イツキVS大師イルドラ (1)
それはヤマギ副隊長が、ハキ神国軍の投石機を1基破壊した時だった。
イツキは軽い目眩を感じ目を閉じた。すると、街道側の国境に配置していた別動隊が何者かに襲われ、負傷者が出てレン中佐が数人を相手に戦っている場面が視えた。
「フジヤ少佐、別動隊が襲われています。後のことはフィリップさんに全て任せます。僕は街道側に行きます。レクス、至急ケガ人搬送用の荷馬車を……織物工場の方向に向かわせろ」
「「はい、承知しました」」
「シュノー部長、そろそろ小型機で脅しをかけてください。出来るだけ人に当てないよう、オリ王子の目の前辺りに頼みます」
「了解!ここは任せろ。技術開発部の実力を見せてやる!」
シュノーは明るく任せろと言った。しかし、イツキの表情がいつもと違い緊迫していたので、余程の事態が起こっているのだと感じ、詳しくは訊けなかった。
それからイツキは急いで丘を下り、丘の陰に隠れて待機していた弓部隊のセブルとエイコムに声を掛けた。
「セブル、エイコム、別動隊が襲われている。弓を持って付いて来い!」と。
突然作戦参謀であり領主様であるイツキから声を掛けられた2人は、驚いた顔でイツキを見たが、その厳しい表情を見て緊急事態なのだと理解した。
そして3人は連絡用に待機させていた馬に乗り、街道側へと急いだのである。
◇ ◇ ◇
午前8時半、ハキ神国との国境側で戦いが行われていた同時国、カルート国側の国境(全長6キロ)の街道を、ハビル方向から辻馬車が通り掛かった。
その辻馬車は、ロームズの入国口より500メートル手前で停車した。そして、軍服らしき服を着た8人が降りてきた。
「あれは、カルート国の軍服ではないな。・・・ハキ神国軍のものとも違う。全員が剣を携帯しているから、気を付けろ!1歩でもロームズに足を踏み入れたら笛を吹く」
「了解です!イグモ中尉、俺が声を掛けます」
イグモの指示を聞いて、8人の男達の正体を突き止めるために、剣の試合で勝ち上がっていた建設部隊のテルガ35歳が名乗りをあげた。
「気を付けろ!敵の数は8人だ。抵抗したら戦わず合流しろ」
「はい承知しました!」
そう言ってテルガは、街道をウロウロしている男達を、丘の中腹辺りから要心深く尾行する。そして3分後、8人の男達は侵入しやすそうな場所を見付けると、突然街道側の盛り土の丘を登り始めた。
「お前達は何者だ!レガート国ロームズは、現在誰の入国も許可していない!」
テルガは大きな声で8人に向かって叫んだ。すると8人の男達は何も答えず、当たり前のように剣を抜き、突然テルガに斬り掛かろうとした。
テルガはすんでのところで剣をかわし、イグモは敵襲を知らせる笛を吹いた。
笛を聞いた近くに居た部隊は、急いで駆け付ける。その距離500メートル。街道側の盛り土の丘は、侵入しやすい箇所が8箇所あったが、殆どが入国口に近かったので、30人の別動隊の内20人が、入国口に近い2キロ付近に配置されていた。
別動隊と侵入者の戦いが始まった。
敵は明らかに軍人で、しかもかなりの腕の持ち主ばかりであった。レガート軍側も精鋭部隊なのだが、5人で相手するには厳しい状況だった。
しかし幸運にも、イグモはポム弾を持っていた。ポケットいっぱいに入れた小石を使い、顔を目掛けて攻撃を仕掛ける。木々が鬱蒼と繁っている場所では剣を大きく振るえず、ポム弾の方がより有利だった。
応援の5人が駆け付けた時、敵の数は半分の4人になっていた。味方の負傷者は2人、大ケガではないが腕を斬られてしまった。
そこからは圧倒的に敵を追い込み、誰1人逃すことなく死者6名、軽傷者の2人を捕らえた。イグモは任務完了の合図に、笛を3回吹いた。
イツキは念のため別動隊とは別に、街道側からの侵入に備えて、弓部隊に配属されていない警備隊の精鋭10人を、盛り土の丘を越えた場所に配置していた。この10人は笛の音を聞いても動くことはなく、討ち漏らした侵入者を捕らえる又は殺すよう命じられていた。
それから10分後、またしても辻馬車が通り掛かる。その辻馬車は、街道の中間地点(3キロ地点)で止まり、中から5人の武装した傭兵のような男達が降りてきた。
そして同じように丘に侵入してきて、レガート軍との交戦が始まった。
笛を聞き付けた仲間が10分後に駆け付けた時、傭兵の数は2人になっていたが、2人のレガート兵が負傷していた。
そして此処でも生きていた1人を捕らえ、任務完了の合図の笛が吹かれた。
午前9時過ぎ、カルート国の隣村から街道に出てきた10人の旅人が居た。
その風体は冒険者のような護衛のような感じで、剣を携帯している者が8人、荷馬車の御者が1人、少し変わった黒い衣装を着た男が1人の計10人で、何も喋らず無言のままロームズの町の方に向かって歩いてくる。
隣村の近くの街道で見張っていた建設部隊の1人が、様子を探ろうと近付いていく。そして後ろから声を掛けた。
「皆さんはどちらに向かわれるのでしょう?もしもレガート国ロームズであれば、本日は入国禁止ですよ」
男達は何も答えず無視して先へ進んでいく。明らかに怪しい10人を、20メートルの距離を取りながら尾行していく。500メートル進んだ所で、剣の試合で勝ち上がった前衛部隊の者が加わり、2人で10人の不審者を尾行する。
街道の見張りは、隣村から500メートル間隔に1人がを配置されていた。
実は10人の不審者の中に傭兵頭だったマゴンが居たのだが、この2人はマゴンと面識が無かった。
すると、御者を残し8人の男が荷馬車の荷台から弓を取り出し、突然尾行していた2人に向けて射ち始めた。2人は何とか避けようと左右に広がりながら剣で弓を払うが、足に当たり動けなくなる。慌てて危険を知らせる笛を鳴らしたため、弓と剣を携帯している8人と黒服の男は、街道側の盛り土の丘を登り始めた。荷馬車はそのまま前進し遠ざかって行く。
「大師、やはり待ち伏せがありましたね。しかし2人だけとは……」
「気を抜くなマゴン。今頃はオリ王子が投石機で攻撃しているから、全軍に近い人数がハキ神国側の国境に居るはずだ。それでも指揮者が優秀であれば、街道側にも配置しているかもしれない。先発した13人が無事に侵入していれば、そろそろ町の中でも混乱が起こっているだろう。8人はハキ神国軍の精鋭部隊だ」
大師イルドラは、マゴンとギラ新教の戦闘部隊7人に、気を抜くなと注意し自身も剣を抜き丘を登っていく。
イルドラの目的は、奪われた統治官屋敷を取り戻すことだった。オリ王子は自分の屋敷を既に建築中である。本来サイシス伯爵が領主屋敷として使う予定だったが、サイシスは捕らえられた。そこで大師イルドラはオリ王子の許可を貰い、戦争に勝てば屋敷をギラ新教の拠点とし、ロームズの統治も任せて貰うよう約束を取り付けていた。
その頃、笛の音を500メートル先で聞き付けたレン中佐と部下4人は、急いで移動を開始いていた。
イルドラ達とレン中佐の部隊は、隣村から900メートル地点で対峙した。そこは、丘を下れば統治官屋敷へと向かう大通りに続いていた。
「お前達は何者だ!と言っても名乗るはずはないな。では俺も名乗るまい。その方が都合が良いだろう?大師イルドラ!」
別動隊を率いている建設部隊のレン中佐は、1人だけ違う服を着た男に向かって、大師イルドラと決めつけて言った。
「お前は秘書官補佐のフィリップだな?まさか指揮官自ら此処に来るとは驚きだ。ハキ神国軍との戦いはどうなったのだ。もう諦めたのか?」
ハビルの街で見掛けたレン中佐のことを、フィリップだと思っているイルドラは、少し嬉しそうな顔をして問う。フィリップ秘書官補佐という男を少し見直し、自分の正体まで言い当てた男に興味が湧く。
「これは笑止。間もなく我が軍の圧勝で決着がつくだろう。まさか首謀者自らがロームズに乗り込んで来るとはな」
思った通りに自分をフィリップだと思い込んでいるイルドラに、レン中佐は名を名乗らず愉快そうに笑ってみせた。
しかし、敵は9人でこちらは5人・・・しかも大師が連れているのだから手練れに違いない。しかも大師イルドラは底が全く見えない感じで、漂う気配が尋常ではなかった。イツキが陽の気の持ち主であれば、イルドラは陰の気の持ち主であり、それはまるで、視線を合わせると体を石にされそうな化け物のような感じだった。
「ここで全員討ち取るぞ!レガート軍の力を見せてやれ!」
レンは気合いだけでも入れなければと、部下に向かって低い声で指示を出す。
「大師様暫く御待ちください。我々で片付けます。よし皆殺しにしろ!」
マゴンは大きな声で叫ぶと、剣を抜き突撃していく。
マゴンの戦い方は、弱そうな相手を徹底的にいたぶり、恐怖を与え精神的に追い込んでいくという遣り方だった。
標的にされたのは前衛部隊の若い兵士だった。レガート軍の中では腕のたつ者だったのだが、その兵士は実践経験がなく人を殺したことが無かった。
それでも必死に戦っていたが、マゴンに胸をひと突きされ崩れ落ちた。
その瞬間から、レンと警備隊の代表として剣の試合で勝ち上がっていたリブルスは、相手を殺すことだけを考えるよう気持ちを切り替えた。
しかし、他の2人の瞳には恐怖が宿ってしまい、剣を持つ手が震える。
レンとリブルスは敵の中に躊躇せず斬り込み、互角の戦いからなんとか勝利を修める。そして次の相手を決め懸命に戦う。その間に、他の2人は残念ながら斬られてしまう。
レンとリブルスが戦っている隙に、大師イルドラはマゴンと部下3人を連れ「フィリップか……頭はきれるが剣の腕はそうでもなかったな」と少し残念そうに言い捨てて、急いで丘を下っていく。
下った場所には、警備隊の精鋭2人が配置されていた。直ぐに剣を抜き戦い始めるが、1人は矢に射られ動けなくなり、もう1人はイルドラの部下の右腕を斬ったが、自分も太股を斬られて動けなくなった。
大通りの入口まで来たところでイルドラは歩を止めた。町外れとはいえ、あまりにも静か過ぎるのだ。
時刻は10時前だというのに、住民達の逃げ惑う姿がない。そろそろ統治官屋敷の辺りまで、ハキ神国軍が侵攻してきている時刻なのに、どうしたのだろうか?ふと、先程フィリップ秘書官補佐が言った、そろそろ我が軍の圧勝で……という言葉を思い出す。
「マゴン、役場の方に向かって様子を見てこい。いや、お前は面が割れている。よし、お前が行ってこい」
イルドラはマゴン以外の部下を偵察に向かわせ、用心の為に大通りの手前に在る建物の陰に潜んで待つことにした。
それから10分、部下が戻ってくるよりも先に、レン中佐とリブルスが追い付いてきた。2人は少し離れた場所から4人の様子を窺う。
「1人はケガをしていて、1人は偵察に出たようだ。今なら戦えるのは3人だけだが弓が厄介だな。こんなことなら殺した奴の弓を持ってくれば良かったな。ここは無理せず応援を呼んだ方が良いだろう」
「織物工場の裏手に行けば、警備隊の者が居ます。急いで応援を呼んで貰います」
リブルスはあちこち傷だらけで血も出ていたが、急いで走って行く。
15分後、リブルスが戻って来るのと、イルドラの部下が偵察から戻って来たのは、ほぼ同時くらいだった。
イルドラは部下から「町には人が居らず、既に避難しているようでした」と聞き首を捻った。おかしい……この時間に住民が避難しているということは、レガート軍はハキ神国軍が今朝攻めてくると、事前に知っていたことになる。
「よし、一旦先程の丘まで戻るぞ。マゴン、お前は裏道から統治官屋敷の様子を探ってこい。もしもハキ神国軍が未だ到着していなければ、戦争の状況を見てこい」
イルドラはマゴンにそう命じ、ケガをした部下を含む4人で丘に戻ろうと歩き出す。
「レン中佐、奴等が退くようです。どうされますか?」
「リブルス、あれを、此処でイルドラを殺さねば、必ず多くの人を不幸にする」
レン中佐とリブルスは顔を見合わせて、決死の覚悟を決め頷き合った。
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