“普通”とされる女の子で。
落胆は、しない。むしろ、相談相手に選ばれたことを、喜ばなきゃ。
好きな人が幸せになる過程を、間近で見られるんだもの。何も教えられず、突然遠くへ行ってしまうよりは、何倍もマシ。
「……そもそも、私は」
「うん」
「恋というものへの理解度が、低くて」
——経験ないって、話してたものね。
勇気のいる話題だからだろう、日暮さんは俯きざまに言葉を発していて、その必死さの裏側には誰かへの想いがあるんだって考えたら。
苦しいどころでは、済まない。
「だから、教えてくれませんか」
「……うん」
「灰原さんにとって、恋はどういうものですか」
今の私には、あまりに酷な質問だった。
「そうねぇ……」
だけど、はぐらかすつもりはない。逃げる選択肢も、最初からなかった。
「幸せなものじゃないかな。基本的には」
結ばれれば、の話だけど。
現実的すぎる部分は、一旦伏せておいた。恋に夢を見ているんだったら、野暮なことはできなくて。
私の答えを聞いた日暮さんの眉が、歪む。
「それは……幸せ絶好調なハッピーライフ、ということですか?」
「ぜっこ……う、うん?」
「苦しくなったりは、しませんか」
する、けど。
「うーん……どうなんだろう」
言っていいものか、悩む。
「灰原さんは、どうして……今までの人とは、どうやって付き合いましたか?」
結論が出る前に質問が変わったから、今度は比較的話しやすい内容だと安心して口を開いた。
「相手から、告白されて……」
思えば、そうでなければ私も恋愛はしてこなかったかも。過去の恋人みんな、付き合ってる間はもちろん、好きは好きだったけど。
喉から手が出るほど欲しくなったのは——
「キス」
ちょうど見惚れていたタイミングで、言うから。
「とかも、してましたか?したくなったり、も」
びっくりした。
——そういうの、興味あるのね。
でも、非常に答えにくい。好きな人相手に、過去の恋愛を事細かに開示するのは。
「……あ。やっぱり、いいです」
聞いておいて遠慮されたから助かったものの、今日の日暮さんは少し様子が変。こんな踏み込んだ話題を持ち出す時点で、おかしかったんだけど。
私が日頃から小悪魔なキャラで、「キスがどんなものか、教えてあげよっか?」とか言えちゃう自信と軽薄さを持っていたら、未来は変わったんだろうな。
「すみません、食事中に。……それに、行きすぎた質問をしました」
「いいのよ」
「部下でもセクハラに変わりません。今後は、気を付けます」
“部下”……ね。
そうよね。
「気にしないで」
私は、プライベートでも仲良くしたいよ。
「今はほら、休憩中だから」
休憩時間は、勤務とは見做されないから。そう考えれば、今は勤務外ってことで。
「ひとりの人として、聞かせて?」
掻い潜ってまで、近付きたい。当たり前よ。
好きだもん。




