決戦の朝
偵察から帰ってきたルドの報告を聞き、イツキは上官30人にその情報を伝えた。
「これは他の隊員には極秘です。要らぬ気合いは良い結果を生みません。報告によると敵の数は220です。これに別動隊が20居たとしたら合計240。ですが、こちらに居る400の自警団とハキ神国軍の新人兵では、大した変わりはありません。むしろ、守りの固いロームズの自警団の方が有利です」
イツキは兵士の数は関係ないと言い切る。そして、指揮を執るのがオリ王子であれば、負ける気がしないと付け加えた。
「ハキ神国軍の兵達は午後ルンナに到着し、食料や水を調達すると、わずか半日の休憩の後、夜中にロームズに向け行軍するようです」
「なんだとルド、それは本当か?俺には信じられない。では、到着後休まず戦わせるつもりなのかバカ王子は?」
1番大きな部隊である建設部隊を指揮しているレン中佐は、兵士を休ませないオリ王子の遣り方に、呆れるというか兵士達が可哀想に思えた。
「もしも朝到着し、本陣を設置した後に兵を休ませるとすれば、こちらに準備する時間を与えることになる。オリ王子にとって兵士とは、駒に過ぎないのだろう」
フィリップは気分悪そうに自分の仮説を言いながら、普通なら、敵に気付かれない距離に夕方本陣を設置し、夜は休んでから早朝出陣するものだと言う。
「オリ王子は、天候も読めないようだ。今夜は雨になります。ランドル山脈側から湿った風が吹いています。我々には恵みの雨となり堀の水を満たしてくれます。そして、まだ固まっていない部分の壁を滑りやすくするでしょう」
イツキはそう言うと、何故か嬉しそうににっこりと笑い「捕虜をとりましょう」と、とんでもない考えを言った。
◇ ◇ ◇
午後6時、各部隊の剣の腕比べの試合が終わり、国境軍、前衛部隊、建設部隊、警備隊の代表が決まった。
各部隊の準決勝に残った4人は、街道側を守る精鋭部隊に決まった。その合計16人とイグモ他3人の国境軍を率いるのは建設部隊のレン中佐と決まった。レン中佐は自分から是非指揮を執りたいと願い出た。
「よーし勝ち上がった4人は、これからロームズ辺境伯と剣の試合をして貰う!」
突然大声でヤマギ副隊長が領主と試合をすると言い出し皆は驚く。勝ち上がった4人は、各部隊を代表してナンバー1を決める試合をするものだと思っていたのだ。
『いやいや、冗談だろう?』『領主様の剣の稽古?』『領主様って作戦参謀だよな?』『試合?練習じゃなくて?』と、4人の代表達は思った。
代表達はイツキのことをよく知らない者ばかりだった。もちろん、中尉以上の上官は現場の指揮をするので参加していない。ちなみにレクスやハモンドは、本部の連絡係なので出場しなかった。
「作戦参謀に、いやロームズ辺境伯に勝てたら、俺が相手をしてやろう!」
レガート国内でもトップクラスの剣の腕を持つと言われている秘書官補佐のフィリップが、含み笑いをしながら宣言する。
「「「オーッ!」」」と野太い声が上がる。秘書官補佐と剣を交える栄誉を与えられるとは、なんて羨ましい奴等なんだと、4人の代表達を羨望の眼差しで見る。そして、皆は急いで輪を作るように広がり、中央に戦うスペースを作った。
イツキはというと、試合開始から体を解すために広場の隅っこで型の練習をしていた。皆が試合に注目していたので、ほぼ誰にも気付かれることもなかった。一応、各部隊の決勝戦だけはこっそりと見学していた。
「お待たせしました。明日は朝が早いので早目に休まねばなりません。・・・始めから全力でお願いします」
イツキは練習用の剣を持つと、自分から全員が注目する輪の中心に入り、4人に向かってお願いした。
『はい?全力でこい?』『遣る気あるのか?』『一応上官だ。ケガは避けよう』『領主様をケガさせたらクビとか勘弁』と、残念ながら作戦参謀であるにも関わらず、イツキの評価は低かった。あまりにも上に位置し過ぎて、下の者とは関わりが薄かったのだ。唯一弓部隊の者達は、レガート式ボーガンの腕は認めていた。
イツキは剣を構えると「3分は頑張ってください」と言って、真剣な顔になる。
完全になめられていると思った建設部隊の代表テルガ35歳が前に進み出て、「3分も要りませんよ」と言葉を返した。
そして審判として2人の間に立ったのは、警備隊隊長のゴウテスだった。
「始め!」とゴウテスは腹の底から大きな声を出した。
向き合った瞬間、テルガは驚いた。隙だらけのようで、何処にも隙がないのだ。これは、剣の経験者だと思った瞬間、イツキの剣が目の前に迫って来たのだ。
なんとかイツキの剣をよけ、これは本気で戦わねばと剣を構え直す。と同時に容赦ないイツキの攻撃が始まる。一方的に攻められるテルガは、なんとか攻撃に転じようと焦るが、結局攻撃する間もなく、剣が宙を舞った。
それから2人目、3人目と、攻めの試合で3分以内にイツキは勝利した。
見学していた者達は、テルガが負けた時「おい、真面目にやれよ!」とヤジを飛ばしていた。しかし2人目も、あっけなく負けてしまう。段々応援するのも忘れ、呆然と成り行きを観ることになる。ぼんやりしていたら試合が終わってしまうので、言葉を発する暇もなかった。
3人目が負けたところで、ようやく皆は気付いた。領主様は強かったと。
「今度こそ、3分くらいは頑張ってください」
イツキはここで、にやりと笑った。それは絶対的な自信を持つ者の笑みだった。
最後の対戦相手は、警備隊のリブルス28歳である。リブルスは警備隊の精鋭部隊に所属し、腕に自信があった。4人の中では自分が1番強いだろうと自負していた。
リブルスは開始直後から積極的に攻めた。これまでの3人は攻めきれていなかったのが敗因だと考え、とにかく攻めた……攻めて攻めているのだが手応えがない……?全ての攻撃を、紙一重の距離でかわされ、剣で払われることも少ない。
そして、絶対的な間合いでかわし、息一つ乱さず、何事もなかったような顔をして凛と立っている。
リブルスは初めて言い知れぬ恐怖を感じていた。3分が経過したところでイツキが攻めに転じ、半端ない殺気を放っているからだ。
妙な唾が口の中に溜まり呑み込みたいのだが、その呑み込む間に攻められる気がして、ゴクリとやることも出来ない。
そして最後は、相打ちを狙って踏み込んだつもりだったが、自分の胴にだけ剣が決まった。殆ど痛みが無かったので、手加減されたのだろうかと思ったが、それは違っていた。練習用の剣であるにも拘わらず、自分の上着の鳩尾辺りが、真剣で斬られたように裂けていたのだ。
体には傷一つ付いてはいなかったのだが、その裂けた服を見た者はゾッとした。
作戦参謀って何者?と、全員が畏怖の念を抱いた。
「お腹が空きましたね。明日に備えてしっかり食べましょう!」
イツキはリブルスと握手を交わし、極上の笑顔で明るく言った。それはそれは美しく可愛い笑顔だった。普通なら皆が癒されほっこりするのだが、かえってその笑顔の14歳に恐怖する者が多かった。
◇◇ ハキ神国軍 ◇◇
1098年6月26日午前6時、レガート国ロームズ国境のおよそ1キロ手前に、ハキ神国軍200人が到着した。
斥候部隊として国境まで来た5人は、先発として来ていた20人のルンナ基地所属20人のテントにやって来た。
「あ、あの壁はなんだ?いつの間にレガート国は、あんなものを作ったんだ?」
「いつの間にって……我々が来たのが19日、その時は何も在りませんでしたよ。出来上がったのは23日の明け方かな」
「はあ?ふざけるな、これだけの壁が3日で出来るものか!」
「我々に言われても……ロームズは神に愛された町ですから、奇跡が起こったとしか考えられません。それに近くに行くと分かりますが、壁の前に堀もありますよ」
「・・・・」
斥候部隊の隊長はガクリと膝をついた。こんな物が出来ていては簡単に潜入することなど無理だ。斥候部隊の隊長は、1年前にもロームズに来ていた。その時は堀も壁も無かったが、レガート軍が強過ぎて侵入さえ出来なかった。
今日来ている200人の内、ロームズに来た経験がある者は30人。その全員が、ロームズにだけは来たくなかったと思っている。
「最悪だ!道中雨に降られ全員疲れているのに、この壁と堀を見たら戦う気が失せそうだ……クソ!」
「あのー、今回もオリ王子ですか?オリ王子が戦争を仕掛けるのですか?」
「そうだ……我々は2週間の演習の後、休みなくロームズまで連れてこられた……疲れきっているところに雨とこれでは……勝てる気がしない……ロームズの様子はどうだ?」
「はい、ご覧のように潜入できませんが、2日前から壁の奥で大勢の声がしています。時折竹槍が堀に落ちたりするのを目撃しました」
斥候部隊の隊長は、疲れた表情で「休みたい」と漏らした。
同情した先発隊の隊長も「これが終わったら、軍を辞めようと思ってます」と漏らした。そして2人は顔を見合わせて「「は~っ」」と特大の溜め息をついた。
その頃本陣では、疲れた顔のハキ神国軍の兵達が、干し肉とパンだけの朝食をとっていた。火を使うと敵(レガート軍)に気付かれるからと、雨に濡れた体を温める為のスープを飲むことさえ禁じられていた。
夜通し歩き続けた兵と違い、立派な2頭だての馬車に乗ってぐっすりと眠っていたオリ王子は、馬車から降りるなり、黙って食事をする兵達に向かって言った。
「いいかお前達、7時になったら出撃する。この俺が直々に指揮を執る。この改良型投石機があれば、怖いものなど何もない!高々100人の兵など恐れることもない。2時間で制圧するからそのつもりで動け!」
「お前達、疲れていると思うが力を振り絞れ!昼には温かい飯と布団で寝られるはずだ。勝利は目の前だ。レガート国を撃ち破り、オリ王子の屋敷を奪い返し、ロームズをハキ神国のものとする!勝利の栄光を手にする栄誉ある兵士となれ!」
オリ王子に続き号令を掛けているのは、オリ王子が新たにハキ神国軍の総司令に任命したゲレント40歳だった。
ゲレントはオリ王子の母の従弟であり、王宮の法務部の副大臣をしていた男で、軍経験など無い素人だった。それでも何故か、自分から積極的に軍の行事に参加し「これまでの戦争で、オリ王子が思う成果が挙げられなかったのは、総司令が無能だったからだ」と豪語し、兵を鍛え直すと言って演習をさせていた。
同じようにゲレントは王子の馬車で移動しており、当然雨に濡れてなどいない。兵士の気持ちなど察することが出来ない残念な総司令だった。
まあ、労いの言葉を掛けられるだけ、オリ王子よりはましである。
30分後、斥候部隊の5人と先発隊の20人が、本隊に合流し様子を報告する。
「このバカ者め!堀があるのなら橋が必要だと分からないのか?さっさとそこらの木を切って、投石機と人が渡れる板を持ってこい!」
報告を聞いたオリ王子は激怒し、先発隊の隊長を平手打ちにした。
「申し訳ありません。我々はオリ王子様が来られるとは知らされておりませんでしたし、戦争をするとは聞いておりませんでした」
「言い訳するな!この戦いが終わったらお前らはクビだ!お前らのような役立たずに、栄誉ある兵士の資格はない」
ゲレント総司令も激怒し、同じように平手打ちしようとするが、斥候部隊の隊長が止めに入った。これ以上兵士の士気を削がれては、勝てる戦も勝てなくなるし、ただの八つ当たりとしか思えない懲罰を、全兵士の前で与えさせる訳にはいかなかった。
「総司令、今は作戦の練り直しが優先事項です。堀も壁も国境線の端から端まで造られています。国境の見張りは5名だけです。木を板にするのには時間が必要ですので、細い木を組んで渡す方が早いと思います」
今回の現場の責任者であるドーセ指揮官38歳は、冷静な判断で助言する。ドーセ指揮官は叩き上げの軍人で、部下からの信望も厚く出来る男だった。
先の2度に渡る戦争で尊敬する上官や先輩を失い、異例の出世で指揮官になったが、ドーセは今回の出兵を反対しオリ王子との関係は好くなかった。
ドーセは今回の出兵をきっぱりと断ったのだが、他に指揮できる上官達が地方に散らばっていて、偶然首都シバの部隊に居たドーセは断ることを許されなかった。それは兵達も同じで、突然演習に駆り出されたまま、無理矢理目的も告げられずルンナ基地まで連れて来られ、明日レガート国と戦争をすると言われたのだ。
しかも今回の戦争には大義名分などなく、自分が勝手に他国に建てようとしていた別邸を取り戻し、ついでにレガート国から領土を奪うという、他国が聞いたらただの侵略行為であり、勝てばいいが負けたら笑い者になるだけでは済まないだろう。そもそも王命が下っていない。
ドーセは、いっそこの戦争でオリ王子が死んでくれないだろうかと思ってしまう。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




