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この街で暮らし始めて、ミュリエルはいろんなことを学んだ。

世界が想像以上に広いこと。

自分がどんなに世間知らずであるか。

アランは、15歳になる頃にはこの大陸の半分は旅をしたらしい。

もう半分を、見に行きたいと思っているに違いない。


私が、手を離さないと。

優しいアランに後悔してほしくない。

だってアランが好きだからー


ミュリエルはいつも以上に想いを込めて夕飯を作る。

料理の腕は、始めはひどいものだった。

肉は焦げるわ、野菜はカチカチ。せっかくお隣から分けてもらった新鮮な魚を何度ダメにしたかわからない。

アランは決して文句を言わずに、時には一緒に台所に立ってくれた。アランのナイフ捌きは見事で、ミュリエルがひとつ芋を剥く間に魚をキレイにおろしてしまう。


失敗料理が並んでも、顔色も変えずに食べてくれるのだ。

あまりにもひどい時は、パン屋のカルロさんに頼んで残ったパンを安く譲ってもらい、ハムやチーズを乗せてオーブンで焼いてくれるのだが、ミュリエルはこんなにおいしいものは初めて食べたと感じた。


きちんと食べて夜も眠れるようになったミュリエルは、年齢相応の瑞々しい輝きを取り戻していた。

髪は艶やかに流れ、白い肌の輝きは街で一番だ。アランの睨みに負けずにミュリエルに仕事を頼みに来る街の青年たちもミュリエルが姿を見せるとポカーンと口を開けて見惚れてしまう。


すぐに不機嫌なアランに追い払われるのだが。


艶のある髪を、アランにもらったリボンでくるっとまとめたミュリエルは、夕飯の支度を終えて満足そうに仕上った料理を眺めた。


この数ヶ月でようやく「おいしい」と言ってもらえるようになった、数少ない得意料理が並ぶ。

ジャガイモのサラダに、ウサギのシチュー。

カルロさんにもらった余り物のバゲットを添えて、今日は奮発して果物のデザートも付けてある。


「今日は何のお祝い?」

急にアランが耳元で囁く。


「アラン! 帰ってたの!びっくりしたわ。疲れたでしょう?

今回は遠くまで行ったのでしょう? 」

「早く帰りたいから。飛ばして帰ってきたんだ。ちょっと馬が可哀想だったけど、それほど疲れてないよ。このご馳走は食べないとね。」


「着替えて来たら? シチューを温めておくから」


アランは駆け足で自分の部屋へ行く。「5分で戻る!」

階段を駆け上がりながらミュリエルに向かって叫ぶ。

ふっと笑って、ミュリエルは今日アランに家を出ることを伝えるのに、どう切り出そうか考えていた。


きっちり5分で戻って来たアランは疲れを少し見せながらも、ミュリエルを手伝って食事を始めた。


「いいものが買えた?国境近くまで行ったのでしょう?」

「ん? あ、ああそうなんだけど。最近小麦の値が上がっててね。国境近くはインフレがひどかったんだ。、、、思ったほど買えてないんだ。 だから、来週また仕入れに出かけようと思ってる。」

「続けていくの? そんなこと、、、初めてね。」

歯切れの悪い会話に少し二人は黙り込む。


出て行くって言わなくちゃ。


『あのね』『あのさ』


同時に話かけてしまう。

「アルが先に言って。」


「ミリー。ずっと考えてたんだけど、国境を超えて、隣の国へ行かないか?ここは最近、あんまり治安が良くないし。」

「治安が良くない?そうなの?私は、気がつかなくて。お隣もいい方だし、何かあったの?」

「いや、何もないんだけど、、、。港から変な人間が来るかもしれないし、、、。それに、隣国はこの国よりずっと考えが自由なんだよ。治めている王が去年変わってね。今の王は男女の差別も、身分の差別もなくして、将来は国を国民から選んだ政治家に任せる仕組みを作るそうだよ。自らを最後の王と称して改革中だとか。きっと、ミリーの目の色をどうこう言われることもないんじゃないかな。」


突然隣国へ行きたいと言い出したアランを見て、ああやっぱり、とミリーは思った。彼は旅に出たいのだ。

治安が悪いから引っ越そうだなんて、理由にしては苦しい。この街は殺人事件もここ数年起きておらず、街の唯一の警官はいつもカフェの受付を口説くのに忙しい。


優しいアランは私を連れて行こうと思っているみたいだけど、縫い物しかできない私が外国を旅するなんて、足手まといになるとしか思えない。


アランはさらに隣国の話を続けているが、ミュリエルは何も聞こえていなかった。


「、、、、、それで小売をしながら大陸の向こうまで行きたいんだ。」


大陸の向こう? もうミュリエルには想像も難しい。


「あのね! アル。、、アラン。聞いて。私はここの生活が合ってるみたい。外国のお話を聞くのはとっても楽しかったけど、本当に行くって言われると、、、、怖くって。」

アランは興奮した表情からすぐに驚いたような表情になる。


「それにね。あの、生まれた家から連れ出してくれて、こんなふうに暮らせるように助けてくれて、とっても感謝してるの。もうどうやってもお返しできないくらい、たくさん貰ってるわ。

どうか、これからはアランの好きなことをしてほしいの。私はここで、何とか暮らせると思うの。アランは夢を叶えるために、自由にしてね?」

一生懸命に考えて伝えたいと思った言葉だった。

なのにアランは無表情を通り越して怒っているように見える。


「そうか、、、。それが君の気持ちってわけか。感謝だって?いいだろう。どうやって感謝してくれるつもりなんだ?」

アランはミュリエルの両肩を掴んで怒鳴るように話す。

こんなに怒ったアランは見たことがない。今までミュリエルに向けたことのない冷たい青い眼を震えながら見返す。


「私、私は。アランに後悔してほしくないから、、、」

「後悔なんか! 、、くそ!自由にしろって!? 」


アランはいきなりミュリエルに噛み付くようなキスをした。

あまりに突然で、一瞬何をされているのかわからない。

ミュリエルが逃げられないように体と頭を押さえながら、アランの舌がミュリエルの口内をまさぐる。


激しいキスに息ができない。

アランの背中を叩いて離してほしいと訴えるが、益々抱きしめる腕が力強くなる。

ミュリエルは薄れる意識の中でアランの眼から涙がこぼれるのを見た。



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