決戦前夜(6)
グライスとオールズ2人の事務官が、ロームズ辺境伯に仕えると責任者達の前で誓っていたことなど、全く知らないイツキは、会議で明日の演習について、各部隊の確認をしていく。
およそ1時間後、大体の用件を話し合ったところで、イツキは爆弾発言をする。
「6月26日朝、ハキ神国軍が国境に到着します」
「ええっ?明後日ですか?イツキ君、その情報はどこから?」(レン中佐)
「目覚める前に、視えました」
「…………」(全員)
「分かりました。明日は実戦を想定して隊列を組みます、疲れないよう早目に切り上げ、26日早朝に集合を掛けます」
フィリップは、イツキの言葉を疑うことなく返事をする。これまでイツキが言い出した未来予想は、どれも外れたことがないのを誰よりも知っている。
会議後、イツキは軽く食事をとっていた。具材を軟らかく煮込んだスープを用意してくれたのは、医者でもあるハキル学長である。
「領主様、夏ですが冷たい飲み物はお避けください」
「ハキル様、お願いですからイツキ君とお呼びください」
「いいえ、私はイツキ様を補佐し、お支えする側の人間です。これからは、きちんとけじめをつけねばなりません。領主としての自覚をお持ちください」
そう言ってハキルは自然とイツキに頭を下げ、にっこり笑って部屋を出ていった。
イツキはどうしよう……という視線をフィリップに向けるが、然り気無くかわされてしまう。イツキの領主生活は、こんな感じでぼちぼちと始まっていく。
◇ ◇ ◇
6月25日午前9時、ロームズ役場前には5,000人近い領民達が集まり、広場に入りきれない人も居たが、みな領主様の登場を今か今かと待っていた。
始めに役場の中から現れたのは元町長のドーレンだった。役場の入口は、階段を6段程上った場所にあるので、広場に居る領民達からはよく見えた。
「皆さん、おはようございます。ロームズは本日より正式に、レガート国ロームズ辺境伯領となり、ロームズ辺境伯様が統治されることになりました。私は昨日付けで町長を辞め、新しくロームズ辺境伯領役場の責任者になりました。そしてロームズ辺境伯様より、男爵位を賜りました」
ドーレンは少し恥ずかしそうに、自分が男爵になったことを報告する。
「おめでとうございます町長」「いや、もう町長じゃないぜ」「男爵様ばんざーい!」「おめでとうございます!」と、ロームズから貴族様が誕生したことを、領民達は喜び歓声をあげる。
「みんなありがとう!私は自分が男爵になったことより、素晴らしい領主様をロームズにお迎え出来たことを、心より慶び神様に感謝申し上げた。ロームズは本当に神に愛された町であると、皆も喜んでくれるだろう。紹介しよう!ロームズ辺境伯キアフ・ルバ・イツキ・ロームズ様だ」
ドーレンは左側に避けて、右手をドアの入口に向けた。
入口からは、やけに若い青年?が現れた。服装は領主様なのに華美でなく、装飾品も付けていない。偉そうな態度でもなく、右手を顔の高さで振り、笑顔を向けている。
珍しい黒髪は肩よりも少し短目に切り揃えられ、大きく黒い瞳は輝き、整った顔立ちである。・・・「あれ?」っと領民達は首を捻った。
自分はこの顔を知っている!この笑顔を見たことがある……何処で?いつ?と皆は記憶を辿り脳をフル稼働して思い出そうとする。
キアフ・ルバ・イツキ・ロームズ・・・えーっと……イツキ?あれ、何処かで聞いたような気がする……
領民達はお互い顔を見合わせて、答えを導き出そうとする。そして、もう一度しっかり顔を見ようと注目する。
すると、元町長のドーレンが、スッと正式な礼をとり深く頭を下げた。
「皆さん、お久し振りです。この度ロームズ辺境伯に任命されたイツキです」
イツキは無意識に金色のオーラを放ちながら、やや大きな声で挨拶をした。本来なら聞こえるはずのない路地で見ていた人達にも、優しく清んだイツキの声は聞こえた。
そう、この感覚、頭の中に直接語り掛けてくるこの感じ……この透き通る声……そして黒い髪に黒い瞳……
「「「「 !!!! 」」」」
『ギャーッ!!子供の神父様だ!!』
領民達は驚き、一瞬息が止まりそうになりながら、直ぐにその場で平伏していく。
5,000人もの人々が一斉に平伏していく光景を、役場の2階の窓から見ていた、ハキル、オールズ、グライス、レクス他イツキの関係者20人は、その光景を一生忘れないだろうと思った。
「皆さん、お立ちください。私は今日から皆さんの領主になりました。私はこれからロームズを、ランドル大陸一の学都にしたいと思っています。大陸中の優秀な学生達が、ロームズを目指し集まってきます。そしてロームズからたくさんの医者と薬剤師、看護師が巣立っていきます。そしてロームズは、巣立った者達の第2の故郷になります」
イツキは自分の導きたいロームズの未来を語る。領民達は誰も立ち上がらず、平伏したまま静かにイツキの話を聞いている。
「そんな私の夢を叶えるために、どうか協力してください。ギラ新教に操られたオリ王子などに、決してロームズの地を踏ませないよう、私と共に戦ってください」
イツキがそうお願いすると、人々は一斉に立ち上がった。そして「任せてください!」「共に戦います!」「絶対に領主様を御守りします!」「領主様万歳!」「ロームズを学都に!」と様々な声を上げる。
どの顔も喜びに満ちあふれ、奇跡の神父様が領主様だったと分かった人々は、与えられた使命を必ず果たすぞ!と闘志がみなぎっていく。
大切な大切な神父様に、キズひとつ負わせてはならないと、どの瞳も力強く輝きを増す。
午前10時、今度は医学大学前の広場で、同じようにイツキは挨拶をした。
医学大学前の広場には、演習に参加していた領民とレガート軍の関係者90人が居た。
元町長の挨拶の後、イツキの正体に気付いた領民達が一斉に平伏し、レガート軍の90人は、何が起こったのか分からずキョロキョロしたが、イツキが「お久し振りです」と言ったことから、領民はイツキ君を知っていたのだと理解した。
理解はしたが、何故平伏したのかは分からなかった。しかし、イツキの挨拶の後、領民の士気が数倍に上がったので、深く考えるのを止め演習を続けることにした。
イツキはフィリップ、ヤマギ副隊長を従えて、新しく出来た壁の内側で、ポム弾と槍投げの練習に励む領民の様子を見学していた。
「領主様、このポム弾は領主様が住民の為に作られたのですよね?」
「はいそうです。どうですか難しいですか?」
「いえいえ領主様、遊んでる感じです。俺は猟師なんですが、これがあれば鳥や小動物が狩れそうです。是非買いたいです」
ポム弾を手に持ち、がっしり体型の領民が嬉しそうに話し掛けてきた。かなりポム弾を気に入ったようで、畏れ多いと思いながらも、つい領主様に声を掛けてしまった。
「近々ドゴルで売り出します。ロームズにもドゴルを作る予定ですよ」
イツキは気さくに答えて、偉ぶりもせず笑顔でそう言ってしまった。一瞬王都ラミルのドゴル不死鳥が頭に浮かんだのだ。不死鳥はイツキが冒険者登録しているドゴルである。
『これは・・・不死鳥のロームズ店を出店して貰うことになりそうだ』
イツキは店長の渋い顔を想像しながら、にやりと黒く微笑んだ。
そしてイツキは自分もポム弾を手に取り、国境に出来た高さ3メートルの壁の上に置いてある、的の板目掛けてポム弾を撃つ。領民達の中に混じって「よし!皆さん競争です」とか言いながら、領民の遣る気を高めていく。
次に槍投げの演習をしている場所に行き、同じように力自慢の領民達と竹槍投げを競争するが、残念ながら力及ばず誰にも勝てなかった。
昼食後はレガート式ボーガンを練習している、軍の弓部隊に顔を出し、当然のように腕試しを要求される。
「僕は上級学校で槍と乗馬を習っているので、レガート式ボーガンは練習してないんです」
イツキは困った顔をして逃げようとするが、ロームズ警備隊に居たセブル25歳とエイコム24歳が、どうしてもと言って逃がしてくれなかった。
この2人、大好きだった神母キア様が亡くなって、悲しみのあまり2日間仕事にならなかったが、21日に行われた神母様の葬儀の後ようやく復活していた。
新しい警備隊隊長のゴウテスは、治安部隊から来た憧れの上司だった。なので、厳しい指導と容赦ない仕事量の中、頭を切り換え懸命に仕事をしていた。
そんな、何だか気の毒な2人に対し、イツキは一切の手加減もなく全力でレガート式ボーガンを射る。まだ少年のような青年のようなイツキの、凛とした立ち姿は絵になった。治安部隊指揮官補佐としてイツキを観れば、上手くて当たり前……しかし、若き領主様として観ると、何だかカッコいい!
周りで見ていた他の弓部隊の連中も、その腕前にホーゥと感嘆の声をあげる。
「明日は1番の手柄を期待しています。2人共頑張ってください」
イツキは領主として、2人に激励の言葉を掛けた。自分達よりずっと若い領主様に声を掛けられた2人は、なんだかドキドキした。そう言えばこの2人、女の子でも男でも、美しい人が好きだった。
午後3時、明日の早朝からの決戦に備えて、演習は早目に切り上げられた。領民達には、日中は暑いので明日は早朝から演習をすると伝えてあった。明日ハキ神国軍が攻めて来ると告げると、緊張し眠れなかったり不安感に襲われる可能性があり、真実は伝えられなかった。
明日の朝ハキ神国軍が来ることは、責任者会議に出席していた者だけが知っていることであり、軍も警備隊も隊員達は誰も知らされてはいない。
早目に演習が切り上げられたので、国境軍の見張りと、当番の警備隊員以外は教会前の丘の広場で休憩する。午後5時から各隊毎に最終打合せが行われることになった。
当然イツキは作戦参謀として、テントの中で地図を広げ、上官(中尉以上)30人に指示を出していく。
「オリ王子とハキ神国軍は普通に堀と壁側から来ると思います。しかし問題は、別動隊が街道側から来る可能性があることです。ですから、今夜からロームズは全ての人間を入国禁止にします。それでも侵入可能な場所はたくさんあります。むしろハキ神国側の方は万全なので、街道側に精鋭部隊を配置したいと思います」
「作戦参謀、人数はどれくらい必要ですか?」
シュノー部長が率いて来た国境軍のイグモ中尉が質問する。イグモは街道側の責任者だった。現在割り当てられていた人数は10人である。
「ハキ神国は、カルート国との間に不可侵条約を結んでいるので、堂々と軍隊が来るとは思えません。来るとしたらギラ新教の手の者か、私服の精鋭部隊でしょう。人数は20前後だと思います。ですから、30人は必要です。5人1組で6つの班に分け、5人は街道に出て見張ってください。残りの25人は街道から入り易い場所で待機してください」
「分かった。そちらは俺が手配しよう。剣の腕がたつ者が必要だな……そうだ、剣の腕がたつ者を選ぶ為に、作戦参謀、一役買ってください」
ヤマギ副隊長はそう言いながら、イツキの顔を見てにやりと笑った。
「はい?僕がですか?」
「おいヤマギ、作戦参謀は病み上がりだぞ!無理させないでくれ」
「フィリップ、大丈夫さ、各部隊の代表の4人と戦うだけだ」
結局作戦会議の後、午後5時半から各部隊の代表を決める試合をし、勝ち上がった4人とイツキが対戦することが決まった。全員の遣る気を高める為だと言われ、イツキとフィリップは渋々了解する。
そこへ、ハキ神国ルンナの街へ偵察に行っていた治安部隊のルドが、馬を飛ばして帰ってきた。
「イツキ君、ハキ神国軍がルンナを立つ。その数200。国境に居る20人を合わせると220になる。オリ王子は、本当に戦争を仕掛けるつもりだ!新型の投石機2基を持ってくる!」
イツキが予想していた人数の、倍の兵がやって来る。作戦本部に緊張が走った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
あと2話か3話で終わる予定です。予定より長くなっていますが、ここまで来たら書きたいだけ書こうと思います。




