眠るイツキ
通り雨が止み、商隊のテントの中で眠っているイツキを見ながら、隊員達は首を捻っていた。この子どもは誰なんだと。
「なんの騒ぎですか?凄い雷でしたね」
「ああ、雨も雷も凄かったが、コイツは眠ったまんまなんだよ。誰か分からんが」
イツキの教え子のジュソー20歳は、夜勤明けで寝ていたが、雷に起こされてテントから出てきた。すると1番大きなテントの前に人だかりが出来ていたので、建設部隊の先輩に声を掛けたのだった。
ジュソーがどれどれとテント内を覗くと、そこには恩師がスヤスヤと眠っていた。
「あれは軍学校のイツキ先生です。任務でロームズに来ていると聞きました」
「はい?軍学校の先生?あの子どもが?」
ジュソーの話が信じられない先輩方が騒いでいると、神母様の葬儀に参列していた商団長が戻ってきた。
部下の話を聞いたフジヤ少佐はテントの中を覗き、は~っと長い息を吐く。
イツキ君の実力を知らない者が見たら、確かに只の子どもに見えるだろう。自分だって初めて軍学校の武道場で会った時は、『なんだこのガキ』って思ったし。
「イツキ君は軍学校の教師であり、治安部隊で仕事をされている上官だ。決して失礼な態度をとるな!極秘任務中だから紹介してなかったが、後で正式に紹介する」
フジヤ少佐はそう言って頭を抱えた。自分達を指揮しているのが14歳の学生だと知ったら、驚くだろうし混乱し反感を持つ者も出るだろう。それにしても、あの土砂降りでも目覚めないとは・・・フィリップが言っていたように、神の力を使うということは、命を削るように膨大な体力を消耗するのだと理解した。
フジヤ少佐は、国境に出来た堀と壁を昼前に確認しに行っていたので、改めて神の力の偉大さに驚き、目の前で眠っているイツキを尊敬するのだった。
午後4時、商隊のテントにやって来たフィリップは、フジヤ少佐とイツキの扱いについて相談する。
「別に隠す必要もないだろう」
「いやフィリップ、お前はいつもイツキ君の側に居て、感覚が麻痺しているだろうが、100人の部下はそうじゃない」
「面倒だな・・・それじゃあ明日、手の空いてる奴はイツキ君に鍛えて貰えばいい。商団も売る物が少なくなったから暇だろう。決戦の日は近い。そろそろ実践的訓練に入る頃だ」
フィリップはややダレ始めている隊員たちに視線を向け、緊張感が必要な頃だとフジヤに告げる。
とりあえずイツキを起こして人質達の様子を見に行った後、作戦会議の前に自分を含めたロームズ先行組のメンバーと対面することに決めた。
「イツキ君、午後4時です。起きれますか?」
「ああ、フィリップさん。よく眠れました。お腹が空きました。喉も乾いたな」
イツキの顔色が良いのに安心したフィリップは、持って来ていたサンドイッチとスープを差し出した。いつもながら甲斐甲斐しい保護者振りである。
◇ ◇ ◇
午後5時前に教会の馬車で到着したのは、町長の弟であるエイドの家だった。
町長、工場長、統治官のウルファー侯爵、警備隊隊長のタング他7人の人質は、エイドの家に身を隠していた。当然住民にも秘密である。
16日にキアとシルビアが統治官屋敷に潜入し、懸命に看病したこともあり、統治官以外はほぼ回復していた。
事務官のオールズが人質全員に、秘書官補佐のフィリップ様が指揮を執りサイシス達を捕らえ、ロームズを奪還したと説明していたが、まだ誰もフィリップには会っていなかった。
「お久し振りです町長、秘書官補佐のフィリップです。こちらは本教会のイツキ医師です。警備隊隊長達もご苦労だった」
フィリップは努めて明るく笑顔で町長と工場長に挨拶をし、部下を労った。
「秘書官補佐、申し訳ありませんでした。全て私の責任です」(タング隊長)
「申し訳ありませんでした」(事務長ラドム、ハロッド中尉、コート大尉)
「お前達が詫びるのは、私ではなくロームズの住民達だ。明日から変装して仕事に復帰しろ!段取りはオールズに伝えておく」
フィリップは厳しい表情で言いながら、仕事に復帰しろと指示を出した。
「これはフィリップ様、この度はお助け頂きありがとうございます。まさか2年前のフィリップ神父様が、レガート国の秘書官補佐様だったとは驚きました。それから……貴方様は……もしや……」
町長は深く頭を下げてフィリップに礼を言った後、イツキに視線を移すと、何かに気付いたようで慌てて平伏した。
「これはイツキ神父様。2年前はロームズを救って頂きありがとうございました。それではこの度もイツキ神父様が、ロームズをお救いくださったのですね。ありがとうございます」
平伏したままの町長の言葉を聞いた工場長も、慌てて町長の隣で平伏した。
「お久し振りです町長さん。お元気になられて良かった。私は今回、レガート国王バルファー様から依頼を受けて、ロームズの民を救いに来ました。どうぞお2人とも礼をお解きください。ロームズは神に愛された土地ゆえ、苦難が降り掛かります。しかしこれからは、住民が一丸となって町を守らねばなりません」
イツキは慈愛に満ちた表情で、ゆっくりと話し始める。
「まだ発表はしていませんが、ギラ新教に操られたサイシス達が建てていた、バカ王子の……失礼、ハキ神国のオリ王子の別邸は、レガート国立医学大学にする予定です。既に学長も到着されています。ブルーノア教会も全面的に協力するでしょう。このロームズを、共にランドル大陸一の学都にしましょう」
「ロームズに医学大学が・・・本当ですか?」(町長)
「なんと素晴らしい話でしょう町長」(工場長)
「はい本当です。その為に、これから攻めてくるオリ王子の軍勢と戦わねばなりません。こちらの兵力は170程度ですが、新たな神の奇跡により、ハキ神国側の国境に堀と壁が出来るでしょう。住民達も手伝ってくれるはずです。ハキ神国軍に負けない投石機も設置しました。どうぞ明日から、レガート軍と警備隊、ロームズの住民、そしてブルーノア教会が一致団結して、ハキ神国軍を1歩もロームズに踏み込ませないよう戦いましょう」
イツキは意識して【癒しの能力】金色のオーラを身に纏いながら、力強く町長と工場長、そしてその場に居た全員に向かって戦いを宣告する。
「住民達はイツキ神父様の御言葉であれば、命を懸けて戦うでしょう」
町長は高揚した声でそう言うと、再びイツキに向かって平伏すように頭を下げた。
イツキとフィリップは、次に別の部屋で寝ていた統治官ウルファー侯爵を見舞った。残念ながら統治官は、どんな薬を持ってしても病状があまり回復しないままだった。それ程に強い毒を飲まされていたのだ。
「統治官様、体調は如何ですか?秘書官補佐のフィリップです」
「申し訳ありません秘書官補佐。礼をとることも出来ません。全ては私の責任です。どうか処罰するなら私だけにしてください」
統治官は話せるようになっていたが、体を起こすことも出来ないまま、フィリップを見て懇願する。
「統治官、貴方は被害者です。他の者達も同じです。敵は先のクーデターを操ったギラ新教でした。どうか心配されず養生してください。あとは私が引き継ぎます」
「ありがとう……ございます……」
統治官は一筋の涙を零すと、安心したように眠りについた。
翌日の朝、腹心の部下である事務官オールズに看取られ、統治官は静かに息を引き取る。
◇ ◇ ◇
イツキとフィリップがエイドの家を訪ねていた同時刻、【王の目】のドグと【治安部隊】のルド、イノの3人は、ハビルの街からフィリップに扮していた建設部隊のレン中佐と共に、ロームズに潜入し動きを探っていた大師イルドラの部下を追跡していた。
「ちょっと待て!お前はハキ神国の者だろう。何故勝手にロームズに潜入した?」
突然後ろから声を掛けられたイルドラの部下は、隙の無い動作で振り返り、声の主が秘書官補佐(レン中佐)だと分かると、一目散に走り出した。
午後3時から行われた、神母様の葬儀に潜り込んでいたイルドラの部下は、神母の死を確かめるため、ロームズの住民を装って教会の入口で様子を見ていた。そして、どうやら間違いないと確信したところで、教会を立ち去ろうとした。
神母様の葬儀を、途中で立ち去ろうとするような、罰当たりなブルーノア教の信者は、このロームズには1人も居なかった。
イノの読み通り潜入していたイルドラの部下を、レン中佐は確認する為こっそりと尾行し、人気が無くなった場所で声を掛けたのだった。
「チッ!」と舌打ちしたイルドラの部下は、追い掛けてくる秘書官補佐(レン中佐)目掛けて、素早く短剣を投げ付けた。
レン中佐は間一髪のところで短剣をかわし、逆に背中に担っていた新型レガート式ボーガンを構えた。
シュッと音を立てて、短い鋼の矢がイルドラの部下に向かって飛んでいく。
足を狙ったつもりだったが、鋼の矢は部下の右肩に命中した。そして、ほんの数秒間立ち止まっただけで再び走り出し逃走する。途中民家の建ち並ぶ場所に入り込んだので、住民の安全を考えて、レン中佐は走って追跡するのを止めた。
行き先は国境を越えたハキ神国側か、ロームズ内の潜伏場所のはずなので、レン中佐は傷口から落ちる血を辿り、ゆっくりと歩いて足取りを追うことにした。
一方ドグ、ルドの2人はイルドラの部下より先回りをして、国境線へと続く道や竹林で待機していた。イノは既に国境を越え、ハキ神国軍が駐留している近くで身を潜めている。
イルドラの部下が向かったのは墓地へと続く道で、墓地の直ぐ先は竹林で身を潜め易く、国境も目と鼻の先だった。
「くそ!なんだあの弓は……何故こんな重い矢を射れる……チッ!抜くと出血が多くなり気を失い兼ねない。どうやら早目に国境を越えた方が良さそうだ」
肩に刺さった矢を抜くことも出来ず、利き手も使えない今、逃げることが得策であると、男は痛みで顔を歪めながら結論を出した。
しかし竹林の奥から、数十人と思われる男達の声が聞こえてきた。こんな国境線に誰が?とイルドラの部下は首を捻ったが、そんなことを考えている暇はなかった。危険度は高くなるが、仕方なく国境軍が警備している、バリケードの方に近付き国境を越えることにした。
男が昨夜ロームズに潜入した時は、墓地の場所まで堀と壁は出来てなかった。突然出来た壁の補強すべき部分を、国境軍の兵とヤマギ副隊長が確認していたのだ。
時刻はまだ午後4時半、日が沈むには早過ぎる時間であるが、夜まで待っていては自分の体力が持たないだろうし、追手に見付かる可能性が高い。男はバリケードの手前1キロ辺りの場所で、意を決して国境を越えようとした。
「残念だったな。お前が大師イルドラの元へは帰ることはない!」
竹林の中から突然現れ、男の前に立ちはだかったのはドグだった。
「…………」
男は自分の正体がばれていたことに衝撃を受けた。そして逃げられないと悟った男は、胸ポケットの中から何かを取り出し、ニヤリと笑いそれを口に含んだ。
しまった!とドグは気付き止めようと走り出すが、イルドラの部下は血を吐き倒れ、そのまま息を引き取った。
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