3.彼女が残したもの
指先が触れたのは、硬い木の皮や冷たい土ではなかった。手袋越しに感じる金属と、薄い紙の感触。
俺は慌てて、それらを洞から引き出した。
一つは、刃先が赤黒く変色した折りたたみ式のナイフ。おそらく、血だ。
誰の血なのか。一瞬悪い想像がよぎり血の気が引く。
そして、もう一つ。三つ折りにされた、くしゃくしゃのメモ。
寒さからなのか、恐怖からなのか、震える手でそれを開く。
乱暴な筆跡で、たった一行。
『もう待たないで M』
メモは、まるで俺の目の前で書かれたかのように生々しかった。M。ミサだ。
「ミサ…!」
俺は、雪が降り始めた地面に膝をついた。
ナイフ、血、メモ
頭がクラクラする。様々な考えがよぎる。
思わず周囲を見渡す。当然のように、誰も居ない。
またメモを読む。
「もう待たないで」という、そして「M」というイニシャル。ミサが、俺たちの秘密の場所に、なぜこんなものを…?
それから、十数年の時が流れた。
あの時のナイフとメモは、マフラーに包んで持ち帰った。そして袋にしまい、誰にも見つからないように実家の部屋に隠されたままだった。
あの後注意深く新聞を読んでも、ニュースを見ても、ミサの身に何があったのか、そもそもあのナイフとミサに関係があるのか結局わからなかった。
そして今、三十歳の同窓会。高橋が、あの時の記憶を呼び起こすかのように、ミサの名前を口にした。
「和真。お前、ミサと何かあっただろ」
高橋の言葉は、ただの懐かしさではなく、あの中学2年の夜の出来事と、繋がっているように感じられた。もし、高橋がミサの身に起こった何かを知っているとしたら? そして、その事実を、俺を探るために利用しようとしているとしたら?
俺は、中学2年の夜の冷たい恐怖が、再び蘇っているのを感じた。血の気が、引く。息が、できない。
高橋。俺は、あの秘密を、お前に…いや、誰にも絶対言えない。だが、なぜお前がミサのことを聞きたいのか。お前が、ミサとどう関わっているのかを、探る必要がある。
和真は、平静を装いながら、高橋を観察した。彼の笑顔の奥に潜む悪意めいた影は、照明のせいなどではない。
あれは、疑りの色だ。




