統治官屋敷の主
午後2時過ぎ、サイシスとマゴンを乗せた馬車がオリ王子の別邸に到着した。
出迎えたのはレガート軍のロイス少佐と、傭兵の5人であった。
元々ロームズに居た傭兵の数は50人だったが、イツキ達がハビル正教会送りにしたのが11人、その護送中を襲って1人は死亡、2人は警備隊に引き渡し、オリ王子の別邸工事が嫌で辞めた傭兵が5人、今日投石機を設置した丘で捕らえたのが3人、統治官屋敷で寝込んでいるのが3人・・・合計25人が使えなくなった傭兵の数である。
ギラ新教が用意したハキ神国の軍人やオリ王子の手の者9人は、もう1人しか残っていない。マゴンが用意した傭兵20人も半数の10人が減った。
現在使える傭兵の数は25人だが、戦える戦力となる者は15人くらいだった。
「それで、統治官屋敷の様子はどうだ?まだ皆生きていたか?」
「はいサイシス様、今朝まで見張りをしていた傭兵の報告では、事務官のオールズは動けるようになっていたとか……神母の話では、他の者はまだ起き上がれないと言っていたようです」
ロイス少佐は機嫌の悪そうなサイシスの顔を見ると、額の汗を軍服の袖で拭きながら答える。疫病が発生した統治官屋敷になど、行く訳がないロイスである。
「これから統治官屋敷に此処に居る傭兵を全て向かわせろ。町長と工場長……回復していたらヒブロも連れて戻ってこい。統治官屋敷は棄てる。これから家を買ってくるから3人はそこに隔離しろ。決して新しい屋敷に連れてくるな!今日から私も此処に住む。3人を連れ出したら残った全員を始末しろ」
「では、屋敷で寝込んでいる者は……回復していなければ、ヒブロも殺すと……しかし、傭兵達は統治官屋敷で疫病が発生したことを知っています。恐れて誰も屋敷内に入りたがらないと思います」
ロイス少佐は焦った。その指揮を執るのが自分であることを……恐れているのは自分も同じなのだから。
「では、ルンナから援軍に連れて来た者に行かせてはどうでしょう。事情を知りませんから町長と工場長とヒブロという名前の者だけ連れてこいと命じれば良いのです」
「おお、そうだなマゴン。だが、生きているかどうかだけでも、現在見張りをしている者から聞いて来い!それから神母を先に連れてこさせるのだ。神母には傷をつけてはならないとしっかりと言っておけ!」
サイシスは、どうやらまだ皆生きている様子の人質と神母に安堵の息を吐いた。
統治官屋敷の馬車の御者をしていた、ギラ新教が用意した傭兵で唯一残っていた男に、マゴンは指示を出した。
「役場へ行き、空き家を買い取ってこい。無ければ借家でいい。その後統治官屋敷に行き様子を確認し、神母を連れ出してこい。出てこなければ火を放つと言え。出てきた神母は空き家に連れて行け。逃げ出さないようしっかり猿ぐつわをして、柱にでも括り付けておけ。ただし、ケガをさせることは許さない」
「はいマゴン様、では直ぐに馬車で出掛けます」
御者をしていた傭兵のグソウは、ハッキリと返事をして部屋から出ていった。グソウはオリ王子直属の近衛兵38歳で、今回の任務を全うすれば、大尉から少佐へと昇進が決まっていた。
しかし、御者であり近衛兵のグソウは、何一つ任務を果たせず別邸に戻って来ることになる。
ロームズ役場に到着したグソウは、窓口の女性に空き家を買い取りたいと申し出た。
窓口の女性はにっこりと笑い、身分証を提示してくださいと言った。
グソウは困った……ロームズにやって来てから、身分証など出す必要が無かったので、ハキ神国王宮近衛隊の身分証しか持っていなかった。
「金ならある。現金で買い取る。売り物件が無ければ借家でいい」
「はい、借家は有りますが、身分証の無い方にはお貸し出来ません。ロームズの住民ではないですよね?」
「・・・」
グソウは身分証を持っているロームズの傭兵を思い出した。確か統治官屋敷の見張りをしていたはずであると。もしも事務官のヒブロが元気になっていたら、ヒブロを連れて出直すしかないと考えた。
チッ!と舌打ちし役場を出ると、停めてあった統治官屋敷の馬車が無くなっていた。
「おい!警備隊!サイシス様の馬車が無くなっている。泥棒だ……直ぐに捕まえてこい。急げ、何をしているんだ!」
グソウは役場内の入口に近い場所にある、ロームズ警備隊の詰所の中に居た、シードルフ29歳を怒鳴りつけた。
「ご安心ください。統治官様専用の馬車でしたら、我が警備隊のリーダーであるボグ中尉が乗っていかれました。統治官代行のシュノー部長が乗られるので移動しました。泥棒ではありませんよ」
シードルフはニッコリ笑顔でそう答えて、以後サイシス様の使用は出来ません。これは統治官代行の命令ですからとキッパリと告げた。
苦々しい顔をしたグソウは、シードルフや役場の職員を睨み付け、覚えていろ!と心の中で毒づいて、悔しそうに役場を出て徒歩で統治官屋敷に向かった。
グソウが役場を出て3分、ウズウズして待っていた役場の職員達は「あースッキリした」とか「これからは本当に傭兵の言うことをきかなくていいんだ!」とか言いながら、万歳をしたり拍手をして喜んだ。
グソウは早足で歩きながら、馬車が無くなったとサイシスに報告することを考え、途中で何度も大きな溜め息をつく。
統治官屋敷の下まで来て、気持ちを切り替えながら、正門を目指し坂を登っていくと、ロームズ国境軍のマーチェン中尉が、肩幅に足を開き偉そうに腕を組み正門の前で立っていた。
正門の外には見張りをしていた10人の傭兵達が、全員猿ぐつわをされロープで縛られ捕らえられていた。
「お前達どうしたんだ?何故捕らえられている」
工事現場の責任者もしていたグソウは、傭兵頭マゴンの次に偉い傭兵だった。国境軍を率いているマーチェン中尉に、説明を求めるよう怒りの視線を向ける。
「いや、だって、統治官屋敷を勝手に包囲し、統治官代行様の許可もなく、屋敷の出入りが出来ないよう占拠してたんで、統治官代行様の命令で捕らえた」
「分かっているのか!マーチェン、お前達はサイシス様に逆らうことなど出来ないはずだ」
「そっちこそ分かってないな。これからロームズ国境軍は、統治官屋敷に突入し人質を解放する」
マーチェンがそう言うと、坂の上の統治官屋敷の敷地から、レガート式ボーガンを構えた15人の国境軍が現れた。
「いつの間に・・・分かった。屋敷は引き渡す。サイシス様から今日中に屋敷を出ていくから、準備をしろと言われて来たのだ。私物を取りに来た。屋敷の中のヒブロと話をさせてくれ」
グソウは中の様子だけでも確かめようと、抵抗を止めヒブロとの面会を申し出る。
「残念ながらそれは出来ないかもしれない。中からは何の反応もない。サイシスが統治官屋敷の出入りを禁止し、鍵を掛け見張りを置いたのは何故だ?見張り達は疫病だと言っていたが、それは本当なのか?神母様はどうした?人質にしていた者達は生きているのか?どうなんだグソウ!」
マーチェンは何も知らない振りをして、怖い顔でグソウに問い質す。
グソウは国境軍がまだ屋敷の中に入っていなかったことを確認し、心の中でフーッと安堵の息を吐き、あれこれと解決方法を思案する。
「鍵はサイシス様が持っておられる。武力で追い出さなくても我々は引き払う。先程も言ったが、俺は疫病にかかったかもしれないヒブロの容態を確認しに来たんだ。だから、病人の様子を神母から聴きたい」
「神母?神母様に聴かなくても、荷物を取りに来たお前が、直接ヒブロの様子を確認すればいいだろう。鍵など無くても窓ガラスを割って入ればいい。裏口も鍵が掛かっているのか?任務を果たさないとサイシスに怒鳴られるぞ」
やはり神母様を狙っているのだとマーチェンは確信し、わざと自分で屋敷に入れと突き放したように言い、部下に裏口を確認しに行かせる。
「マーチェン中尉、裏口に鍵は掛かっていません!」
確認に行った部下が大きな声で報告する。そしてマーチェンと部下15人が早く入れよ!という視線をグソウに向ける。
グソウは困った。中から何も反応がない……それは、もしかして全員が死んだということなのか?いや、生きているが動けないだけかも知れない……
どちらにしても、元気な者は居ないということだ・・・
「おい、早くしろ!統治官代行は、2時間後には引っ越しされる予定だ。それまでに私物を出しておかなければ、全ては統治官屋敷の物とする。我々はこれからはウルファー侯爵と面会し、人質全員を解放する。もしも疫病患者が居たら、屋敷を管理していたサイシスの責任を問うことになるだろう」
マーチェン中尉はフィリップから言われていた通りに、サイシスの責任問題も口にしておく。
「ウググ……」
グソウは悔しいが、統治官屋敷に入って行く勇気がなかった。傭兵頭のマゴンが、ハキ神国の闇ドゴルで雇った傭兵に始末させると言っていたのを思い出し、ここは引き下がることにした。15人の武装した兵士に勝てるとも思えない。
◇ ◇ ◇
その頃、ハキ神国との国境ギリギリの道で、ロームズ国境軍10人、シュノー部長が連れてきた本隊の国境軍15人の合計25人が、ヤマギ副隊長の命令でバリケードを作っていた。
実際には竹藪からでも入って来れるのだが、一応道路を塞ぐように、先程投石機の試投で使った残骸や、伐採で出た木材を道の両端に積み上げ、予め作っておいた木のゲートを路上に設置する。
キアが統治官屋敷に潜入してから、国境軍は頑張っていた。敵の見張りが居なくなったのをいいことに、せっせと色々な物(バリケード、レガート式ボーガン、竹槍)を工作し、今日という日に備えていたのだ。
「よーし!これからハキ神国の者は入国禁止だ!こちら側の国境からは、誰も通してはならない!無理にでも入国しようとする者は武力で対抗する!」
「副隊長、相手が剣を抜いたら、レガート式ボーガンで撃っても良いでしょうか?」
「もちろんだ!国境軍に剣を抜いたら、その時点で犯罪者だ」
「副隊長、もしも強引に入国しようとする者の中に、ハキ神国軍の軍人が居たらどうしたら良いでしょうか?」
「はあ?それは戦争の開始だ!ハキ神国軍が、いや、ハキ神国が3度目の戦争を仕掛けたとして、正式な開戦となる!レガート国 対 ハキ神国との、初めての戦争として歴史に刻まれるだろう。ハキ神国の王が攻めろと命令しない限り、軍人が武力で国境を越えるはずがない!」
ちょっと臭い演技力だが、それはそれは大きな声で会話する国境軍である。
サイシスが連れてきた30人の武装兵力は、午後2時過ぎに国境近くまで来てテントを張っていた。
敵からはロームズ側の動きは見張り難いが、ロームズ側は丘の上から敵の様子が手に取るように良く見えた。
ハキ神国側からは見え難い丘の中腹の木の陰から、見張りの警備隊から合図が出た。《 偵察者が近付いてきた。作戦を実行せよ 》と。それで、このわざとらしい会話を、敵の密偵に聞かせているのだ。
密偵に来たのはハキ神国軍の少尉と一般軍人の2人だった。
誰が指揮を執るのか決まっていなかったので、ハキ神国軍20人の中で、1番位の高い中尉が密偵を出したのだ。
そもそも何故自分達が隣国のレガート国に、武装して行かねばならないのかも聞いていなかった。命令を下した上官でさえ分からないと言っていた。
それが……それが開戦となる?ハキ神国の王が命令したことになる?……!!
いやいやいや、冗談じゃない!これはレガート国との戦争なのか?王命じゃないぞ!だいたいサイシスって男はレガート国の人間じゃないのか?でも、もう直ぐハキ神国の伯爵になると言っていた。
大佐は第1王子オリ様の【代理証】で行かざるを得ないと言っていたが、戦争に行くとは言ってなかった。
密偵に来たハキ神国軍の少尉は、良識も常識も知っている、バカ王子のオリが大嫌いな軍人だった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
訂正)統治官屋敷で国境軍を指揮していた中尉は、ボグではなくマーチェン中尉でした。
国境軍のボグ中尉➡国境軍のマーチェン中尉
更新遅くなりすみません。
今週からはサクサクと、ラストスパートをかけていこうと思っています。




