イツキ暗躍する(3)
◇◇ ハビルの街 ◇◇
20日午前、ハビル経由でロームズに向かう47人は、冒険者として動いていた7人が朝1番の6時発の辻馬車でロームズに出発した。
偽のフィリップに扮している【奇跡の世代】である、建設部隊のレン中佐32歳が率いる10人は、午前7時と8時の辻馬車に分かれて出発した。
秘書官補佐のフィリップに成り済ましているレン中佐の馬車には、大師イルドラの部下が一緒に辻馬車に乗り込んでいる。
商隊としてハビルに来ていた10人は、5人が荷馬車に乗り午前8時に出発し、残りの5人は馬車をチャーターして9時に出発した。
ハキル・クレマンス率いる本隊20人は、大師イルドラに探り当てられることなく、チャーターした馬車や、午前9時と10時発の辻馬車に乗りロームズを目指す。
ハキルと新警備隊隊長に就任するゴウテスと部下4人は、ハビル正教会のファリスのシーバス様と一緒に、教会の馬車でロームズへ出発した。出発時刻は午前9時だったので、午後2時にはロームズに到着する予定である。
47人はバラバラでロームズに向かうため、到着時間もバラバラになる。
1つの団体であるとは決して思われることのないよう、総隊長であるあるレン中佐が考えた策だった。
1番早くロームズに到着するのは、冒険者に扮する7人で、正午には到着する予定だと、ハビル正教会のシーバス様が、イツキのハヤマのミムで、日の出と同時に手紙をロームズ教会に飛ばしていた。
今回ファリスのシーバス様がハキルに同伴しているのは、教会警備隊リーダーのコウタがミムを飛ばして、ギルバート神父の仕出かした悪行を知らせたからである。シーバス様はリースであるイツキに侘び、ギルバート神父を本教会のファリス会議に連行する為にやって来るのだった。
大師イルドラは部下の1人を秘書官補佐(レン中佐)の見張りにつかせ、自分はハキ神国のルンナの常宿で待機する。
秘書官補佐の動きを部下に探らせ、2日後にルンナに報告しに戻ってくるよう指示を出していた。
元々大師イルドラは、サイシスを信用などしていなかった。
信用していたのは部下のマゴンだけであり、サイシスはただの駒であり使い捨ての傭兵と、なんら変わらない扱いだった。
ハキ神国の伯爵位を与えるのはオリ王子であり、ギラ新教にとっては無能な人間だが、目的達成の為に働かせているだけの存在に過ぎなかった。
◇◇ ロームズ ◇◇
ロームズ役場の前でサイシスにケンカを売った統治官代行のシュノーは、サイシスという男に驚いていた。
サイシスは商団長が付けた売約済みの札を剥ぎ取り、本棚は自分が先に商団長と交渉したのだから、自分の物だと主張し始めたのだ。
商団長であるフジヤに金貨100枚を渡し、金も先に払ったと言い、シュノーが反逆者と言って売ったケンカが、本棚の所有権をめぐるケンカになっていた。
最早常識や嫌みも通用しないサイシスに、どっち道オリ王子の別邸はレガート国の物になるので、あっさりと本棚を渡し呆れ果てるシュノーだった。
サイシスは勝ち誇ったように「金貨100枚分の家具と食器を納入しろ」と威張って商団長に命令し、荷馬車に乗って帰ろうとする。
「サイシス、秘書官補佐様が到着されたら、お前は捕らえられることになる」
「私を捕らえるだと?笑わせるな」
サイシスは吐き捨てるように言い、傭兵に荷馬車を出すよう命じた。
人質も居なくなったというのに、何故か強気の態度をとっていることに、シュノーは不安を覚えた。もしかしたら、我々の知らない何かが隠されているのではないかと。
正午になり続々とハビルの街から応援部隊が到着してきた。
その頃イツキは・・・
「いらっしゃい、いらっしゃい。この石鹸はちょっと高いけど、女性にプレゼントしたら絶対に喜ばれる逸品だよ!そこのお兄さん、ビシッと決めたいならこれにしなよ!」
「えーっ……本当に?あいつ喜ぶかなあ?」
「俺の好きな香りなんだって言えば、バッチリだよ!」
年の頃なら22歳くらいの青年に、元気よく石鹸を売り付けている少年は、産まれた時から商人の子どもだったかのように商売上手である。
そんな少年の元気なやり取りを、昼休みになったレクスが悲愴感を漂わせながら、役場から出てきて偶然見掛ける。
「あーっ!!!」
レクスはイツキを指差し、思わず大声で叫んだ。そして口をパクパクさせ目を大きく見開く。
「おや、役場のお兄さんも石鹸を買いたいとか?急がないと、あと2個しか残ってないよ。大事な人にプレゼントするチャンスだよ」
驚いて目を丸くしているレクスに向かって、イツキは商隊の売り子として話し掛けた。それはそれは眩しい程に明るい笑顔で。
イツキを見たレクスは、ポロポロと大粒の涙を溢しながら、イツキの近くに寄っていく。そして「イツキ先生……」と呟きガバッと抱き着いた。
「あれ、誰かと思ったらレクス兄さんじゃないですか。なんでロームズに?」
久し振りに知り合いに会った風を装いながら、自分よりもかなり大きな教え子の背中を、ポンポンと優しく叩くと「次の指示を書いてある。今夜統治官屋敷で責任者会議をする」と小声で伝え、石鹸1個を指示書入りの袋に入れて手渡した。
次の指示だと聞いたレクスは、尊敬し大好きな師を思う弟子から、直ぐに部下へと気持ちを切り替えていく。
「石鹸ありがとう。仕事が終わったら飯でもおごるよ。仕事頑張れよ!」
レクスは涙を拭いて、笑顔で手を振り役場の中へと戻って行った。
その2分後、役場の2階で全部隊の連絡係りをしていた【王の目】のガルロが、息を切らして市の中まで走ってきた。そして元気に商売をしているイツキを見て、安心したように片手を上げ再び役場内に戻って行った。
午後3時、商団長フジヤはサイシスからの注文品を、少し早いがオリ王子の別邸に納入することにした。
商品は2台の荷馬車に積まれ、部下10名を伴って役場前を出発した。当然そのメンバーの中にイツキも入っている。
「荷馬車ごと商品を置いてゆけ。後は我々が搬入する。荷馬車は明日返しに行く」
サイシスに代わり対応に現れたのは傭兵2人だった。
「いえいえ、我が商団のモットーは搬入までが仕事だということです。自分達の手で丁寧に商品を傷付けないよう運び込みます。以前お客様自身が搬入され破損してしまったり、わざと傷を付けて値引きさせられた経緯があります。酷い客の中には商品よりも高い、荷馬車を狙ったと思われる泥棒まがいの者もおりました。それ故、搬入までさせていただきます。特に最高級家具に傷を付けたら、貴殿方が主人に叱られることになりますよ」
商団長のフジヤは堂々とそう告げ、先ず始めに納入すべき絨毯を運び込むよう部下に指示を出し始める。
傭兵2人は困ったことになったという顔をして、「少し待ってくれ」と言いおき屋敷の中に入っていった。どうやら荷馬車を奪うのは無理なようだとサイシスに報告し、搬入の許可を貰わねばならない。あんな重そうな家具から日用品まで、本当は搬入などしたくない傭兵だった。
「チッ!生意気な。仕方ない。2階の私の部屋に絨毯と高級家具を、隣の部屋に残りの家具を置かせて、食器類はキッチンに置かせろ!日用品は1階の空き部屋でいい」
サイシスは荷馬車も欲しかったのだが、それは疫病から回復したヒブロに買いに行かせるしかないと諦めた。
イツキたちは別邸の様子を探りながら、丁寧に商品を搬入していく。1番高い商品を搬入する部屋がサイシスの部屋であり、家具の配置もフジヤが指示を出し、配置し終えたところでサイシスを呼び了解を得た。
イツキはその部屋を見回し、医学大学の学長室として、まあまあの風格になったと独り頷く。そろそろハキル学長が到着する時刻である。
イツキの指示書を受け取ったレクスは、その指示書をガルロに渡し、ガルロはロームズ教会でフィリップ、シュノー、国境軍のヤマギ、マーチェンと一緒に作戦会議をする。
「これから国境軍はロイスが潜伏している借家に行き、不法入国した傭兵を含む全員を武力で捕らえろ。2度とレガート国に入国しないと誓わせ、ハビル経由で母国ハキ神国に帰るのがいいか、戦って死ぬのがいいか選ばせろ。ヒブロとロイスは、交代でレガート国に帰る者達が連行する。技術者達もハビル経由でハキ神国に帰せ」
フィリップはイツキからの指示書を見ながら、国境軍に新たな指示を出す。
「了解しました。それでは本隊10人とロームズ隊10人で、直ちに向かいます」
国境軍の指揮を執っているヤマギ副隊長は、直ぐに立ち上がり執務室を出ていく。
「マーチェン、残った国境軍20人は、そのままハキ神国の者を入国させないよう、交代で国境の入国審査を厳しくしろ」
「はい秘書官補佐。入国出来ない理由はどう言えばいいでしょうか?」
「簡単だ。オリ王子がロームズに戦争を仕掛けてくるという情報が入った。でいい」
マーチェンは成る程と頷いて、2ヶ所の入国口に伝令に向かった。
午後2時、ロームズ教会にハビル正教会の馬車が到着した。
教会警備隊のコウタに案内されて、シーバス様とハキル・クレマンス、新警備隊隊長のゴウテスが執務室にやって来た。
「お久し振りですシーバス様。ちょうどいい時にお越しくださいました」
「こちらこそ、ギルバート神父がご迷惑をお掛けし、申し訳ございません」
フィリップは2年振りにお会いしたファリス様に礼をとり挨拶する。シーバス様も軽く頭を下げられ、2人は握手を交わす。
「初めまして。私はハキル・クレマンス、またの名をハキル・ジ・レガートと言います。この度バルファー王の命により、ロームズに赴任して参りました」
ハキルは努めて爽やかな笑顔を作り、丁寧にフィリップやシュノー、ガルロに向かって挨拶をする。自分の存在を、国民は好く思っていないだろうと思うと、全く自信のないハキルだったが、フィリップ達が直ぐに正式な礼をとり、笑顔で「お待ちしておりました」と答えたので、肩の力を抜くことができた。
「秘書官補佐、新しく警備隊隊長に任命されましたゴウテスです」
「ああご苦労。治安部隊は優秀なお前を出しても良かったのか?」
「有難いお言葉、私は上司であるイツキ君の、いえ指揮官補佐のファンでして、自分から志願してきたのです」
恥ずかし気もなくそう言いきるゴウテスは、最も尊敬する上司であるソウタ指揮官から、数々のイツキ伝説を聞かされており、ギラ新教対策の指揮を執ってきた。
フィリップは3人を椅子に座らせ、ロームズの現状を説明していく。そして、総指揮を執っているイツキの様子も伝える。
「それでは、今夜が最終決戦なのですね。新しく来た117名は何もしない……それで宜しいのですか?」
「そうだゴウテス、奴等は今日初めて、シュノーが連れてきた15人が国境軍だったと知るくらいだ。国境の直ぐ側にはハキ神国軍20人が待機している。間もなくオリ王子が軍を率いて来るだろう。その時の人数を減らす為にも、こちらの人数が60人にも満たないと思わせねばならない。我らの指揮官は、完全勝利に加え血を流すことを嫌われる。そして力の差を思い知らせることをお望みだ」
フィリップはニヤニヤと黒く笑いながら、完璧に作戦を遂行する為の作戦だからと説明する。
なんだかイツキの知らないところで、イツキの黒さが……いやイツキの人物像が、どんどん怖い人になっていく。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




