勇者、始めようか
「これでどうかな〜?」
渡された黒のローブを羽織り、フードを深く被る。
……悪くない。最初に渡されたローブ、あのピッタリ感に比べるとどうしても劣ってしまうが、体を測らせずに作らせた物にしては良く出来ている。
瑠香に向かいコクリ、と頷く。
「よーかった〜〜! これでも目測は得意な方なんだよねぇ〜」
意外だ。瑠香にこんな特技があったとは、驚愕に値する。
「で、これからどうするんだい? そろそろ観光に移っても大丈夫だろうか?」
ここまで良く耐えていた、イース。さっきの青年の下りでは既に待ちきれんばかりに貧乏ゆすりをしてたし、私のローブを作っている時も、私の事を撫で回していた。
「行こ、うか」
「良し分かった! 行こう、さっさと行こう! なぜなら物語は既に始まっているのだから!」
物語は既に始まっている…か。いつも通りのイースの実の無い語りなのか、事実そうなのか。私に分かる筈も無いのだが、興味も無い。自分は自分らしく流されていれば良いのだから。
「それならお別れですね! 無垢ちゃんは私が守りますから、任せてください! お姉さん!」
「そうです。無垢ちゃんは僕が守りますので。お姉さんもお元気で」
「いや私が守りますから!」
「いや僕が!」
肉食動物の縄張り争いの様に威嚇し合うももきとまりも。喧嘩する程仲が良い、それを体現した様な二人組。
「も〜! 二人共、仲良くって言ってるでしょ〜!」
「「はーい!」」
それを止める瑠香。ああ、良いトリオだ。いや、今も居ない二人も合わせるとクインテットか?というかこれ重奏だ、この言葉で合っているのだろうか。
いや、どうでもいい。
今私が感じるべき事は高い地位に居るであろう瑠香にタダ働きさせたと言う事実に対する優越感と別れに対する感傷、それだけだろう。
「それじゃ、じゃあ、ね」
「さらば諸君らよ! 人の意志は幾星霜続く物だが、『十四席の善』の彼らはどうしてかドス黒いのも居る筈だ。特にこの地に居るであろう【見習い聖騎士】もその類だ、あれは他人に言われて武力行使するタイプでは無いが、今は知らなーーー」
「行く、よ」
「ああ分かった。それでは行こうか! ああさらばーッ!」
それを飛び、イースの耳らしき物を引っ張り外に出る。これ以上業務に影響を加える訳には行かないから。
「それってどういうーーー」
瑠香が最後に何かを言っていた様な気がするが、まあ、後で聞けばいいだろう。同居しているのだし。
◇◆◇
「ふ~、変な二人組だったね~。お姉ちゃんはまだしも~、あ、お金忘れてた~。まあいいか~、家族経費、家族経費~」
「でしたね。でもやっぱ猫って怖いですよね、私リアルで猫アレルギーで! でも妖精族のテイマーって珍しかったですね。確かステ的には結構尖ってて、テイマー向きじゃなかったと思うんですけど、〈妖精童話〉の人も純魔でしたし」
「ももき、何言ってるんですか? あれがどう見たら猫に見えるのです。どう見ても【ホーンラビー】だったでしょう、遂に頭までお花畑に?」
装備を特急で作り終わり、一息を付く。そこで瑠香が零し、ももきが反応し、まりもがツッコミを入れる、そのいつも通りともとれる会話の中、致命的で、必然的な思い違いが重なり合う。
「はあ? まりもこそ頭のまりもが脳にまで侵食してきたんじゃないですか? どう見たって猫の使い魔だったじゃないですか?」
「これは髪の毛ですっ!!………コホン、流石におかしくないですか? 無垢ちゃんはどう思います? ―――無垢ちゃん?」
ふわふわとした雰囲気を崩し、いつもではありえない様子で思考し始める瑠香。自分の知能で考えられる可能性を一つづつあげて、潰していく。
「感覚に完全な影響を及ぼす幻覚魔術…? ありえない、全員が同じ幻覚を見るならまだしも、個別に掛けられるなら少なくとも【魔力操作】に反応がある筈……プレイヤーにバレずに幻覚を掛けるなんて、それこそ十四席NPCレベル……?」
生産職である筈の瑠香が【魔力操作】を持ち合わせているのは、裁縫師の特殊技能【魔力糸】を使うためであり、瑠香の【魔力操作】のレベルは24。文句なしのナンバーワンだ。
思考の末、妹は姉程頭が出来ていないことに気づき、思考を止める。姉の行為で間違ったことは人生で一度も無く、常に正しかった。考えるだけ無駄であることの思考放棄では無く、しっかりとした結論だ。
「ーーー無垢ちゃん!」
「へ? ああ~、まあ、良いんじゃない~? 今はそんな事考えるよりも~、〈勇者の書〉に負けないくらい、大きくならなきゃでしょ~?」
「そうですね! わたしはまだ【魔力操作】取れてないですから! 早めに取らないとまりも野郎に置いて行かれちゃいますからね!」
「まりも太郎です! 太郎! 間違えないでください!」
「もぉ~、仲良くねえ!」
「「はーい!」」
これがいつもの服禄寿。今日も今日とて、元気に服を作る、それだけであった。
◇◆◇
「お兄さん、これ一つ貰えるかい?」
「可愛らしい獣人のお嬢さんに免じてもう一本あげよう!」
「ああ、感謝するよ」
「それで、この後、どうだい? 一杯一緒に」
「ああすまない、彼女を待たせていてね。女の子をひっかけるのにうさぎ串一本は安すぎだと思うよ?」
「ガハハ! その通りだな! 今となっちゃあうさぎ串一本じゃ無理だな!」
イースが露店の兎串屋に立ち寄り、一本購入する。
妖精族は弱点も多いが、食事を取らなくても良いという利点がある。基本的に魔力を吸って生きているらしく、一般的にクソ不味いと呼ばれるポーションが美味しく感じられるらしい。だが、別に食べられないわけではないが、この大きさだ。胃の量はお察しなわけで、イースがくれた一番小さい部分の肉を口いっぱいに頬張り、完食する。
うーん塩。割とガッツリ使っている、この辺に海でもあるのだろうか。
「ほんとに、別人に、見えているんだ、ね」
会話の相手のナンパ癖のある中年にはイースは獣人?の美少女に見えていたようだ。私にはこんなまっくろくろすけも吃驚な黒色の変態にしか見えないのに。
「難儀なものだよ、結構ね。これじゃあナンパするのも一苦労だ」
やれやれ、と頭を押さえるイース。そういえばイースもナンパ癖が強いな、さっきも何気なく―――。
「そいつを捕まえろ! スリだ!」
やけに横幅の大きい男が、小さな瓶を持って走り逃げる少年を指さし、唾をまき散らしながら叫ぶ。
ほとんどの人間、プレイヤーが少年にぶつかる前に避けてみて見ぬふりをしながら、状況に緊迫する中、一人の青年が立ちはだかり、剣を構える。
周りの人間より数段上に見える装備を身に着け、手に持つ剣には光が収束する。
「『エンチャント・ホーリー』……! 勇者技能、ホーリースラッシュ!!!」
全ての闇を払うであろうその光撃は、少年の体に線を断ち、致命傷を残し、絶命させる。
彼の名は“ユウキ”。今代勇者である。
◇◆◇
「結構、簡単に殺す、ね」
「価値観、と言うものがあるが、私はどちらかと言うと君たち神使側の精神を宿している。 だが、あれが勇者とはね。世も末だ」
一般的なあちらの理論を並べる私とイース。あれ勇者なのか、勇者と言ったら人間を救う側では?
その会話に割り込んでくる人間が一人。
「嬢ちゃんに分からない、と言うのが俺達には分からないが、この世界の命は軽いのさ、命を繋ぐために死に、金を稼ぐために死ぬ」
兎串の中年だ。この人間が言っていることが理解できない、その言い方だとまるでこの世界の人間は―――。
「思っている通りさ。蘇る、神殿でな」
なるほど、先ほど勇者が平然と少年を平然と殺した理由が分かった。だが、勇者もプレイヤーのはずなのに、やはり何かを救うものとは何処か壊れている物なのだろうか、ならば否定はしない。
「それじゃ、行こう、か」
「おや、勇者じゃトウの興味は惹けなかったか。次の観光へ向かおう、私も興味は尽きたのでね」
「おお、お嬢ちゃんたち。もう行くのか、また来ると言い、次は負けてやらんがな」
それなりだ。それなり。
◇◆◇
「ある程度は見て回ったね」
町の中央で一息つき、ベンチに座る。周りはプレイヤーでごった返しており、皆がそれぞれ瓶を売りまわっていることから、ここは大規模なプレイヤーの市になっていることが分かる。
そこにまた、不穏な影が一つ。
「それじゃあ、会話を始めようか。アウトサイダー・エゴイスト」
私は、溜まっていた言葉を、爆発させた。




