逃走、無謀は良くない
「へえぇっ!?」
先程まで気付きもしなかった殺意を視覚することで体が反射を起こすように尻餅を付く。
私の目の前を正に皮一枚スレスレという所で通りすぎた足が目の前をとてつもない衝撃で地面を崩し、風圧で体が吹っ飛ばされる。尻餅のまま二度三度体が縦に転がった後立ち上がり踵を返して走り逃げ、再度思考を張り巡らせる。
今現在の状況を顧みる。ミスディレクションも失敗し、走り逃げるもこのままだと追いつかれてリスポーンさせられるのも目に見えている状況。クソだな。
不敗の傭兵。ここでは他人だが《Bullet Duel World》の私としては一日もせずに初デスというのは少し、いや、重大な恥として一生私の心に残ってしまう。
いや違う。今は逃げる方法を考えよう。
このまま走るか?……駄目だ、距離が近すぎる。このまま走り逃げた所でこの付近は森しかない。このままだと数分もしないうちに追いつかれてむしゃむしゃされることが目に見えている。
また隠れるか?……やってみる価値はあるかもしれないがあの無駄に陰湿なAIが組み込まれたオオカミが先ほども失敗した行為が次は成功する、なんて思うほど頭はアホじゃない。
………あれ?詰んでない?
まずこんな小さな体であんな一般人でも冷や汗ダラダラで逃げる事を諦めそうなオオカミから逃げ切ろうなんて思うことがおかしいんだ。
あれ?…なんでこんな体が小さな体だったんだっけ?そうだ、アイレに妖精を勧められたからだ。
妖精を勧められたから―――妖精?
しばらくは前方に何も無いことを確認して後ろを向く。自らの存在を主張するようにゆっくりはばたかせている翅。
……飛ぶか?正直隠れるより成功する確率は低いだろう。先程の様に無様に一回転してむしゃむしゃされるだけだと思う。
だが。
もし飛べたなら?
相手は陸上生物、もちろんオオカミに羽など付いていない。私を追うオオカミにも付いては居なかった。飛んだ時点で私の勝ち。
徐々にオオカミとの距離も縮まる。小手先だけの技だけでここまで生きてるのが奇跡に近いのだ。
―――ここは一つ、賭けに出よう。
私は今までの人生で真面目にやれば誰よりも、何よりも優秀だったのだ。一度失敗したから……いや一度失敗したからこそ今度は失敗しない。
起伏の少ないこの地形だが、小さい、いや誠に遺憾だが小さいこの体なら飛べる。
目の前に巨大な石が見える。人間からすれば軽く飛び越えることが出来るだろうその石は、私からすれば十分な段差だった。
心を落ち着かせて、翅に意識を集中させる。
体が勝手に速度を付ける。
翅は体。元々あった一部だと思え。
そして私は思い切って石を踏み出してジャンプした。集中させた翅を同時に震わせ空を求める。
体が浮かび上がる、飛んだ。飛べたのだ私は!自らの才覚を信じた私の勝利だ!気持ちのままに空でガッツポーズを決めて―――。
「わぁあっ!?」
バランスを崩す。そのまま落ちてむしゃられるなんてアホな事は出来ない。急いで体のバランスを取り直し空に向かう。
体で風を切って飛び回る。体が慣れてきたのでアイレがしたように一回転してみると周りの綺麗さが良く分かる。どこまでも広がる緑。青い空に雲は浮かび、思わず手を伸ばすが、私の翅ではここまでが限界みたいだ。
「…? 霧?」
私の征く道の先に霧のある地帯がある。なぜこの木しか無いような森に霧が起きるのかが分からないが、霧は良いものだ。気配を隠しやすく、匂いが分かりにく―――ハッ!
先程私が木に隠れていてバレた理由が分かった。匂いだ。犬、いやオオカミだが。警察犬などが居るように犬の鼻は人間の何倍も良い。あの程度の距離なら普通にバレてしまうだろう。
まあ良い。ならば霧の中に行こう。周りを見ても先ほどのオオカミが居る様子が無い。一応霧の中に居れば匂いは紛れるはず。
そのまま私は霧の方に突っ込み――――体が落下した。
「え?」
空を求めるように空に伸ばした手が空振り、体は軽く、地に堕ちる。
「なん、で!? どうして!?」
動揺を抑えて私が飛ぶための翅を確認する。どうしてか飛翔を停止させ、ピクリとも動かない翅が見える。先ほどに倣うようにもう一度空を飛ぼうと翅を動かそうとするが一切動かない。
思考可能な時間ギリギリになる瞬間、視界の体力ゲージの横、羽にバッテンが書かれたマークを見て、全てを察するのであった。
◇◆◇
「あー、クソ。どうして、こんな事に……」
思わず罵声が口から出てしまった。
あの距離から落ちたのだ。きっと無事ではないと思い体力ゲージを確認すると、体力は私が装備している[午時葵の花冠]の効果で1に留まっていた。
そういえばこの世界ではプレイヤーの事を神使と呼ぶらしい。意味は神より使わされた者で、そのままの意味だ。いや、そんなことはどうでもいい。
「それにしても、ここは…」
外からは多少霧が掛かっているだけに見えたが中に入ると一変。視界は霧に囲まれ、数歩先は霧で何も見えなくなり、まさに濃霧である。
再度体力ゲージの横に表示されたマークを確認する。
《状態異常・飛行不可》
恐らくこれのせいで私は空を飛べなくなったのだろう。正直右も左も、太陽が濃霧に遮られたせいで見えなくなっている。インベントリを確認し、[初心者用HP回復ポーション]というアイテムがあったのでそれを一気に飲み干す。
体力が回復したのを確認して、森を進む。
「!?」
道行く先で在るものを見つけ、息を潜める。
……人?
いや、人と言うには少し異形な、“影”とでも言えば言えばいいだろうか?その身体は黒く、ただ黒く、半透明でゆったりと歩く人影を覗き見る。
撃ってしまおうか?と思ったがもしあれが友好的な物だった事を考えて息をひそめ続ける。
息を潜め続けていると状況が変わった。
歩いてきた方向の逆の方向からもう一人の人影が歩いてきたのだ。彼らは正面に見合うと同時に道を譲り出す。
両者が鏡のように同じ動きを動き―――片方が元の位置に戻る。それは余りにも人間的で、見るものが見れば微笑ましく見える光景だ。
暫くは意識を潜め続け、現在の状況を詳しく確認することにした。
暫く観察して分かったことがある。
一つ目は彼らは一定周期でこの周辺を徘徊していること。
一時間ほどこの辺りを探索して気づいた事だが、この霧には見えづらくとも中の森を囲むように道の様なものがあり、その道を八人の影がそれぞれの速度で歩き回っている。
二つ目は彼らは私の事を視認することは出来ないようだ。一度地面に落ちていた小枝を踏み折ってしまい、彼らに音を聞かれてしまったのだ。これは流石にバレたと思い動きを硬直させる私だがその影は私を通り抜け、折れた小枝を拾うだけだった。恐らく私の存在は感知することは出来ないが、音などには良く反応するらしい。
堂々と道を歩き、影が向かって来ようと体は通り抜ける。進むならば囲んでいる道の外側だろう。そのまま森を抜け、町に向かい、瑠香――ルーフィと合流する。だが、それでいいのだろうか?運営は何もない場所にこんな意味深な道と影を配置するだろうか?私も薄々勘づいてきたが、この影は中心に何かをいかせない様に警備しているのではないだろうか?
私は向かいたい。このガーデニアの、私にとっての未知に向かいたい。しばらく遊んでいようがルーフィには「ゲームの操作感を確認していた」と言い訳すればいい。
いや、進もう。これはゲームだ。あそんでなんぼだろう?
そして私は、霧の中心に向けて歩き始めた。
この時、私はこのゲームの臨場感に酔っていたのだろう。このゲームを作ったのはフューチャーゲーミング社。いくらファンタジーゲームであろうと、一部の場所にだけ霧が現れるなんてあるはずが無かったのだ。
この霧に入ることで、私のこのゲームの『道』が決まるなど、私は思っていなかったのだ。




