18.母娘の行方
山中でスーツケースに入った遺体が発見されてから半年。捜査は完全に膠着状態にあった。
遺体の身元が掴めない限り、事件は動かない。高橋は、デスクに広げられた遺品の写真と鑑定書を睨みつける。骨に残る刺し傷の痕のような不自然な痕跡が、事件性の高さを物語っていた。
(偶然だ。あのキーホルダーは、ただの偶然だ)
そう何度も自分に言い聞かせてきたが、昨日同窓会で和真やリカに再会しミサのその後についてなにか知らないか、つい強い口調で問い詰めてしまった。
彼らは自分よりミサと親しかった。もしかしたら今でも連絡を取り合っているかもしれない。
遺体の年齢推定も、死後十年以上という推定も、すべてミサの転校後の消息と不気味なほどに重なってしまう。
しかし高橋は、この疑念を他の捜査員に話すことができなかった。確信がなさすぎる。
次の休み高橋は、県境に向けて車を走らせていた。
個人的な調査をする為だ。
まずミサの消息を知る可能性が最も高い人物、当時の担任に話を聞くことにした。同窓会の後、個人的に話したいことがあると言い予定を聞いていたのだ。
たどり着いた穏やかな田舎町。退職後、故郷に戻り暮らす加藤先生は、昔と変わらない穏やかな物腰で迎えてくれた。
「わざわざ遠くまで、ありがとう。高橋くん、立派になって…」
加藤先生は懐かしそうに目を細めた。高橋は、卒業生という立場でミサの消息を尋ねる。
「先生、先日はありがとうございました。あの時はゆっくり話ができなかったから…時間もらえて良かったです。実は、五年生の時に転校した宮近ミサさんのことで、お伺いしたいことがありまして」
「宮近ミサさん…ああ、ミサちゃんね。可愛らしい子だったわね。教え子は皆かわいいけど、ほら。雰囲気ある子っているでしょう?あの子は華があるというか…お母さんもとてもお若くて。『姉妹みたいね』なんて職員の間でも話題だったのよ。…確か、母子家庭で頑張っていらしたのよね」
高橋はミサと放課後遊ぶ様な仲ではなかった。
母子家庭というのは、今初めて知った。
「先生、あの…ミサさんは、クリスマス前に急に転校されて…その後の連絡先をご存知かと。昨日の同窓会にも居なかったみたいなので…」
加藤先生は、少し困ったように眉を下げた。
「それがね、高橋くん。お母さんは、転校の手続きにいらした際に実家の方に帰ると仰っていたの。それで、うちの学校から転校先の学校へ、正式な書類を送る手続きはしたわ。だから年が明けて、転校先で頑張ってるミサさんにクラスのみんなの寄せ書きを送ろうと思って、その転校先の学校に連絡を入れたんだけど…」
高橋は身を乗り出した。「何かあったのですか?」
「ええ。…転校先の先生から『宮近さん母娘は、事情が変わって、こちらには引っ越してこられませんでした』って言われて先生びっくりしちゃって」
予想外の展開だった。ミサは、一度決まっていた転校先に来ていなかった。
「その後の行方は…?」
「それが、全く分からないのよ。ただ、転校予定だった学校の先生に、ミサちゃんのお母さんから連絡が一度だけ入ったそうでね。『姉の住んでいる、隣の県に引っ越し先を変えました。追って、そちらの学校から連絡します』って。でも、連絡は無かったみたいなのよ…その後はもう、5年生の三学期でしょう?先生も次の年度に向けて準備とかで忙しくなっちゃって…」
高橋は、冷たい汗が背中を伝うのを感じた。「隣の県」という曖昧な情報だけを残して、ミサ母娘は姿を消していた。実家に帰ると言いつつ、最終的に行き先を「姉(ミサの叔母)の住む県」に変えたという不自然さ。そして、転校先への連絡を、その後、一切絶っているという事実。
(実家でもない、母の姉の元。そして、連絡の途絶…)
高橋は、ミサの消息が消えていることを確信した。これは逃亡だ。そして、もし遺体がミサであれば、彼女は逃亡の途上で事件に巻き込まれた可能性が高い。
高橋は加藤先生にミサの転校予定だった学校名を聞いた。何年も前の話だ。もう、学校名までは忘れられているかと思ったが先生は覚えていた。丁重に礼を言い、家路についた。次にする事は決まった。彼は、先日再開したばかりの和真とリカ、どちらに接触すべきか考えた。二人はミサの個人的な秘密を最も知っている可能性が高い。




