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予言の紅星5 ロームズの反乱  作者: 杵築しゅん
医学大学誕生

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統治官屋敷の悲劇

 午後5時、オリ王子の別邸に居た傭兵10人を連れ、統治官屋敷に荷馬車で到着したロイス少佐とグソウは、とんでもない場面に遭遇し言葉を失っていた。


「神母様、だめです目を開けてください!逝ってはだめです。神母さまー!」


薬剤師のシルビアは、国境軍のマーチェン中尉に抱き抱えられ、ぐったりと動かないキアに取りすがる様にして絶叫している。シルビア自身も国境軍の兵士2人に両脇を抱えられながら、歩くのがやっとという状態である。


「警備隊隊長、目を開けてください!死んではダメです!」

「事務長はまだ息がある。早く荷馬車に乗せろ!急げ!」

「マーチェン中尉、町長や工場長達の遺体はどうしますか?疫病なら早く埋めた方が良いと思いますが?」


隊員達は口々に色んなことを叫びながら、マーチェン中尉の指示を仰いでいるが、現場が大混乱しているのは誰の目にも明らかだった。


 その光景を呆然と正門から眺めていたロイスとグソウは、サイシスが連れてこいと命じていた神母と町長と工場長は死んでしまったのだと確信した。

 国境軍のほぼ全員が泣いていたのである。とくにマーチェンに抱き抱えられた神母の亡骸を見て、一段と号泣する姿を見れば、死は確定していた。


「全ての亡骸は、ロームズ教会へ運ぶようにとモーリス(中位神父)様がご指示を出されている。ただし、まだ生きているヒブロ達は捨てていけ」


マーチェンは部下たちに指示を出しながら、キアの亡骸を大切な大切な女性を扱うように、統治官屋敷の馬車に乗せる。荷馬車は2台あり、1台にはまだ息のある3人(シルビア、事務長、オールズ)を、もう1台には死者6人を乗せていく。


「この屋敷は消毒するまで閉鎖する!遺体を住民に見られないよう、シートを掛けろ。息のある3人は先に行け!」


マーチェンは大声で命令した後、屋敷に残る部下に「決して屋敷内に入るな」と言い残して、統治官屋敷の馬車の御者台に座った。

 神母様の亡骸を乗せた馬車がゆっくりと統治官屋敷から出ていく。そして正門前に立っていたロイス少佐とグソウを見付けると、マーチェンは怒りを込めて言った。


「お前達には必ず神罰が下る!お前の仲間は全員生きている。早く屋敷から連れ出せ!明日になってもまだ居たら、全員ハキ神国側に捨ててやる」


「・・・・・」


ロイス少佐とグソウは何も返事を返さず、いや返せなかった。まだ生きているというヒブロ達を、連れ出さねばならない恐怖に足が竦んでしまったのだ。

 ロイス達12人は、統治官屋敷の馬車と荷馬車2台が遠ざかって行くのをボーッと見送り、その姿が見えなくなったところで我に返った。



「ロイス少佐、我々は役場に行きましょう。もしかしたら、閉まっているかもしれませんが」


グソウは力なく言いながら坂を降りていく。傭兵を正門前に2人残し、残りの8人は付いてくるよう命令した。



 午後5時半過ぎ、ロイス少佐とグソウは役場に到着した。

 役場前には商隊が市を立てており、運良く役場はまだ開いていた。

 本来の受付事務員の女性は既に帰宅しており、その代理として受付をしたのはレクスだった。ロイス少佐はレクスが教会に住んでいる者とは知らず、単純に受付出来たことを喜んだ。

 ロイスは自分の身分証を使い、空き家を2軒借りることができた。しかもその場所はハキ神国に近い、キアが奇跡を起こした墓地の直ぐ側だったので、人目につき難く、傭兵やハキ神国軍が使用するのに好都合の場所だった。


 ロイスは1ヶ月分の賃料を払い、古びた鍵を受け取った。


「ロイス少佐、これで一安心ですね。目の前の市ですが、別邸の家具として買い求めては如何でしょうか?今日からサイシス様が住まわれますが、あそこは家具らしい家具もまだ置いていません」


ロイスが役場で手続きをしている間、グソウは市を見学していた。そして石鹸やタオル、桶から食器類の日用品に加え、全く用意されていなかった家具まで有る市に心が躍っていた。

 全てが揃っていて何不自由のない統治官屋敷から、何もない別邸での暮らしに不便さを感じていたグソウには、先程目撃した統治官屋敷の惨劇を、しばし忘れさせてくれる市だったのでる。


「おお、それはいい!今さら統治官屋敷の家具を持っていく訳にもいかない。これは幸運だった。ハビルでは手に入らなかっただろうしな」


ロイスもグソウも、なんとかしてサイシスの機嫌を取ろうと知恵を回す。運良くと言うかおあつらえと言うか、荷馬車も有るし家具は必要な物だった。

 荷馬車に載せられるだけの日用品や家具を数点買い求め、ロイスは荷馬車に乗って別邸へ向かう。グソウは傭兵8人を連れて借家へと向かった。



 グソウが借家に到着すると、そこは今日まで人が暮らしていたのではないかと思う程に、家具や食器類がそのままになっていた。

 そう言えばロイス少佐が、片方は異常に高く、片方は安かったと言っていたことを思い出した。

 もう1軒は廃墟かと思う程に古く、間違いなく雨漏りしそうである。家具はボロボロだし家中埃だらけで、明らかに長い間誰も住んでいなかった家である。

 時刻は既に午後7時、9人は買ってきた夕食を直ぐに暮らせる方の家で食べ、市で購入したランプを手に、ぼろ家の片付けに取り掛かった。


「こっちの家に病人を寝かす。片付けるのは1部屋だけでいい。急げ!」


グソウは傭兵達に指示を出し、誰に5人の病人の世話をさせようかと考え始めた。





◇  ◇  ◇


 統治官屋敷に見張りを2人残して、マーチェン中尉と国境軍の8人は、無事にロームズ教会へと戻ってきた。


 キアの命令を受けたフィリップから、最後まで完璧にこなせと指示を受けていたマーチェンは、全く動かない振りのキアを抱き抱えて馬車から降りてきた。


「キア様?どうされたのです?」

「な、ど、どうされたのです?神母様?」


作戦会議に出席するため教会に居た警備隊のセブルとエイコムは、だらりと力なく垂れている腕や足、そして異常に鬱血したようなキアの顔を見て青ざめる。

 抱いているマーチェンの顔は涙に濡れ、鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。


「キア様・・・マーチェン中尉・・・キア様を執務室に運んでくれ。暫く誰も執務室に近付くな!教会警備隊は執務室棟を守れ!誰であろうと入室を禁じる」


モーリス(中位神父)のフィリップは、教会内に居た全員に向かって命令する。


「フィリップ!どういうことだ?キア様はどうしたんだ?」


顔面蒼白でおろおろしながら、統治官代行になっているシュノーが叫ぶ。そして、マーチェンに抱かれたキアとフィリップの後を追い掛けていく。


「キア様、キア様、ダメです逝ってはダメです」


フラフラと倒れそうになりながら、薬剤師のシルビアがキアに取りすがる。他の者が引き剥がそうとするが、シルビアはキアの手を握り離れようとしない。


 混乱するロームズ警備隊員と国境軍、本隊の技術開発部と国境軍、教会警備隊とギルバート神父、事務官のグライス、ソンシブ……全員が言葉を失う。

 そしてその様子を探っていたサイシスの傭兵も、キアは死んでしまったのだと確信し、報告のため教会を離れていく。


「どういうことなんだ?どうしてキア様が……」


ショックを受け小さく呟きながらも、いち早く冷静になった【奇跡の世代】であり【治安部隊】のルドは、教会の庭で呆然と立ち尽くしている全員に向かって命じた。


「全員礼拝堂に入れ。統治官屋敷に行った国境軍は事情を説明しろ。これは命令だ」


ルドの低く通った声が教会の庭に響いた。その声で冷静になった全員が、肩を落とし涙を溢し、とぼとぼと礼拝堂の中に入っていく。

 ギルバート神父は、教会の医師や看護師が居る集会所に向かった。




「マーチェン中尉の命令で、我々は外で待っていました。人質は昨夜救出を終えており、危険は無いと思ったのですが、中尉が様子を見てくるから、合図を出してから突入せよと……」


そう説明したのはロームズ国境軍のセドレ少尉である。

 元々今夜作戦会議をする予定だったので、礼拝堂の中は鉱石ランプが灯され、軽食も祭壇近くのテーブルの上に用意されていた。しかし、誰も食事どころではない。

 広い礼拝堂の椅子に全員が腰掛け、軍式に発言する時は立ち上がって発言する。


「俺が聞いていた作戦では、サイシス達を欺くため人質は今日救出したように見せ掛ける。その為人質だった7人の内、動ける事務長を隊員の中に変装して忍ばせ、事務官のオールズも共に、あたかも今日救出したかのように演じ、他の者は亡くなっているか死に掛けているとして、隊員をシーツでくるんで人質であるかののように運び出す……そうだったよな?」


本隊国境軍のサブリーダーであるイグモ中尉は、今日の作戦内容を確認する。


「はいイグモ中尉、警備隊の6人が人質を演じるため、サイシスの見張りの目につかないよう、裏の林から近付き裏口から侵入し、1階で待機していました」


答えたのはロームズ警備隊のシードルフ29歳で、全てが計画通りに運んでいたと説明する。人質役になった他の5人も「そうです」と答えた。


「昨夜の人質奪還から今日の午後迄に、いったい何が起こったんだ?昨夜はお元気だったのに……」


昨夜統治官屋敷に潜入した20人を率いていた、警備隊のリーダーであるボグ中尉は、またしてもキア様を守れなかったのか……とショックが大きく、いまだに真実が受け入れられない。




 キアは今日、自分を、神母であるキアを殺すことにしたのである。


 やる時は完璧に、敵も味方も騙すことなど、作戦成功の為であれば手段を選ばない、それがイツキという指揮官である。

 血も涙もない……恋する男心もまるっと無視して、イツキは作戦を遂行した。



 その頃執務室ではシュノーが、怒っていいのか喜んでいいのか、複雑な顔をして泣いていた。もちろん涙は安堵の涙である。


「神母キアは亡くなりました。明日はひっそりと葬儀をしましょう。これから僕は、ギルバート神父と教会警備隊を連れて仕事に行きます」


久し振りにゆるふわのカツラを外し、青い色の入ったメガネも外し、漆黒の髪を手櫛で整えると、黒蝶真珠のような輝く瞳で、イツキはニッコリと笑った。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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