イツキ暗躍する(1)
60話で完結出来そうにありません。
どうか、もう少しお付き合いくださいませ。
ロームズ国境軍のマーチェン中尉は、神父の執務室で突然女装解除したイツキを見て、大きく目を見開きあんぐりと口を開けて言葉を失った。
薬剤師のシルビアは、イツキの顔に描いた鬱血の跡を柔らかい布で拭き取った後、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったマーチェンの顔の、鼻の回りに塗った刺激の有る薬液を水で洗い流した。
今回の【神母様は居なくなります作戦】を知っていたのは、フィリップ、ハモンド、マーチェン、シルビアの4人だけだった。
共に作戦を遂行した事務官のオールズでさえ、人質奪還の時に統治官様に付き添い教会に身を移していたので、キアの今日の状態を知らず、作戦の為に再び統治官屋敷に行きキアの死を知ったのだ。
しかし、マーチェンの受けた衝撃は、キアが男であったことに対してである。
「キアさんが……男だったなんて……」
マーチェン中尉35歳、完全に騙されていたことが今でも信じられない。声だって女性の声だったし、髭も生えてない……顔だってすべすべで可愛かった……なのに、なのになんでだー!と心の中で叫ぶ。
「僕が教会の人間であることは嘘ではありません。でも今年の1月、ギニ司令官とキシ公爵様から、治安部隊指揮官補佐に任命されています。そして今回、僕をロームズに送り出してくださったのは、バルファー王ですマーチェンさん」
イツキはマーチェンに真実を告げる。そして慌てて軍礼をとろうとしたマーチェンを手で止め、皆に次の指示を与える。
「これから僕は、今日到着したレガート軍の建設部隊を中心とした皆さんと行動を共にします。キアはこの瞬間から完全に姿を消します。ハモンド一緒に来い。フィリップさん、シュノーさん後はよろしく。シルビア、ソデブ医師と看護師長のリーズをこっそり呼んで、隣の応接室で真実を話し、明日の朝、神母様のご遺体が忽然と消えたと、ソデブ医師に説明させてくれ」
「承知しましたイツキ様」(シルビア)
「任せてくれイツキ君」(フィリップ)
「イツキ君、危ないことは止めてね。もう心臓がもたないから」(シュノー)
有無を言わせないイツキの指示に、シュノーは本当の指揮者としてのイツキを見た。それでも声に出して心配してしまう義兄である。
イツキは執務室のドアを開け、廊下で見張りをしていた教会警備隊のリーダーであるコウタに、笑顔で話し掛けた。
「これからが教会の仕事です。ギルバート神父を連れて国境に行きます。護衛をお願いしますコウタさん。一旦レガート軍のテントに寄りますので、1時間後に教会前の丘のテントに全員で来てください。夜通しの仕事になるので、食事を済ませておいてください」
「はいイツキ様。1時間後にお迎えにあがります」
コウタはそう答えて、深い礼をとった。それはリース様に対しての礼だった。
今回の作戦を聞いていなかったコウタは、キアの変わり果てた姿を見て死を覚悟した。リース様を守れなかった責任を痛感したのだ。しかし、執務室棟に担ぎ込まれて直ぐ、キアはコウタにだけ見えるように、チラリと親指を立てて生きていることを知らせていたのだった。
初めてイツキの本当の素顔を見たコウタは、やはり光輝くオーラが、神々しい光がイツキの体を包んでいるように見えた。
◇ ◇ ◇
午後6時半、夕焼けに染まる教会前の丘では、3つの商隊が其々のテントを張り夕食の準備をしていた。
役場前で市を開いていた仲間達が、間も無く市を閉じ荷馬車を連れてテントに戻ってくる頃なのだ。ワイワイがやがやと騒ぎながら賑やかに寛いでいる。
教会とは対照的な光景だが、今日やって来た70人は、ロームズに居る者達との接触を禁じられていた。あくまでも商隊として滞在中なのである。
指揮を執っているレガート軍前衛部隊のフジヤ少佐は、5時前にはフィリップとの打ち合わせを終え、明日からの隊員達の配置を書き出していた。
「商団長、お客さんです。1人は神父様です」
部下の1人がフジヤに声を掛けた。フジヤが顔を上げると、先程教会で一緒に打合せをしたハモンドが、誰かを連れてやって来るところだった。
「お疲れ様ですフジヤさん。今回は色々ありがとうございました。今日からこちらでお世話になります」
「あれ、イツキ君?もう今日の作戦は終わったの?凄く重要な作戦だとフィリップが言っていたが……」
2人は顔を見合わせ笑顔で握手を交わす。軍学校の武道場で【奇跡の世代】を召集した時以来の再会である。
フィリップから今日の作戦を何も聞いていない様子のフジヤに、イツキは簡単に作戦内容を説明した。
「そんな鬼のようなことを……では今頃教会は、涙、涙でくれているのですか?」
「そうですフジヤ少佐。俺は心が痛くて痛くて……皆の顔がまともに見れません」
ハモンドは、味方の全員を騙して悲しませている現状に、胃が痛たくて堪らなかった。何せ一緒にレガート国から来たヤマギ副隊長やシュノー部長にも秘密だったのである。まあシュノー部長にはバレてしまったが……
「ハモンドは僕がずっと女装していた方が良かったのか?」
「そんなはずありません!でもセブルやエイコムが憐れで……きっとレクスなんて倒れますよ。は~っ……早くロームズ組以外の者に、イツキ先生の顔を見せてあげてくださいね。フィリップ様は何も話されないと思いますから」
そんなこんなの師弟の会話を聞きながら、フジヤは【奇跡の世代】の仲間であるヤマギ、ドグ、ガルロ、ルド、イノに同情した。
それからイツキとハモンドは、ちゃっかり商隊の皆さんと夕食を食べ、建設部隊の隊員に「神父様は誰かに似てると思ったら、軍本部の少尉に似てるんだ」とか言われ、ハモンドは思わず咳き込んだりした。
午後7時半、教会警備隊のコウタが、ギルバート神父と全隊員4人を連れて教会を出たのを確認し、イツキとハモンドは商隊を離れる。目指すはハキ神国との国境である。
これから向かうのは、ハキ神国との国境でも最西の位置にある、ランドル山脈の直ぐ側だった。
ロームズの町の西側はランドル山脈で、獣や魔獣の侵入を防ぐために高い丸太の木の塀で町は守られている。その塀の端から、ハキ神国に抜ける道を横切りカルート国との国境まで、堀を造り掘った土で土塀を造る。
堀の予定場所には、国境軍が既に目印を付けており、その印に沿って掘っていけば良いのである。
イツキとハモンドは、教会の6人の直ぐ後ろ……とは言っても、会話など聞こえない程度の距離を開けて、ゆっくりと付いていく。
イツキは出掛けに、今夜の仕事場所をきちんと執務室の前で伝えておいた。なので、教会警備隊のコウタは先行して歩いていたのだ。
「教会警備隊がこんな所で何をするんだ?何故私まで来なければならない?私は死んだ神母の葬儀をしてやらねばならない。まさか死んでしまうとは……まあ、所詮それだけの者だったのだ」
ギルバート神父は、どこか嬉しそうに満足そうにほくそ笑む。雲間から顔を覗けた月が、そんなギルバート神父の顔を照らしているが、本人は隠そうともしない。
「ギルバート神父、今の言葉はリース様であられるイツキ様に対してのお言葉ですか?」
教会警備隊のコウタは、怒りを抑え冷静さを保ちながら質問する。
「コウタ、あれはリース様などではない。お前達は騙されているのだ」
「ギルバート神父、今のお言葉はファリス会議にかけられても可笑しくない発言です。私からシーバス様にご報告いたします。それに貴方はキア様……いえ、イツキ様を騙しギラ新教徒に差し出しました。この件は既に届け出ております」
コウタはギルバートという人物を本当に軽蔑したようで、怒気の籠った冷たい言い方で断罪しようとする。
「フン、お前ごときが!警備隊員の言うことと、モーリスである私の言うことの、どちらをファリス様は選ばれるだろう?」
勝ち誇ったようにギルバートは言う。いったいあの自信は何処から来るのだろうかと、コウタは前にファリスのシーバス様と話したことがある。
「フーン、成る程ね。ギルバート神父、貴方は本当に知らなかったんだね。教会警備隊リーダーのコウタさんが、本教会シーリス様付の警備隊長だったことを。警備隊と神父は仕事内容こそ違うが、コウタさんの階級はファリスと同等位だ」
まるで頭の中に直接話し掛けてくるように、聞き覚えのない声がはっきりと後ろから聞こえてきて、驚いたギルバートと教会警備隊の5人は立ち止まり振り返る。
その声の主は少し離れた所に立つ、偽神父のハモンドの横に立っていた。
どうしてあの距離から声が聞こえるのだろうか?とコウタ以外の者は不思議に思った。
闇の中で黒髪に黒い瞳は見え難い。ギルバートは目を凝らし、白い神服のハモンドの横の人物に視点を定める。
「コウタさん、ファリス会議にかける必要はない。さあ目的地だ。これからギルバート神父には、罪を償いロームズの住民を守る為、存分に働いて貰う。せっかく授かった【印】も、使えなければ無いも同然。私が能力の使い方を教えてやろう。神は償う者をお許しになるだろう」
月の光がひと筋、すっと声の主に降りてくる。月光に照らされた少年はゆっくり歩いて近付いて来た。その少年の闇のように深い黒い瞳を見た瞬間、ギルバート神父はガタガタと震え始める。
見たこともない少年のはずだが、ギルバートの脳の記憶が危険と恐怖を知らせる。
「だ、誰だ?お、お、お前は、だ、だ……!……!!」
フル回転して記憶を辿ったギルバートは、その闇色の瞳を思い出した。あれは、教会に火を放とうとした傭兵を、尋問していたキアの瞳だと。
「さあ早く仕事を始めましょう。警備隊の皆さん、水や食糧は持ってきましたね。皆さんは見張りをお願いします。この近辺にハキ神国軍の者が居ます」
そう言いながらイツキはギルバートに近付き、ガタガタと震えているギルバートの上半身の服を脱がすよう、ハモンドに指示を出す。
恐怖で抵抗できないギルバートは、すぐに上着を脱がされた。
イツキはギルバートの上半身をぐるりと観察し、腰の中央にある5センチ角の【印】を見付けた。夜で色は分からないが、ハビル正教会のシーバス様は、土を操る能力だと知らせてきていたので、茶色のはずである。
イツキは祈りではなく、短い呪文のような言葉をぶつぶつと呟き始める。
それは古代語であり、開祖ブルーノア様が造り出された言葉でもあった。
「ギルバート神父、貴方には今から月明かりに照らされた、この真っ直ぐ伸びる印に沿って、土を掘って貰います。掘った土はロームズ側に置き、後から塀にしていきます。今日のところは初日ですから、1キロで許してあげましょう」
イツキは何時ものごとく、さらりと命令する。側で聞いていた6人は『ええーっ!』とか『この男には無理!』とか『殺す気ですか?』などと、心の中で叫んだ。
「お、俺は、い、印の能力を、まだ、きちんと、つ、使えない……」
「知ってますよ。だから僕が居るんだ。さあ、きちんと立って、精神を集中しろ!」
有無を言わせずイツキの命令は続く。ギルバートは焦った。本当に自分の【印】を使いこなせたことなど、1度もないのである。
「イメージしろ!自分の手で1メートル四方の土を掘るように」
イツキはそう言いながら、ギルバートの背中の【四角い印】を左手で触れる。
するとギルバートの体の中に、熱い何かが、力の源となる何かが流れ込んでいく。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




