決戦前夜(1)
午後6時を少し過ぎた頃、ロームズ役場前で市を開いていた10人が、商隊のテントに戻ってきた。売り物の4分の3は売れ、残り僅かとなっていた。
同じ頃、ランドル山脈からハキ神国との国境に出来た堀に水を引く工事をしていた60人も、ちょうどテントに戻って来たところだった。
学長のハキルが率いてきた116人の内、16人は統治官屋敷で暮らしていた。70人の建設部隊と30人の前衛部隊は、教会前の丘の上でテント暮らしをしていた。100人全員がレガート軍の兵士であり、テント生活など当たり前のことで、別段困ったこともない。そんな商隊のテントの今夜の夕食担当は、前衛部隊の9人だった。
ではそろそろ食事を配ろうかと思っていたところに、ロームズ教会で暮らしている関係者がやって来た。
これまで先行してロームズに入っていた者との接触を禁じられていたので、どんな役職の誰が来ているのか、レン中佐とフジヤ少佐以外は知らなかった。
統治官屋敷で暮らしている新警備隊11人と事務官5人は、昨夜説明を受けていた。
「全員整列しろ!先行部隊が挨拶に来られた。明日から合同訓練に入る。しっかりと顔を覚えるように」
前衛部隊を率いるフジヤ少佐が、大きな声で号令を掛けた。
「絶対に失礼のないように!凄い上官がおられるからな!」
応援部隊の総責任者である、建設部隊を率いるレン中佐は、整列した部下に厳しい表情で伝える。
やって来たのはイツキが率いる別動隊7人と、シュノー率いる本隊20人の内18人の計25人だった。技術開発部の2人は統治官屋敷で暮らしている。
先に前で挨拶し全員を紹介するのは、国境軍のヤマギ副隊長だった。
「国境軍のヤマギだ。知っている奴も知らない奴も居るだろうが、俺は噂通り厳しいぞ。所属は軍本部で副隊長だ。国境軍は横にいる15人だ」
強面で厳しいという噂のヤマギ副隊長だと知って、応援部隊の全員に緊張が走る。
国境軍と建設部隊は、軍本部の建物の中で隣同士だったので、ヤマギ副隊長の名前は結構知れ渡っていた。15人は名前と階級、本来の所属部隊を言っていく。
「次に今回のロームズ奪還作戦を指揮している、本部のメンバーを紹介する。これから指令は全て本部から出る。報告はこれまで通り自分の上官にするように。では1人ずつお願いします」
ヤマギ副隊長の司会で、残りの9人が前に並び、左端から順に自己紹介していく。
「ハモンドです。階級は少尉。所属は軍本部、ソウタ指揮官の下で働いています」
「レクスです。同じく少尉。所属は王宮警備隊です」
「ドグだ。階級は大尉。所属は【王の目】」
ドグが【王の目】と話した途端、隊員達から「オオー!」と低い声が上がった。レガート軍で働いている者にとって、【奇跡の世代】と【王の目】は憧れであり尊敬する上官だった。皆がピシッと姿勢を正す。
「ガルロだ。階級は大尉。所属は同じ【王の目】だ」
再び「オオー!」と低い声が上がり、隊員達の緊張が高まってくる。
「ルドだ。階級は少佐。所属は【治安部隊】潜入捜査担当」
「イノだ。階級は少佐。所属は【治安部隊】ギラ新教担当」
治安部隊という言葉に、皆の緊張感は増し声が出ない。治安部隊自体が今年出来たばかりの新しい部隊であり、先のヤマノ領でのギラ新教徒との戦いは、【治安部隊】が指揮を執って成功したのだと、レガート軍内部では周知の事実だった。また、【治安部隊】に選ばれたということは、かなりのエリートであると誰もが知っていた。
羨望の眼差しで2人を見る。そしてまだ残っている3人に視線を向け、これ以上の階級の上官が居るのかと思うと、益々緊張していく。
しかし、何故か場違いな少年が1番右端に並んでいることに、全員が首を捻る。
「技術開発部のシュノーだ。階級は部長。今回俺は他の2人の部下と共に、投石機キアフ1号設置の為にやって来た。既に投石機は設置してある」
「ええーっ!」と全員の驚いた高い声が上がる。本来技術開発部は表に出ない。だからシュノー部長の名前は有名でも、指揮官と同じ階級の部長に会える機会などない。
ちょっと待て……ではシュノー部長より右に居るのは誰だ?と、全員が嫌な……いや恐ろしい予感がしてきた。妙な汗が流れ始め、みなゴクリと唾を呑み込む。
緊張のあまり体に力が入っている部下達を見ながら、フィリップはフッと笑い、余裕の表情で微笑んだ。めちゃくちゃ男前の美しい金色の瞳で。
「フィリップだ。秘書官補佐をしている」
「・・・・・・」(全員)
ギャー!!と全員が心の中で叫んだ。こんな場所で、【王の目】を率いるフィリップ秘書官補佐様に会えるとは・・・非道なまでに容赦ない男とか、美しすぎる暗殺者等と呼ばれ、実質的に【奇跡の世代】を率いているスーパーエリートである。
慌てて正式な軍礼をとり頭を下げる。正直全員体が震える思いである。当然恐怖で……
「今回のロームズ奪還の責任者は俺だ。見て分かるようにシュノー、ヤマギ、イノ、ルド、ドグ、ガルロ、そしてお前達を引っ張って来たレン、フジヤも全員が【奇跡の世代】だ。そして今回、俺達【奇跡の世代】を動かし、作戦参謀を務めているのが俺の隣に居る男だ」
フィリップはよく通る威厳のある声で、自分が責任者であることと、作戦参謀なる人物が居ることを説明する。これまでの慣例では、責任者が作戦を立てるのが当たり前だったので、作戦参謀が別に居るなどと、聞いたことさえ無かった。しかも少年だ・・・
「イツキです。所属は【治安部隊】。階級は指揮官補佐です。フィリップ秘書官補佐からご説明頂きましたが、作戦は僕が立てます。早速明日から実地訓練を開始しますので、しっかりと付いてきてください。僕の予想では月末までに、必ずハキ神国軍が攻めてきます。今回、レガート国は初めてハキ神国と直接戦争をすることになるでしょう。しかし、恐れることはありません。既に完璧な作戦が実行されており、ロームズの住民も戦いに参加させます」
イツキは100人の兵を前にしても、当たり前のように指示を出していく。言われた側の兵達の戸惑いは半端ないが、まるっと無視して作戦参謀らしく断言する。
イツキを知っていた十数人を除き、この少年が本当に作戦参謀なのかと、確かめるように自分の上官に視線を向ける。
当然の反応だと予想していたフジヤ少佐は、部下に向かって切り出した。
「イツキ君を【治安部隊指揮官補佐】に任命したのは、キシ公爵とギニ司令官だ」
「・・・・・」
あまりの大物、軍のトップと【奇跡の世代】のトップの名前を聞いて、兵達は益々混乱する。あまりに高位過ぎて実感が湧かなかったのだ。
◇◇ 統治官屋敷 ◇◇
午後7時半、今夜の責任者会議は夕食を食べながら行われた。
現在統治官屋敷では、5人の女性が食事や掃除などの仕事をしてくれているので、美味しい食事をとることが出来た。
「明日から実地訓練に入ります。警備隊11人は住民にレガート式ボーガンを指導してください。国境軍はそのまま侵入者を防ぎ、出入国の管理を強化してください。ロームズ警備隊は、国境に出来た堀と壁の補修に来てくれた、住民達に指示を出してください。フジヤ少佐、前衛部隊は明日から技術開発部と武器を作ってください。建設部隊は堀に水を流す工事の完成を急いでください」
イツキは冒頭から指示を出していく。全ての準備には最低6日は必要だと思っている。時間的にはギリギリだが、25日には、ハキ神国軍が攻めて来た時を想定し、予行演習をしておきたいと皆に告げる。
「事務官のグライスさん、明日から人質だった者が復帰します。しかし現場ではなく事務仕事をして貰うので、軍の事務所を、一旦医学大学の建物に移してください。新しく来た事務官5人も軍で使ってください」
「警備隊のタング隊長にも事務仕事をさせるのですか?」
「そうです。武器作りや壁の補修に掛かる資材の調達や支払い、応援部隊滞在の食料調達、仕事は山程あります。それからフジヤ少佐、明日から前衛部隊は、商隊のテントから医学大学の建物に移ってください。商隊の商品は全て医学大学で使うので、市は今日で終わりです」
「「了解しました」」
今夜も色々な指示を出すイツキを見て、フィリップとシュノーは何も口を挟まない。自分達では気付かない事務方の仕事にまで気を配り、大胆に部隊を動かす手腕に感心こそすれ、異議を唱える事項が無かった。
「ハキル学長、申し訳ありませんが、国境で作業をする住民のケガが心配なので、看護師のリーズと一緒に現場で待機して頂いても良いでしょうか?」
「もちろんだよイツキ君。僕だけが遊んでいる訳にはいかない。様子を見て薬草採取にも出掛けよう」
ハキルは嬉しそうに言いながら、積極的に働くことを約束してくれた。
◇ ◇ ◇
6月22日午前7時半、統治官屋敷で泊まり朝食を終えたイツキとフィリップは、事務官のオールズから、統治官ウルファー侯爵が明け方亡くなったと報告を受けた。
イツキはオールズに遺体を教会に運ぶよう命じ、午後3時から葬儀を行うと告げた。
「とてもいい統治官様だったのに……遠いロームズの地で部下の裏切りで毒殺されるなんて、ウルファー侯爵の無念を思うと、本当にギラ新教を許せない気持ちになります」
イツキはウルファー侯爵の死を悼み、オールズに今日は休むよう命令した。
そして、有事の前に統治官の死を皆に告げることは、今は避けるべきだと結論を出し、葬儀は教会に居る者だけで行うこととした。
午前8時、気持ちを切り替え商隊のテントにやって来たイツキは、武器作りをする前衛部隊30人に、住民が使う竹槍とポム弾を作るよう指示を出した。
フィリップは本部である教会に戻り、ハキ神国の様子を探ってくるよう、治安部隊のルドとイノに指示を出す。
イツキは先に技術開発部の2人に、持って来ていたポムベルトを3センチ×20センチに切って貰う。前衛部隊にはふんだんに有る竹を切り出してくるように指示を出す。
イツキは見本用に準備しておいた、3センチ幅の竹を火で炙りながら上手く曲げていく。その曲げた竹を長さ20センチの真っ直ぐな竹の、上から4センチ辺りに穴を明け通していく。曲げた竹の両端にポムを取り付け、上手く固定したら見本のポム弾の完成である。
その様子を見ていた技術開発部のコウヤとベルムが、目をパチパチしながら驚く。
弓でもないボーガンでもない、矢を使わず小石を飛ばす武器の完成に、開いた口が塞がらない。
試しにイツキが小石を使って飛ばしてみると、意外な威力に「なんだそれはー!」と驚きの声を上げた。
投石機で使う石球を作っていた建設部隊の10人は、イツキが作っている新しい武器を、怪しげな視線でチラチラと見ていたが、イツキが小石を拾って撃った瞬間、「えええぇーっ!」と全員が叫んでいた。
そんな皆の叫びなど聞こえなかったかのように、イツキはスタスタと歩き、丘の1番高い斜面の前に、半分に割った2メートル程の竹を、50センチ間隔で3本地面に突き立てた。そして5メートル、7メートル、と徐々に下がっていきながら、小石で立てた竹目掛けて撃っていく。
15メートル離れた場所まで下がると、目印になるよう線を引いた。
その様子を見ていた12人は目をキラキラと輝かせ、自分もその新しい武器を撃ってみたくて、ウズウズするのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
金曜までイベント出張です。更新が少し遅れます。




