5 悪魔と薬師
王都のとある路地裏。
すでに夜も更けていて、出歩く者もほとんどいない。そんな時間でも、その薬屋は開いていた。
窓から覗いてみると、中は明るく、小柄な赤毛の少女と腰が曲がり白く長い髭を蓄えた薬師と思われる老人の姿が見える。ふたりは受付机の後ろにいて、何やら薬師が棚に並ぶ瓶の薬について指差しながら説明し、赤毛の少女はそれを手帳に書き取っているようだ。
シェイエーズは、入口のドアを押し開けて入って行く。
「夜分失礼いたします」
悪魔と薬師、目と目が合った瞬間、お互い同族の匂いを嗅ぎ取る。
この薬師、悪魔か!?
この男、悪魔に乗っ取られたか!?
ふたりの間に緊張が走るが、すぐに表の顔になる。
「これはこれは、いつもご贔屓にしてくださり、ありがとうございます。……ロエル殿。また、例の殺虫用の薬をご所望ですか? 今回は、少しお早いお越しのようですが……虫が大量発生しましたかな?」
老人とは思えないほどの、探るような鋭い目線を向けられるシェイエーズ。
「いいえ。実は、うちのお嬢さまが例の薬を誤って口にし、具合が悪くなったのです。至急、解毒薬を処方していただきたい」
「なんと、それは大変でございますな。すぐにご用意いたしましょう。カグラ、明日草とドクダミを配合した解毒薬をひと月分準備しておくれ」
薬師は赤毛の少女に命じる。
「かしこまりました。ハウジアさま」
少女が奥の部屋へと姿を消すと、残されたふたりはお互いを認識できたので、魂で会話を始める。
《ハウジア? ここではそのようなお名前ですか、フォラスさま。高位の悪魔であるあなたさまがなぜこのような場所においでなのです?》
《おぬしこそ。アガレスの配下ではなかったか?》
《アガレスさまはお暇なようでしたので、少しの間離れても問題ありません。私も単なる暇つぶしをしております》
《……まあ、わしも、そんなところだ》
ふたりの悪魔は、まずは探り合ったが、シェイエーズは時間の無駄だと考え、すぐに本題に入る。好都合な悪魔が目の前にいるのだから。
《ところで、解毒薬にフォラスさまの能力である寿命を延ばす効果を付けて欲しいのですが、もちろんその対価は追加でお支払いしますが。どのような対価になりますか?》
シェイエーズは知っていた。フォラスが上位の悪魔の中でも薬草の知識に長けていて、しかも寿命を伸ばす特異能力を備えているということを。
《ほう、わしの能力を知っておったか。そうさのう、対価か。……では、カグラの後見人になってはくれまいか。この肉体が老化で限界にきている。わしがいなくなるとカグラは孤児ゆえ頼る者がおらず、ひとりになってしまうのだ》
孫を心配する祖父そのものではないか。
《あの優秀な悪魔の中の悪魔と言われたフォラスさまが人間の娘に肩入れするなど。しかも娘の保護が対価とは……》
拍子抜けするシェイエーズ。
《お、おぬしだって。自分のことを棚に上げて、どの口が物を申しておるのだ? おぬしもそのお嬢さまとやらに絆されておるのではないか》
《確かに、言われてみれば私もフォラスさまの同類ですね》
《同類……。引っかかる物言いだが、良かろう、薬に寿命を延ばす強化剤を調合してやろう。その代わり、この老体が滅んでわしの魂が離れたあと、再びこの地上界に若くて見た目の良い器を見つけて舞い戻るまでカグラを頼むぞ》
また赤毛の娘のところに戻るつもりなのだ。高位の悪魔は、地上界での記憶がかなり残ると聞いていた。
若さと美醜にこだわるとは、赤毛の娘を籠絡でもするつもりかとシェイエーズは呆れたが、突っ込むのはやめた。
《承知いたしました。フォラスさまが若くて超美形な姿でお戻りになるまで、カグラさまの面倒を見てさしあげましょう》
《わしを小馬鹿にしおって。気に入らんが他に頼めるような奴もおらんかったからな。くれぐれも頼んだぞ》
ふたりの悪魔は、約束を交わした。
◆
解毒薬を購入し、翌朝屋敷に戻ったシェイエーズを、侍女のオルテが冷めた水色の吊り目で出迎える。
「お帰りなさいませ、シェイエーズさま。……エマは?」
「ああ、エマは、実家に戻りました。あちらで問題がおきて、急に呼び戻されたのです。ですからエマは解雇し、ついでに送り届けて来ました」
「はあ……」
ロエルの代わりに家令となった悪魔は、そのようにオルテに告げた。さすがのオルテも突然のことで驚いたようだ。
「エマの荷物は、あとで私がまとめて実家へ返してやりますので、そのままにしておいてください」
「かしこまりました」
オルテは、すぐに何事もなかったかのように普段通りの態度に戻る。
「それより、ジョアナさまは?」
「ジョアナさまは、少し前に起きられました。今朝もお変わりはございません。朝食は、ベッドで温かいミルク紅茶とハムを挟んだ丸パンに果物を少々召し上がりました。あなたさまが戻られましたら、すぐお部屋に来るようにとおっしゃってました」
必要最低限のことだけを報告すると、すぐに背を向けるオルテ。
「わかりました。ご苦労さまです。オルテ」
メイドにしては派手な印象だったエマは、他の使用人たちにあまり快く思われておらず、エマが突然いなくなっても、彼らが特に関心を向けることはなかった。
◆
「ただいま戻りました」
シェイエーズは、ジョアナリーザの部屋の前でノックをする。
「入っていいわよ」
ジョアナリーザの返答があったので、シェイエーズは中へと入る。ジョアナリーザは、まだベッドの中にいた。顔色は悪い。
「お待たせいたしました、ジョアナさま。無事に解毒薬を手に入れてまいりましたし、エマはさっさと解雇いたしました」
「仕事が早いわね。さすがだわ」
シェイエーズが、エマを吐き気がする場所へ送ってやりましたと意地悪くせせら笑ったので、任せると言ったものの、彼女をどのような場所へ追いやったかジョアナリーザは心配になった。
さすがに娼館とかでは、可哀想すぎると思ったのだ。
しかし、よくよく話をきけば、エマを置いてきた場所は、娼館ではなく修道院だったとわかり、確かに悪魔が嫌う場所のひとつかもしれないと納得する。ジョアナリーザはホッと胸を撫で下ろした。
シェイエーズは、手にしていた袋から小さい包を出す。
「これが解毒薬です。主治医のカーンにはご内密に。私が管理します。毎日寝る前にお持ちします」
「苦い?」
「さて? ジョアナさまが確実に元気になり、寿命を延ばす薬です。長生きしたければ、どんなに苦くても臭くても泥水のような味でも頑張ってお飲みください」
シェイエーズは口角をあげながら、ニヤリとする。
「ど、泥水!?」
涙目になったが、ジョアナリーザは覚悟を決めた。




