イツキ暗躍する(5)
2階の廊下の突き当たり、見慣れた壁の小さなドアには鍵が掛かっていた。そのドアの鍵を開けて中に入ると、もう殆ど悪臭がしなくなった、人質用の部屋のドアにも鍵が掛かっていた。
「ご苦労様でした。ここからは僕がサイシスを預かります」
イツキはそう言ってサイシスを縛っているロープを受けとった。出ていく兵士と入れ替わりのように、フィリップが入ってきた。
「サイシス、これからお前に大事な質問をする。正直に答えなければ死にそうになるぞ。僕の怒りが極限になると……手加減できなくなり死ぬことになる」
「偉そうに、お前は誰だ?何故子どもがここに居る。やめろ!俺をこんな所に連れてくるな……俺を疫病にする気か、手を離せ、縄をほどけ!」
サイシスは人質と同じ部屋に入れられると分かり、本気で嫌がり抵抗する。
イツキは【銀色のオーラ】を身に纏うと、一瞬黒い瞳が銀色に変わった。そして闇の色に変化すると、気温が一気に下がっていくように、外から入ってくる夏の生温い風が冷たくなる。
フィリップが町長達が閉じ込められていた部屋のドアの鍵を開けると、安い燃料鉱石を使っている為か部屋の中は薄暗く、手枷をされたロイス元少佐がうっすら見えた。
「さあ、これからお前には、14年前のことを話して貰おう。偽王派だったお前達がどうやって爵位を守ったのか。ミノス領の伯爵に何をしたのかを」
イツキの声はどんどん低くなり、瞳は闇より深い黒に沈んでいく。
上級学校のエンター(エルビス)先輩の父親である、エンター伯爵が強盗に殺された事件について、必ず何かを知っている、又は殺人を指示した犯人がサイシスだとイツキは思っている。
「お前はミノスのエンター伯爵に何をした?」
「はあ?エンター?誰だそれ」
「ふーん……もう忘れたのか?自分が殺すよう命じた者のことなど忘れたと?」
「だから、誰のこと……だ……お、お、俺は……」
サイシスは急に息苦しさを感じ、自分の首に手をあてる。何かが自分の首を絞めている気がして確認するが、何もない。
苦しさのあまり目の前の少年の顔に視線を向けると、黒い瞳が目に入った。
目が合った途端に息苦しさは増し、視線を逸らそうとするが逸らすことが出来ない。
「早く話した方がいいぞ。お前ではこの恐怖に勝つことは出来ないだろう……」
フィリップは、苦しみ始めたサイシスを憐れむような目で見て、親切心から忠告してやる。
「知らない……なんのこと……か……分から……グッ……苦し……」
冗談等ではなく本当に苦しい。何が起こったというのか……?
「本当のことを言うまで、どんどん苦しくなる。死にたくないなら正直に話せ!嘘をつけば一気に苦しさは増す」
イツキは黒く微笑み、最後通告のように言うと【銀色のオーラ】を強く放った。
サイシスはガタガタと、恐怖で体が震え始める。震える気など無いのに、本能が危険を察知し命の危機を知らせているのだ。
「14年前、誰にどう命じた?自分が伯爵として生き残るため何をした?」
それから15分、イツキはじわじわとサイシスを追い込んでいく。言い漏らすことのないよう、1つ1つ質問に答えさせてゆく。エンター伯爵の死の真相が判るまで、決してオーラを緩めることはない。隣に居たロイスまで、イツキのオーラにあてられガタガタと震え始めた。
「ロイス、他人事ではない。お前は何時からギラ新教の信者になった?」
イツキはロイスも一緒に追い詰めていく。サイシスと違い、ロイスはイツキの瞳を見ただけで腰を抜かしていた。ガチガチと歯は音をたて、息苦しさと恐怖で顔が歪む。
午後10時、統治官屋敷の執務室で、イツキはフィリップが淹れたハーブティーを飲みながら、聞き出した真相を王様に報告するため手紙を書いていた。フィリップはロイスの話を。イツキはサイシスの話を。
「やはりサイシスが関わっていたんだ。でも主導していたのはカイの子爵ロッド・ヘイン・ドーター。真の指示者は伯爵のサイシスではなく、子爵のロッドだったとは……賢い者は愚か者の影に隠れている。ヤマノ領で捕らえることが出来なかったボンドン男爵(上級学校1年ルシフの父)のように」
イツキは知り得た真実に、ギラ新教のアドバイス……いや指示が入っていたと確信し、改めてギラ新教の汚さに腹が立った。人を殺すことに戸惑いさえなく、貴族であることに異常な程に執着する。それがギラ新教徒なのだと自分の心に念押しする。
「まさかロイスまで偽王時代からの信者だったとは……マサキ領はこれから嵐が吹き荒れるだろう。幸運にもマサキ公爵はお元気だが、これから早急に対応せねば、ヤマノ領の二の舞になるかもしれん……」
「そうですね。今回僕はマサキ領に行けそうにありませんが、どうかヨシノリ先輩の為にも、早急に動いてください。しかしギラ新教は……国を破滅に向かわせて、何をしたいのだろう……出来ればロームズで、大師イルドラにだけでも対面したいものです」
少し前にマサキ領でパルテノン先輩が洗脳され掛けたが、マサキ領にギラ新教の活動拠点があると分かったイツキは、優しい貴公子であるヨシノリ先輩を思い、早急な対応をフィリップにお願いする。
「イツキ君、大師イルドラと会う時は、必ず私を隣に置いてください」
「分かりました。これから僕は教会の仕事をしてきます。フィリップさんも一緒にどうです?ハビル正教会のシーバス様に挨拶もしていません」
心配性のフィリップの顔を見て、つい教会の仕事に誘ってしまった。
働き過ぎだと心配するフィリップに、明日は昼まで寝ていますよとイツキは笑う。どうせ明日は何も起きないでしょうからと言ってハーブティーを飲み干した。
◇ ◇ ◇
午後11時、初めて自分の【印の能力】を使ったギルバート神父を連れて、今夜も国境まで向かう一同である。今夜はファリスのシーバス様とフィリップがお供している。
夕方ようやく目覚めたギルバート神父は、シーバス様の冷めた視線を見て凍り付いた。
「ブルーノア教会に対するお前の裏切りは、もはや破門等と言うものでは済まされない。私やコウタも当然降格するだろう。お前の実家もただでは済むまい……」
シーバス様は重罪人を見るような目で、容赦ない言葉をギルバートに浴びせる。
昨日の夕方までのギルバートであれば、あれはリース様などではありませんと答えただろう。だが、昨夜自分が経験したことを思い出すと、そんなことは口が裂けても言えない。
これまで1度も使えなかった【印の能力】を、イツキの能力を借りて初めて使えた。自分でも信じられない程に強力な力を。そのせいで倒れ、15時間も眠り続けていたのだ。
まるで自分の身体ではないように重く怠い。【印の能力】を使うと、こんなにも体力を消耗するのだと、ギルバートは初めて知った。キアであったイツキが意識を失い、2日間も眠り続けていたのは、真に命を削るように能力を使ったからなのだと理解できた。
「イツキ様は、償えば許すと言われたそうだが、お前が陥れたのは、ランドル大陸を悪神教から救う運命の、六聖人のお1人だ。そもそも己と比べようとするなど、身の程知らずと言うより神を恐れぬ行いだ。……お前をロームズに送った私の罪も重い」
シーバス様はひざまずき、神に贖罪の祈りを捧げ始める。贖罪の祈りとは、己の罪を償う為に命を捧げますと神に誓う祈りである。
ギルバートは自分のしでかした行いのせいで、上司が贖罪の祈りを捧げている姿を見て、初めて自分が何をしてしまったのかに気付いた。
悪神教と戦っている六聖人の1人を、その悪神教であるギラ新教徒に売ったのである。これ以上の裏切り行為はないだろう。
「も、申し訳あ……ありませんシーバス様。わ、私にも……贖罪の祈りを捧げさせてください。本当に、私が間違っていました」
ギルバート神父は泣いた。自分の罪を理解し、上司や周りの者に迷惑を掛けた愚かな自分を悔いて泣いた。
今夜もイツキは容赦なかった。疲れなど取れていないギルバート神父の、腰の四角い印に手を当てると、自分の力を流し込む。それを30分続けたところで「後は自分でやってみろ。倒れるまで遣り続けろ」と命令し、イツキはフィリップとシーバス様の所へ向かう。
「イツキ様、これはいったい……」
全く【印の能力】を使えなかったギルバートが、強大な力で土を掘り壁を築いていく姿を見て、信じられないものを見たという表情でシーバス様は質問する。
「シーバス様、私はギルバート神父がロームズに来た時から、彼に国境の堀と壁を造って貰おうと思っていました。本来なら罰としてではなく、能力を開花させてやりたかったのですが、それでは益々驕っていたかもしれません。彼の能力には限界があるようです。この作業が終われば、あの素晴らしい能力は枯渇するでしょう」
イツキは少し残念そうな表情で「印持ちでなくなる。それで充分な罰だと思います」とシーバス様に告げる。それは、他の誰も罰を受ける必要はないという意味なのだ。
「しかし、それではあまりにも軽すぎるのでは……」
「シーバス様、私はリースです。私は《裁きの能力》を持って、六聖人の中の【裁きの聖人】として活動しています。そして《癒しの能力》という2つ目の能力を持って、【予言の子】としての責務を負っています。私が決めたことです」
イツキはギルバート神父の働く様を観ながら、シーバス様とは視線を合わせず、きっぱりと言い切る。これは命令なのだと。
シーバス様はひざまずくと深く頭を下げ、謝罪と感謝の気持ちを込めて「承知しました」と応えた。
フィリップは、初めて聞いたイツキの正式な能力名と、イツキの負っている責任の重さに胸が苦しくなりながら、シーバス様の隣にひざまずいた。
午前3時、昨夜の1キロに加え、今夜は2キロ掘り進んで合計3キロ工事が進んだ所で、ギルバート神父は倒れた。今日は荷馬車で来ていたので、教会警備隊の5人はギルバートを荷馬車に乗せると、先にロームズ教会へと帰って行った。
「フィリップさん。明日から建設部隊の皆さんに、ランドル山脈から堀に水を引くための工事をしていただきます。これから指示書を書いてから寝るので、11時に商隊のテントに来てください」
「了解しました。お身体は大丈夫ですか?昨日も今日も能力を使われていますが?」
「大丈夫ですよフィリップさん。シーバス様、ギルバート神父は暫く神父として使えません。申し訳ありませんが、あと2日ロームズに滞在することは可能でしょうか?」
イツキは熱心な信者である住民達の為に、もう少しだけファリスとして滞在して欲しいと頼んでみる。
「はい大丈夫です。これまでの苦難を思えば、私の祈りで住民達が喜ぶのであれば、なんなりとお申し付けください」
昨日の午後、ギルバート神父に代わり祭壇に立ったシーバス様は、「ファリス様が来てくださった」と泣いて喜ぶ住民達を見て胸が熱くなり、信仰の素晴らしさを改めて神に感謝していた。
3人はこれからのロームズとブルーノア教会、そしてギラ新教について話しながら、暁月夜の道を歩いて帰る。
商隊のテントに戻ったイツキは、見張りの者に手を振って、鉱石ランプの明かりの下で、商隊として来ている70人の仕事を書き出していく。書き終えると見張りの者に「朝食前にフジヤ少佐に渡しておいてね」と頼み、自分に用意された寝床に潜り込んだ。
見張りをしていたのは、イツキが軍学校で教えていた2年目の卒業生だった。
6月21日午前7時、全く眠れそうもなかったシーバスは、礼拝堂で朝の祈りを捧げた後、リース様のことを考えていた。
2年前にイツキがロームズに来た時から、1度はお会いしてみたいと願っていたシーバスだった。実際に会ってみると、その知力と並外れた能力に圧倒された。
12歳の時のイツキにも驚いたが、14歳になったイツキは、神々しいまでに輝いて見えた。教会警備隊のコウタが「一言で言うと眩しいお方です」と言っていたが、本当にその通りだと思った。
祈りの後シーバスは、本教会から来ているソデブ医師とリーズとシルビアから、リース様の話を色々と聞くのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




