イツキ暗躍する(2)
◇◇ オリ王子の別邸 ◇◇
6月20日朝、サイシスとロイス少佐は、昨夜遅く統治官屋敷からヒブロ、テンパル、ビラン、ゴードン、設計士の計5人を、新たに借りた借家に移したと傭兵頭のマゴンから報告を受けていた。
「それで、今にも死にそうなのか?」
「いえサイシス様、どうやら神母は自分は薬を飲まず、ヒブロ達に全ての薬を与えていたようで、快方に向かってます」
「バカな女だ。ヒブロ達など助けず、自分が助かれば良いものを……どこまでもこの私の邪魔をする。このままでは大師イルドラ様のお怒りを買うことになる。せめてオリ王子様の別邸だけは、何があっても完成させる」
サイシスは忌々しそうな顔をして報告を聞き、死んでしまったものは仕方ないと思うことにした。疫病だけは自分の力では、どうすることも出来なかった筈だから、正直にイルドラ様に話せば許して貰えるだろうと考えた。
「サイシス様、人質が死んでしまった以上、国境軍も警備隊も住民も命令に従わないでしょう。これからどうされますか?今日本国からやって来る秘書官補佐に、奴等は全てを話すでしょう。そうなれば我らの計画に支障が出るのは必至」
ロイス少佐は昨日の国境軍の強気の態度を思い出す。自分に向かってレガート式ボーガンを構えていた姿を。下手をすると直ぐにでも捕らえられても不思議ではない。
「一旦ハキ神国に身を隠してはどうでしょう?我々が居なくなれば、奴等も安心するでしょう。そして安心して本国に帰った所で、全てを奪い返せばいいのでは?」
マゴンは今の状況では、とてもレガート軍や統治官代行のシュノー達には勝てないと判断している。
傭兵たちが捕らえられ、戦力としての傭兵の数は15人足らず・・・昨夜潜入させた裏ドゴルで集めた傭兵を入れても、今日新たに奴等側に10人以上が加われば、勝てない可能性が、いや、絶対に勝てないだろう。
予想外だったのが、ハキ神国から連れてきたハキ神国軍である。
昨夜傭兵を統治官屋敷に行かせるために国境を越えたが、ハキ神国軍の兵士は「これがレガート国との戦争となるのであれば、ここから動くことは出来ない」と言い出したのである。
いくら戦争ではないと説明しても、武力で他国に侵入すれば、それは侵略とみなされると主張し、王命以外ではハキ神国の国境を超えられないと20人全員が主張した。
「いくら気を揉んでも仕方ない。捕らえる気ならもう来ているはずだ。それにシュノーでは軍は指揮できない。とにかく大師イルドラ様を迎える準備はしておけ。都合よく市が立っている。家具や食器は全て買い取ってこい!ああ、面倒だから全ての商隊を、この屋敷まで連れてこい!」
危機感の薄いサイシスは、マゴンの進言を後回しにし、とにかく早くハキ神国の伯爵になることを優先しようとする。
マゴンは分かりましたと返事をして部屋を出ていく。傭兵を呼び商隊を全て連れてこいと指示を出す。そして、いざという時の自分の身の振り方を考えるのだった。
◇◇ ロームズ教会 ◇◇
午前7時、何時もならギルバート神父が朝の祈りを捧げる時間である。
しかし、ギルバート神父は朝食の時間になっても、姿を見せなかった。
教会警備隊のコウタによると、昨夜は教会の修行の為に深夜まで頑張っていたので、夕方まで目覚めないかも知れないと言う。
キアの亡骸は応接室に移され、医師のソデブと看護師長のリーズが一晩中見守っていた。シルビアは衰弱が酷いと言うことで、宿に無理矢理戻された。
今朝に限ってフィリップ秘書官補佐まで、朝食時間になっても姿を現さず、統治官代行のシュノーは食べたくないと言って、水だけ飲んで執務室に戻っていった。
「これからどうなるんだろう?総指揮官であるキア様が亡くなられ……俺たち……俺はどうしたらいいんだ……」
そう言いながら涙が堪えられないのは、日の出前から教会にやって来た、警備隊のエイコム24歳である。その隣で拳を強く握り、堪えようとして堪えきれず涙を流しているのは、同じく警備隊のセブル25歳だった。
2人はロームズに居た誰よりも早く、キアに出会い警護してきた。
「僕には到底信じられない。あのキア様が、奇跡を起こすあのキア様が亡くなるなんて、きっと前みたいに眠っておられるだけだ」
レクスは気丈に朝食を無理矢理口に入れ、皆に信じないと断言する。現在役場の職員として働いているレクスは、昨夜役場から帰ってきてキアの話を聞き、執務室に行こうとして教会警備隊に止められ、他の隊員たちも入れないのだと説明を受けた。
キアの変わり果てた姿を目撃していた者は、生きている様子ではなかったと何度も説明した。
昨夜は教会に居た殆どの者がキアの死を悲しみ泣いた。それでもキアと一緒に本隊としてやって来た者達の中で、治安部隊のイノやルド、国境軍のイグモ、王の目のドグやガルロは泣かなかった。そして生きていると願っている。
「みなさん大変です!キア様が……神母様の御遺体が消えました!」
叫びながら集会所に駆け込んできたのは、医師のソデブである。余程慌てたのか靴も履いていない。
「何者かに眠り薬を飲まされたのか、私たちは今目覚めました。そして部屋の中を見ると……キア様の御遺体が、忽然と消えていたのです」
看護師のリーズはそう告げた後、その事実が信じられないようで呆然と立ったままである。
「「なんだって!!」」
その場に居た全員、およそ50人が驚きの声をあげた。
「警備は誰がしていた?教会警備隊の者は留守だったはず。誰が誰が警備を?俺は明け方近くまでキア様の亡骸と一緒に居た。仮眠の為に執務室に戻ったのは4時頃だったが、外の警備をしていた者は、何も見ていないのか?」
大きな声で昨夜の警備状況を訊ねたのは、フィリップ秘書官補佐だった。
「はい、ロームズ警備隊4人が執務室棟を囲んでいました。門の前にも1人配置していましたが、怪しい動きはありませんでした。我々は決して居眠りなどしていません」
7時まで執務室棟の警備をしていた警備隊のシードルフは、他の隊員もコクコクと頷くのを確認し、フィリップに自信を持って報告した。
「神様だわ!きっと神様が、キア様をお連れになったのだわ!」
集会所の入口を見ると、薬剤師のシルビアが立っていた。そして両手を胸の前で組み、スッとひざまずき祈りの言葉を呟き始める。
ロームズ教会は悲しみのどん底から、不思議な、有り得ない出来事に振り回される。
◇◇ ロームズ役場前 ◇◇
役場が開く午前8時前、3つの商隊は早々に市を立てる準備をしていた。
そこにサイシスの命令で傭兵がやって来て、全ての商品を持って工事現場まで来るよう命令した。
「申し訳ありませんが、我々はここで市を立てると住民の皆さんに約束しています。どうしても買いたい物があれば、売約済みの紙を貼っておきますので、ご希望の商品を指定してください。夕方には商品を納品いたします」
今日商隊を仕切っていたのは、商団長のフジヤだった。フジヤはそう告げると、忙しそうに作業を指示し、サイシスの使いから視線を外してしまう。
使いの傭兵は困った顔で暫く考えていたが、自分では必要な物など分からない。仕方ないので別邸まで走って戻っていく。
午前11時、荷馬車に乗ったサイシスが傭兵と共に役場前にやって来た。
マゴンは残った傭兵を、ハキ神国との国境でバリケードを作って入国を拒んでいる国境軍と、本日やって来る秘書官補佐を見張るため、街道沿いやロームズ入口に人員を分け指示を出していた。
現在残っている傭兵は、きちんと仕事が出来る者が少なかった。仕方ないのでマゴンが細かい指示まで出さねばならなかった。
ロイス少佐は、午前9時に統治官代行から届いた【役場に仕事に出てこい。正午までに役場に来なければ、レガート軍少佐の地位を剥奪し、職務違反者、又は反逆者として捕らえる】という通告文を読み、昨夜借りた上等な借家に身を隠している。
これまで便利に使っていた者達は、疫病に罹患し借家に隔離されている。
使える駒が無くなったサイシスは、仕方なく荷馬車で役場前までやって来た。
何故自分にはロイス少佐のような通告文が来ないのか、不思議に思わないところが、ある意味サイシスの凄いところである。
「責任者は誰だ?」
「責任者?ああ、商団長のことですね、商団長お客さんですよー」
サイシスの問い掛けに、待ってましたという顔でフジヤの部下が声を上げる。
「はい、私が商団長ですが、ご注文ですか?」
「ここにある家具は全て買う!食器も全て買い取る!夕方には納品しろ」
「はい?全てですか……そういたしますと金貨150枚程になりますが……宜しいですか?運搬代は要りませんが手付けとして半額の75枚が必要です。納品時に残りの半額が必要ですが……」
フジヤは払えるのか心配している風を装い、高級家具を触りながら、売約済みの札をポケットから取り出す。
「なんだと!金貨150枚?全部買うんだから半額にしろ!そうだ日用品も全てまとめて、金貨100枚で買い取ってやる」
サイシスは買い物など滅多にしない。特に日用品などは使用人が買うものだと思っていた。だから物の価値や適正な料金など知りもしないし興味もなかった。
「お客様、申し訳ありませんが、これらの商品は既に値引き後の値段を付けております。これ以上の値引きは出来ません。ご予算が金貨100枚で日用品も必要であれば、家具は半分になります。特にこちらの本棚はガマルの木の逸品ですから、これだけで金貨30枚になります」
フジヤは腰を低く低くして、値引きは出来ないと説明する。家具の中でも一際目を引く本棚を擦りながら、腰は低いが強気の態度をとる。
「おいおい、ちょっと待ってくれ。その本棚は私が売約済にして貰うよう、昨日頼んでおいたはずだが」
「えっ、そうだったのですか?それは失礼しました……統治官代行様」
フジヤはわざと統治官代行であることを強調するように深く頭を下げて、売約済みの札に【統治官代行様】と名前を書き入れ、金貨30枚の本棚に張り付けた。
「統治官代行?ではお前が……技術開発部の部長……」
「そう言う貴方はどなたでしょう?もしかして、上司に挨拶も出来ない、元事務官の人かな?いや、王様やロームズの住民を騙して、勝手なことをしていた反逆者の……えーっと、名前は何だったかな……」
統治官代行のシュノーは、余裕の表情で嫌みを言いながら、名前が思い出せないと首を捻ってみせる。そしてニヤリと笑いケンカを売った。
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