4 悪魔と真実
伯爵夫妻が退室すると、シェイエーズは最も重要な話に移る。
ジョアナリーザは、ベッドで体を起こしてはいたが、傾き加減で疲れを見せていた。それでも目は虚ではなく、強い光を放っていた。
「はっきり申し上げますと、ジョアナさまの体を蝕んで、寿命を縮めていた原因は毒物です。薬と一緒に召し上がっていた焼き菓子の中に、毒物が混入されていたのです」
シェイエーズによって明かされた真実は、衝撃的で思いもよらぬものだった。
一瞬声が出ず固まったジョアナリーザだったが、すぐに思考が働き出す。
「まさか、あの美味しい焼き菓子に? 嘘、でしょう?」
「嘘ではありません。あの悪魔……ロエルが少しずつ毎日、何年もジョアナさまに毒を盛っていたのです。まあ、実際作っていたのはロエルから指示をされたメイドですがね」
「………」
(わたし、ロエルから毒殺されそうになっていたっていうの!? どうしてなの、ロエル!!? わたしが何をしたっていうの? そんなにわたしが邪魔だったの? 憎かったの? そんなそぶりも見せずに、わたしに優しくしておきながら、わたしが衰弱して死に行くのを待ち望んでいた?)
ジョアナリーザは、さすがに震えが止まらない。
にわかには信じられないことだった。
「シェイ、ロエルがわたしを毒殺しようとした理由を教えて! わかるのでしょう?」
「それは……まだ、曖昧なところが多く、憶測でしかありません。軽はずみな発言をすることは憚られますので、真相を突き止めてから申し上げることにします」
ロエルの記憶を持つシェイエーズは、さらに詳細を語る。
「ロエルはジョアナさま専用の焼き菓子として作り方をエマというメイドに覚えさせ、エマだけにそれを作らせていました。毒物は特別なふくらし粉と偽って少量ずつ渡していたようです。必ず教わった通りに作り、味見は厳禁。もちろんジョアナさま以外の誰かが食べることも禁じ、残ったものは必ず処分するよう指示していました。この指示を怪しまず、素直に作っていたメイドのエマは、以前からロエルを誘惑し男女の関係にあったようです」
「……そんな……エマが……。本当なの?」
ジョアナリーザの脳裏に、自分とは真逆の成熟した女性らしい体つきをした、陽気なエマの姿が浮かぶ。
「あの悪魔の記憶を辿ると、すべて本当のことです」
本物の悪魔から悪魔と呼ばれるロエル。ロエルの悪事に恐れ慄きながらもそれは次第に怒りに変わる。ジョアナリーザは、知らぬ間に両手の拳を握りしめていた。
(悪魔はどっちだったのよ! 毒だと知らされていなかったエマに罪は無いかもしれないけど、ロエルと男女の関係だったなんて。不潔だわ)
「エマはどのように処分致しますか?」
シェイエーズの口調は、とにかく事務的だ。
「処分!? 確かに、このままにはしておけないわね。可哀想だけど、みんなが変に思わないような適当な理由をつけて解雇して。でも、次の働き口くらいは探してあげてもいいわよ。任せるわ」
「かしこまりました。ほう、あの男好きのメイドにぴったりの奉公先がすでに用意してあるようです」
シェイエーズはわずかに口の端をあげる。
「では、ジョアナさま、私はこれより悪魔ロエルの部屋に残された毒物をすべて廃棄し、解毒薬を王都の薬師から手に入れて参ります。ジョアナさまはひとまず安静に。今日は色々ありすぎてお疲れでございましょう。体力をつけるためにも夕食はきちんとお取りになり、しっかりお休みください。すぐにオルテを呼びます」
部屋を出て行こうとするシェイエーズをジョアナリーザは呼び止めた。
「待ってシェイ。わたし、半年経っても死なないわよね?」
急に不安になったようだ。
振り返ったシェイエーズは、ジョアナリーザを見つめながら恍惚の表情を浮かべる。
「そう契約したではありませんか。ご安心を。ジョアナさまに安らかな死など、半年くらいでは決して訪れはしません。この私によってあなたさまの魂は穢されましたので、それは悪魔のごとく強かになったことでしょう。それに、毒をやめ、解毒薬を飲めば、さらに死は遠のくかと思われます」
「ありがとう、シェイ」
ジョアナリーザは弱々しく微笑み、安堵する。
「悪魔に礼など、神に祈りを捧げるくらい無意味なことです」
シェイエーズは今度は目を逸らし、顎を持ち上げ澄ました顔をする。
「……そう、かしらね」
(わたしにとっては、無意味じゃない。だって……)
ベッドに体を横たえながら、目を閉じるジョアナリーザ。安心したのか、すぐに寝息をたて始める。
ジョアナリーザの無垢な寝顔を一瞥し、シェイエーズは静かに部屋を後にした。
屋敷の中を大股で歩きまわり、侍女オルテを探す。
「オルテ! オルテはどこです?」
オルテは、ジョアナリーザの母レイナの結婚の際にレイナ専属の侍女として共にやってきて、ずっとレイナとロッドリー家に仕えている。現在は若い侍女や侍従、ハウスメイドたちを束ねる存在だ。ロエルの思考を読むと、彼女とはあまり良好な信頼関係を結んではいなかったようだ。もしかすると、ロエルの悪魔的な本性を見抜いていたかもしれないとシェイエーズは推察する。
屋敷の中は、夕食の準備が慌ただしく進められていた。シェイエーズは、食堂と厨房の間で忙しく動き回っていたオルテをようやく捕まえ、ジョアナリーザの様子を見に行き、夕食を部屋に運び、早めに就寝させるように指示を出す。
「かしこまりました」
オルテは吊り目を伏せ、承諾の返事をする。
「それから、私は急用で王都へ行かねばならなくなりました。なんでも良いので、携帯できる軽食を用意してください。それからエマも連れていきます」
「エマも……でございますか?」
オルテの吊り目が余計に吊り上がったように見えた。
「そうです。詳しくは言えませんが、エマにも用事がありますので。彼女にすぐに出発の準備をさせてください」
「か、かしこまりました」
オルテは頭を下げたが、その目はシェイエーズを見据えたままだった。
◆
シェイエーズは、再びロエルの記憶をあさる。毒物は、わざわざ離れた王都の胡散臭い薬屋から、殺虫用として購入していたようだ。おそらくそこで解毒薬も扱っていることだろう。
シェイエーズから王都へのお供に名指しされ、浮かれてついてきたエマ。馬車の中ではその豊満な体で散々シェイエーズを誘惑したが、シェイエーズはそれを無視し続けた。
数時間後、王都に到着すると、中心部から離れた暗がりの丘の上でエマを放り出す。
「ロエ……、いえ、シェイエーズさま?」
馬車から出されたエマは、訳がわからない様子だ。
「おまえを解雇する。次はそこで働け。話はつけてある」
「か、解雇って、どういうことですか?」
「私を誘惑するなど千年早い。その薄気味悪い場所で、未来永劫奉仕しろ! おまえの荷物はあとでまとめて届けてやる。次の働き口を見つけてやっただけでもありがたく思うのだな」
冷たく言い放つと、シェイエーズは馬車の扉を閉めた。
「は? 待ってぇ、ロ……、シェイエーズさまァ!」
馬車が無常にも走り去ると、その場にヘナヘナとへたり込むエマだった。
ロエルは、エマを利用はしていたが近頃は疎ましく思っており、半年後に屋敷から追い出しここへエマを入れる画策をしていた。厳格で有名な修道院。ロエルの口車と少しの寄付で受け入れ準備は進んでいたのだ。どうせ半年後でも今でも大差ないだろう。このあと本人がどうしようとどうなろうと知ったことではない。
早々に厄介払いを済ませたシェイエーズは、薬屋へ向かうことにした。




