神母様の遺言
◇◇ ロームズ役場 ◇◇
6月21日午前10時、ロームズ役場の3階会議室では、秘書官補佐のフィリップ、統治官代行のシュノー、国境軍副隊長のヤマギ、建設部隊のレン中佐、前衛部隊のフジヤ少佐の5人が、ハキ神国との国境線の守りについて会議をしていた。
「今朝初めて堀を見た時は、驚き過ぎて声が出なかったよ。あれが2日で出来るとは【印持ち】って凄いよ。イツキ君がギルバート神父を許しても、俺は許す気などさらさらなかったが、あれを見たら仕方ない」
ヤマギは渋い顔をして、嫌いなギルバート神父を思い出しながら言う。日の出と共に国境の見回りをしていて、突然現れた堀と壁(塀)に驚き、寝ていたフィリップを叩き起こし事情を聴いた。
「それも結局は、イツキ君の力を借りて出来たことだがな……」
「・・・・」(残りの4人)
フィリップは少し眠そうに、眠気覚ましのハーブティーを飲みながら呟く。
この5人は【奇跡の世代】であり、イツキが只の神父様ではないと知っている。自分の持っていた剣が、イツキの能力で折れない奇跡の剣に変化するという、神の力の実体験をしていたのだから。
「イツキ君は、残りの部分もギルバート神父にさせるつもりだが、壁の方は補強や仕上げが必要だ。そこでこれからシュノーには、ロームズの全住民に向けて、塀を完成させる手伝いをして欲しいと、掲示板で通達を出してくれ。そこには必ず今月中にハキ神国軍が攻めてくると、注意書を入れてくれ」
「フィリップ、そんなことをして、大混乱になるんじゃないのか?」
「シュノー、これはイツキ君の意思だ。自分の町を自分達で守る。そうしないとロームズは生き残れないとイツキ君が……。ロームズを最強の町にするためには、住民1人1人の意識改革が必要なんだと言っていた」
それからフィリップは、夜明け前にイツキが話した内容を皆に教える。
誰かが守ってくれると思っていてはダメで、軍人だけではなく自警団的に皆が有事に立ち向かえる強さを持つ。その為の新型レガート式ボーガンであり、キアフ1号なのだと。ただ耐えるのではなく、神に愛された町を自分達で守る!それこそが神への恩返しであると。
「それは・・・俺の言葉として伝えるより、亡くなられた神母キア様の遺言……ということにしたらどうだろう?」
珍しくヤマギが意見を言ったと思ったら、とんでもない内容だった。だったのだが、それならば効果てき面だろうと誰もが思う。思うのだが……そんな奥の手を使っても良いのだろうか?と心配になる。
「いや、それは妙案だ!この際住民にも神母様は亡くなったのだと、そろそろ知らせなければならない。ついでにファリスのシーバス様に葬儀をしていただけばいい。うん、それでキアさんは完全に居なくなる」
シュノーは椅子から立ち上がると、断言するように言う。
それから5人は綿密に計画を練り上げる。その計画内容は次の通りである。
本日の午後、ロームズ教会で神母様の葬儀を行う。そこでシーバス様からキア様の遺言として、先程の【自分の町を自分達で守る】という話をして貰う。そして、神は再びロームズに奇跡を起こされたと話し、住民を連れ国境の堀と壁を見せる。
住民達が驚いているところへシュノーが出ていき、間もなくハキ神国軍が攻めてくると、キア様が自分に予言されたが、どうやら本当に攻めてきそうだと告げる。そして住民に、町を守る為に壁の補強が必要だ。お金は出せないが、亡くなられた神母様の意思を継ごうと思う者は、1時間でも良いので作業に参加して欲しいと頼む。
「では早速教会に戻って、シーバス様にお伝えする。直ぐに教会の鐘を鳴らす。シュノーは午後3時から神母様の葬儀が行われると、大至急町中の掲示板に知らせを貼らせろ」
5人はニヤリと笑うと、軍学校時代にやっていたように、フィリップが出した右手の拳に、他の4人が順番に自分の右手の拳をぶつけていく。
◇◇ ルンナの宿 ◇◇
午前11時、傭兵頭のマゴンは大師イルドラの常宿に到着し、昨夜起こったロームズの惨状を正直に伝え、申し訳ありませんと言いながら土下座した。
「疫病だと?神母は疫病で亡くなったのか?」
「はい、全ての薬を人質やヒブロたちに与え、自分は飲まなかったと……」
「どのような疫病なのだ?他に感染者は?」
「残念ながら人手不足で、調べきれていませんが、ヒブロはダルーン病だと聞いたそうです」
マゴンは大師イルドラの問いに、丁寧に答えていく。答えながらマゴンは、明らかに不機嫌になっていくイルドラの声のトーンに、全身に冷たい汗をかく。
それから大師イルドラは、幾つかの質問をした。予定が大きく狂ってしまい、怒りに震える……ということもなく、むしろ最悪の状況を楽しんでいるかのようにニヤリと笑うと、いつものように優雅な所作で高級なお茶を淹れた。
「それで、レガート軍の数は?昨日来た秘書官補佐が率いて来たのは何人だった?」
「はい、イルドラ様の予想通り20人が宿泊の手続きをしました。元々居る国境軍と警備隊を合わせると、60人くらいの戦力だと思います。住民は戦力にもならないでしょうし、新たな援軍でも来ない限り100人の精鋭で、制圧出来ると思います」
これまでロームズに駐在していた軍や警備隊の数の内訳を書いて、マゴンは大師イルドラに渡す。イルドラは内訳を見ながら、「新しく来た20人は、全員が剣を携帯し数人が弓を持っていた。荷馬車の中は日用品だったと報告が上がっている」と言いながら、お茶を飲みながら暫く考える。
「よし、これから直ぐに王都へ手紙を届けてくれ、行き先はハキ神国城だ。オリ王子に200の兵を送らせる。28日の到着に向け準備をしているはずだ。既に出立していたら、途中の町で兵を増やすようお願いしろ!」
「200ですか?100で充分なのでは?200だと戦争を仕掛けたと言われます」
「戦争?それで結構。勝てばいいんだ。所詮投石機があっても、あの地形では何処からでも攻められる。国境の道など通らなければいい」
大師イルドラは完璧主義である。自分が立てた計画が失敗したのは過去1回しかない。それはハキ神国第2王子の暗殺を指示した時だった。偶然にも助けたのはイツキと本教会警備隊の数人だったのだが、イルドラはそれを知らず、ブルーノア教会が邪魔をしたと思っている。
今回の計画が失敗すれば、大師になって2度目の作戦失敗となる。
これまでイルドラは、如何なることも金と知恵と数で成功を納めていた。特に薬草の買い占めは大成功し、莫大な利益をギラ新教にもたらしている。
金庫番と言うのに相応しい働きと容赦ない作戦は、ランドル大陸の経済に影響を与える程になっている。手にした金は小国カルートの国金よりも多いと思われる。
むしろ全てが上手くいき過ぎて、つまらないと思うことさえあった。
大師イルドラは退屈していたのだ。
そんなイルドラをニヤリと笑わせる今回の騒動は、完璧主義のプライドを奮い起たせるのに、また、退屈を埋めるのに、ちょうど良かったのである。
そして、金と知恵と数を惜しみなく使い、完全勝利し作戦を終わらせる。人々は泣き叫び、恐怖で震え助けを求めてくる。多くの血が流れロームズに暴君が君臨する。
暴君はロームズの住民達を虐げ搾取する。かつてカルート国だったその地はレガート国に変わったが、結局ハキ神国のものとなりギラ新教の拠点となる。
名君と言われるレガート王バルファーは、無能さを大陸中に曝し、たった8,000の民を守れなかった愚王として名を残すだろう。
大師イルドラは、ハキ神国第1王子オリに宛てた手紙の最後に、【今回ロームズをハキ神国の物に……オリ王子様の物に出来なかった時は、以後レガート国との戦争に、ギラ新教は一切手を貸すことはありません】と書かれていた。
『ここまで書いて……しかも200人の兵を出して負けるなら、ハキ神国の崩壊も近いな……フンッ。それはそれで問題ないが、秘書官補佐のフィリップか、覚えておこう』
大師イルドラとオリ王子が、レガート国ロームズの国境線に姿を現すのは、予定よりも2日早い、5日後の6月26日のことである。総勢220人のハキ神国軍と改良型投石機2基を伴い、自分の屋敷を取り戻すという大義名分を立ててやって来る。
◇◇ 商隊テント ◇◇
午前11時、モーリスの神服を着たフィリップが、商隊のテントにやって来た。
明け方寝入ったところをヤマギに叩き起こされ、先程まで会議に出ていてので、眠くて仕方ないところなのだが、イツキのリクエストは11時に起こすことだった。
「イツキ君、11時です。イツキ君?大丈夫ですかイツキ様?」
基本目覚めの良いイツキが、声を掛けても起きないので、フィリップは暫し考える。きっと疲れが溜まっているのだと。しかし起こさない訳にもいかず、再度声を掛けながら体を揺すってみる。
「う~ん……もうお昼ですかフィリップさん……」
「イツキ君、11時です。お疲れであれば、もう少しお休みください」
「う~ん……そうだね……それで、今日の予定は順調ですか?」
半分眠っている様子のイツキを心配しつつ、フィリップは予定を伝える。これから教会の鐘を鳴らし、午後3時からキア様の葬儀をし、住民達に国境の堀と壁を見せて、共に戦うために協力させる予定であると。
「僕の、いやキアの葬儀ですか?分かりました。では、もう少し寝ています。皆さんの涙を見るのは申し訳ないので……今夜は武器作りについて会議をします……午後7時、統治官屋敷にいつものメンバーと、技術開発部の2人も呼んでください。・・・それから・・・その前に人質だった皆さんの様子を診に行くので・・・午後4時に迎えに・・・」
「イツキ君、イツキ君?」
フィリップは何度か呼び掛けるが、イツキは直ぐに眠ってしまった。やはり疲れているのだとフィリップは思った。寝顔だけ見ていると、本当にあどけない少年の顔である。寝顔をじっくりと見ていると、自分まで眠くなってしまった。
3時から始まる葬儀まで、少し教会の執務室で仮眠をとろうと、フィリップは立ち上がり商隊のテントをあとにした。
午後3時、ロームズ教会には、入りきれない数の住民やロームズ警備隊、国境軍の隊員や関係者達が集まってきた。どの顔も神母様の死を悼み悲しみに暮れている。誰もがその死を受け入れられず、あの明るい笑顔を思い出し哀しみを深くする。
夏真っ盛りの晴天が、気温をどんどん上げていくのだが、シーバス様の祈りが始まった途端、教会の上空は曇り始めた。そして祈り初めて15分が経った頃、空は黒い雲に覆われ低く垂れ込めてきた。
参列者の殆どが涙を流し始めると、突然雷鳴が鳴り響き、大粒の雨が降ってきた。暫く雨が降っていなかったので、農作物には恵みの雨である。しかし、あまりに激しく降るので、シーバス様の祈りの声が聞こえなくなった。
そして僅か5分後、シーバス様の祈りは終わり、雨も上がった。ほんの10分の通り雨だったようだが、気温は下がり涼しい風が、礼拝堂を吹き抜けていった。
一方商隊のテントは大騒ぎだった。突然の大雨に荷物を濡らすまいと、休みをとっていた者や警備をしていた者が、大慌てで作業をする。
そんな大騒ぎの中、イツキはまだ、ぐっすりと眠っていた。
「おい、誰かそいつを起こして作業させろ!」
「この雷鳴の中、なんで起きないんだ?しかもびしょ濡れになってるぞ!」
「おい起きろ!ってか誰だコイツ?」
バタバタと作業する隊員達は、眠ったままのイツキに呆れながらも、一応濡れないよう1番大きなテントの中に運んでくれた。
昨日から商隊のテントに顔を出していたイツキだが、きちんと紹介されておらず、名乗ってもいなかった。数人は顔見知りだったので、なんとなく溶け込んでいたのだ。一応役場前の市で売り子もやっていたし、オリ王子……いや医学大学の建物に納品にも行っていた。
「そう言やあ、フジヤ商団長と一緒に居たような……」
「市で日用品を売っていたぞ」
「でも、どう見ても成人してないだろう……ロームズ組の奴かロームズの住民か、どっちにしても何故起きない?」
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
更新が遅れました。クライマックスまで、あともうひと踏ん張り!




