勝利と捕虜
執筆を始めてちょうど2年になります。
これまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
いよいよクライマックスが近付いてきました。
ハキ神国軍指揮官のドーセは、何処から攻撃されてもおかしくない状況の中、投石機で攻撃できるポイントを考えながら、草木を掻き分けながら登り始める。
レガート軍は街道から高さ5メートル地点に、2基の投石機のフェイクを設置していた。いかにも投石機ですと分かるよう、木を切り投石機の姿を半分見せていた。
「よし、お前達はオリ王子に報告してこい。俺は他にもないか確認する」
ドーセは部下を無駄に死なせたくないので、不安な顔をしている4人に笑いながら命令した。
4人が確認した場所をオリ王子に伝えると、オリは精度がいまいちな双眼鏡を覗きながら、何となくそれらしい物を見付けて、投石機の発射準備を急がせる。
「ゲレント総司令、指揮官がまだ丘に居ます。他の投石機を探していますので、もう少しお待ちください」
発射準備を急がせるオリ王子に驚き、戻ってきた部下4人はゲレントに状況を説明し、発射を待つようお願いする。
「我が国の投石機は大陸一だ。投石機の間近に居なければ当たらない。心配するな」
ゲレントはそう言いながら、自分が投石機を撃ちたくて堪らない様子を隠そうともしない。それはオリ王子も同じで、有無を言わせず投石機の発射装置の前に立つ。
部下達は全員知っていた。演習の時、この2人の命中率があまりにも低かったことを。そもそもハキ神国軍の投石機は、石の重さや大きさもがバラバラな上、的確に的に当てると言うより、数発飛ばして当たれば良しという代物だった。
2年前のロームズ侵攻も、1年前のハビル侵攻も、適当に撃った石球がたまたま建物に当たっただけで、狙った建物に当てた訳ではなかった。
部下達は、もうドーセ指揮官の無事を祈るしかなかった。祈りながら投石機を射程の位置まで移動させる。ギリギリ100メートルの地点に到達すると、オリ王子は一切の躊躇なく石球を発射させた。
1発目はオリ王子、2発目はゲレント総司令……5発目にしてようやく1基のフェイクを破壊した。それだけで2人は戦争に勝ったかのような雄叫びを上げる。
残念ながら指揮官ドーセは、自国の攻撃のせいで木の下敷きになりケガをしたが、その様子を観ていたレガート軍のハモンドに救出される。
「ゲレント総司令、このままでは石球が無くなります。置いてきた荷車を取りに行かねばなりません」
運送部隊の隊長は、考え無しに石球を使う王子と総司令に、残りの石球が少なくなったことを告げる。
「仕方ない、取ってこい!急げ!」
ゲレント総司令は運送部隊に直ぐに荷車を取ってくるよう命令する。運送部隊20人は急いで荷車の場所まで走って戻る。
「敵はまだ攻撃の準備が出来てない!もう少し……10メートル投石機を前に出す」
オリ王子は投石機の発射台から降りて、もう少し前に出すよう命令する。
オリ王子が投石機から降りて、荷車の中の石球の残りを覗いた瞬間、ヒューッという音が何処からか聞こえてきた。
なんの音だろうかと、ハキ神国軍の兵士達は音のする方に視線を向ける。そして何かが飛んでくるのを視線で捉えると、「アッ!」と声にならない叫び声を上げ逃げようとする。
ガシャーン、ガラガラ、ドーン!と大きな音がして、辺りに木片が飛び散る。
一瞬何が起こったのか分からず、現場はパニックになった。
音が収まり辺りを確認すると、オリ王子が降りたばかりの投石機の半分が、無惨な姿で壊れていた。飛び散った木片で負傷者した兵は3名。大したケガではない。
どうやらレガート軍の攻撃を受けたようだと気付くと、慌てて全員が堀の方向に退避しようとする。
「どういうことだ!何故レガート軍の投石機がここまで届くんだー!」
誰に怒っているのか分からないが、オリ王子は怒りと恐怖に震えながら叫ぶ。
すると再び何処からかヒューッと音が聞こえてきた。
「退避しろ!」と弓部隊の隊長が慌てて叫び、兵士達は逃げ出そうとする。
バーン、ガシャーンと音がして、オリ王子が乗っていた投石機は、原型を全く残さず瓦礫と化していた。
「お前達何をしている!残っている投石機を後ろに下げろ!」
オリ王子は気が狂ったように叫びながら、退避した部下を怒鳴り付ける。自分はどんどん後ろに下がりながらである。
「そうだ、何をしている!無事な投石機を守れ!」
ゲレント総司令もオリ王子に続き、まだ無事な投石機を守れと叫ぶ。
投石機はハキ神国軍の生命線である。オリもゲレントも剣や弓でちまちま戦う戦争など、全く想定していなかった。投石機を使って力の差を見せ付け、逃げ惑う人々を高い発射台から眺める。それこそがハキ神国軍の戦い方だと思っていた。
しかし、信じられないことに、レガート軍の投石機は狙い通りの場所に撃てるようだった。部下達は恐怖で震えながら、命懸けで投石機を下げようとする。
「お前達!守れなかったら死刑にしてやる!分かったなミドル」
オリ王子は大声で怒鳴りながら、投石機部隊の隊長の名前を叫ぶ。
そこへ、ヒューッとまた新たな音が聞こえてきた。そしてその音は、前の2発とは少し違っていた。
ドーン!ドーン!と2回大きな音がして、今度は退避していたオリ王子の目の前に、ハキ神国軍の石球の4分の1の大きさの石が落ちてきた。
人にも投石機にも当たらなかったが、どう考えても150メートルは飛んでいる。
『何故だ?』『どういうことだ?』と再びパニックになっているところに、容赦なくヒューッと音が聞こえ、オリ王子よりも後方に石が落ちてきた。もう何処に逃げたらいいのか分からず逃げ惑う。
荷車を取りに向かった運送部隊は、命拾いをしたと思いながら荷車まで来たが、これからどうすべきかと考えていると、再び竹槍が降ってきた。
ハキ神国軍は完全にパニックに陥っていた。
やや冷静だった弓部隊の隊長は、隊員に向かって前進せよと命じた。敵の狙いは投石機である。であれば、投石機から遠ざかる方が安全だと考えたのだ。
そして弓部隊40人は、近くに居たゲレント総司令と一緒に前進する。王子と投石機部隊と突入部隊は、ケガ人を置き去りにして丘とは反対側の林の中に逃げ込んでいく。
部隊が2つに分かれて散ったところで再びヒューッと音がして、残った1基の投石機を容赦なく襲った。勿論、完膚無きまでと言われていたレガート軍ヤマギ副隊長は、きっちりと指示を守り1発で全壊させた。
前進した弓部隊は、全壊した自国の投石機を見て『終わった』と思った。
そんな絶望的な弓部隊の前に、レガート式ボーガンを構えたレガート軍30人が、道を塞ぐように突然現れた。その距離はハキ神国軍からでは矢が届かない距離だった。
「な、何をしている、早く弓を射ろ!」
ゲレント総司令は弓部隊の後ろに隠れるようにしながら命令する。こうなったら戦うしかない弓部隊は、一斉に弓を射るが微妙に届かない。
そして直ぐ様レガート軍からの攻撃が始まり、逆に矢の脅威に曝される。レガート軍の矢は射程圏内なので、数人に矢が命中する。殺したくはないが、敵の攻撃を止めさせる為には仕方がない。特に腕の優れた30人が選ばれていたので、急所を外し腕や足を狙って攻撃した。
そして剣だけ持って林の中に逃げ込んだオリ王子と投石機部隊、突入部隊は、ロームズ自警団のポム弾部隊50人から、小石の集中攻撃を受けていた。
まさかの攻撃を受けたオリ王子の思考はストップしていた。これまでは、圧倒的な力の差で勝利する場面にしか居なかったので、直接攻撃を受けたことなど無かったのだ。指示を出すべき立場だが、自分が我先にと逃げることしか頭になかった。
「王子お逃げください!国境に向かって、早く、早く走ってください!」
突入部隊の隊長の叫ぶ声がして、オリはようやく我に返り、国境がどちらの方向なのかを確める。突入部隊の数人が先導し、王子を囲みながら国境線目指して走って行く。途中で竹槍攻撃を怖れて立ち止まっている運送部隊と合流し、後先考えず自国に向かって走り抜け・・・られない。
「橋はどうした?何故橋が無いんだ!」(オリ王子)
「他の者は何処へ行ったんだ!」(突入部隊の隊長)
どうしようかと迷っていると、再び竹槍が数本降ってきた。
「王子、堀を渡ります。林から追っ手が来たら、我々は全滅です!」
突入部隊の隊長がそう叫ぶと、他の兵士達は躊躇せず堀に飛び込んだ。そして対岸のハキ神国側に上がると、レガート式ボーガンの攻撃を怖れて全力で走って逃げる。後方からは、ドーン!と石球が落ちる音がした。そして、直ぐ側の壁から数本の矢も飛んで来た。
とうとうオリ王子は堀に飛び込んだが、オリ王子は泳げなかった上に、腕力も無かったので、上手く堀から上がれず溺れそうになり、部下に引き揚げられていた。
オリ王子はここに来て、堀と壁の恐ろしさを身に染みて経験した。
もしもレガート軍が本気で戦っていたら、全員死んでいるところだが、作戦参謀は「少し痛い目に遭って貰いましょう。戦争は怖いものだと知るべきです」と言って、殺さず逃がすよう命じていた。
結局弓部隊とゲレント総司令、置き去りにされていたケガ人は、全員捕虜として捕らえられた。
これを以て、ハキ神国軍は敗退したのである。
「私はレガート軍を指揮しているフィリップという者だ。既に我々は壁から侵入しようとしていた兵を40人捕虜にした。あとはゲレント総司令だけで充分だが、お前達はどうする?ハキ神国に帰りたければ、今すぐ帰してやる。これはレガート国からの賠償請求と捕虜釈放の条件を書いた、正式な公文書である。オリ王子ではなく国務大臣に渡せ。そうでないとゲレント総司令も仲間の捕虜達も、絶対に切り捨てられるだろう」
フィリップはゲレント総司令を無視して、弓部隊の隊長とその部下達に向かって問う。フィリップの態度と言葉からは、ゲレント総司令だけ置いて帰っていいぞと聞こえる。
「我々を殺さず逃がすと言うのか?」
信じられないという顔をした隊長は、驚いた顔でフィリップに確認する。
「レガート王は、出来るだけ殺すなと言われた。だから我々は殺さないように攻撃をしたつもりだ。それでもこれは戦争なので、ケガ人が出たのは仕方ない。応急手当はしてやるから、飯を食って少し休んだら、部隊を連れて王都シバに帰れ!今回の戦争は……レガート国とハキ神国との戦争ではない。レガート国ロームズ領ロームズ辺境伯と、バカ王子……失礼……オリ王子との戦争だった。我が国ではそう考えることにする」
捕虜として捕らえられた者達は、剣を抜いたレガート軍の兵100人、その後ろに弓部隊、そのまた後ろにロームズ自警団60人に囲まれていた。今にも殺されそうな状況から、全く想像もしていなかったことを言われ、にわかに信じることが出来ない。
しかも、殺さないように戦った?なんだそれ……では、我々は初めから負ける戦いで、敵に情けを掛けられ、しかも王命ではないと……オリ王子とロームズの戦争だったと考えてくれる……本当に?本当にそんな有り難いことがあるのか……?
「ケガ人は何処だ?予定通り医学大学の前で治療するから、ケガ人を荷馬車に乗せてくれ。炊き出しは既に届いている。お前達も少し早いが、朝早かったから腹がへったじゃろう。婦人部特製、鴨肉のスープじゃぞ。さあさあ、ハキ神国軍の兵も飯を食いに来い」
緊張感漂う大事なシーンをぶち壊……いや、昼食の話をして緊張を和らげたのは、教会のソデブ医師だった。大ケガをしていたら早く手当てをしなければと思い、医学大学で待っていられずに来てしまった。
教会の人間、特に医師であれば何処の国の人間なのかなんて、さして重要ではないのである。
「よーし、みな良くやった!国境軍は見張りに残り、交代で飯にしろ!自警団も本当によく頑張った。勝ったのはロームズの住民だ!」
「「「オーッ!!!」」」
フィリップの宣言に、全員が勝利の雄叫びを上げた。そしてレガート軍の兵士、自警団、捕虜のハキ神国兵+1は、昼食目指して歩き始めた。
その頃領主であるイツキは、街道側を目指し厳しい顔で馬を走らせていた。
後ろに続くのはレガート式ボーガンを背負った、警備隊のエイコムとセブルである。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
いよいよ大詰めです。どうぞ最後までお付き合いくださいますよう、お願い致します。




