反撃開始(3)
マゴンは大師イルドラの問いに、言葉を詰まらせてしまう。
サイシスの口癖は「邪魔なら殺せばいい」だったのだ。
元々サイシスとマゴンの計画では、5月末にオリ王子の別邸の2階を仕上げ、6月初旬に大師を招く。そして問題なければロームズの住民達を粛清し始め、6月末には住民の4分の1をハキ神国の者(軍人や王子の側近を含む)に入れ替える。そして用済みとなる人質や本国から来たレガート国の軍人、警備隊員達を全て始末する。
この時点でサイシスはハキ神国の伯爵となり領主となる。
完全に危険が無くなり、別邸が完成したところにオリ王子が来て、ロームズはハキ神国の物だと宣言する予定だった。
サイシスは、調査官として本国から来る秘書官補佐のことより、屋敷の完成を急いでいた。だから6月20日までに邪魔者達を消し、レガート国とカルート国の者を入国禁止にして、完全乗っ取りを早めれば良いと思っていた。
「サイシスは、軍隊が来る訳ではない。秘書官補佐が来るまでに邪魔者は全て殺せば良いと言っていました」
「マゴン、レガート国王は本当に気付いていないのか?」
「はい大師様。5月に入ってからは住民の出国を禁止し、出ようとした者は全て始末しました。サイシスは容赦なく人を殺させるので、誰も逆らうことは出来ません。先日技術開発部の部長が部下2名を連れて、投石機を設置するためにやって来ましたが、連れてきたのは土木工事をする職人や、投石機を作る木工職人達でした」
マゴンはそう説明しながら、傭兵が聞いたレガート国の計画と投石機の性能について、詳しく話をしていった。
特に街道沿いの盛り土を補強して、砦機能を持たせようとしていること、ハキ神国との国境に用水路を作り、耕作地を広げようとしていることは、自分の目で見て確認したと伝えた。
「投石機は、間もなく設置するようでした。恐らく6月20日にやって来る秘書官補佐の前で、実験をするのではないかと」
大師イルドラは、マゴンをかなり信用していた。耳寄りな情報も持ち帰ったので、工事の遅れに関しては、資材が揃わなくては仕方ないだろうと大目に見ることにした。
今年の1月、どうしてもロームズの町が諦め切れないオリ王子の為に、マゴンが町の様子を調査しに行った
そして調査して分かったことは、平和ボケしているレガート国王は、戦争は終わったのだと勘違いし、ロームズに国境警備隊以外の部隊を駐在させていないという事実だった。
それこそが、今回のロームズ乗っ取り計画を可能にしたのだ。
運良く統治官の交代があり、まんまとギラ新教徒を潜り込ませることに成功した。
そして現在、優秀なマゴンの働きで、ほぼ計画通りにことは進んできた。資材不足など大したことではない。ロームズがハキ神国の、いや、ギラ新教の活動拠点と成れれば良いのだ。
「他に怪しい動きは無いのか?」
「はい、実はブルーノア教会が動きました」
「何?教会が動いただと!」
「現在ロームズには、2人のモーリスと若い神父と神母が居ます。1人のモーリスと神父は魔獣調査を専門とする神父で、問題はありません。もう1人のモーリスは、教会警備隊の護衛をつけてハビル正教会から来たようです」
マゴンは教会や神父達の様子を伝えながら、神父達が来てから傭兵の数が減ったこと、手練れの部下まで姿を消したと伝えた。
「問題なのは神母が奇跡を起こしたことです。ただ、その神母も15日までにサイシスの部下が消す予定です。剣を向けただけでガタガタ震えるような神母ですが、住民達は崇拝していると思います」
「面倒な……どんな奇跡だ?内容によっては、ギラ新教に引っ張ってもいい」
大師は始め嫌そうな顔をしていたが、思い直して奇跡の内容に興味を持った。
マゴンは傭兵から聞いた、ケガや病気が回復したと奇跡の内容を伝えた。
「それは……ブルーノア教会に居ては邪魔な存在だ。しかし、そんな奇跡など聞いたこともない。それが真実なら消す前に会ってみたいものだ。まだ生きていたら、大師ドリル様に献上するのもいいだろう」
イルドラはそう言いながら、ブルーノア教会に居るという聖女のことを思い出した。
確か癒しの力を持っていたはずだ。ロームズに現れた神母が聖女なら、かなりの護衛がついているはず……そう簡単に殺せるはずがないだろう。
「お前がロームズに戻って、まだその神母が生きていたら、絶対に殺さず私の前に連れて来い!面白いことになるかもしれない」
イルドラは嬉しそうにそう言って、何かを企むように右口角を上げ、残りのお茶を飲み干すと、明日予定通りロームズへ向かうことにした。
6月13日早朝、大師イルドラはマゴンと護衛を5人連れ、ギラ新教の馬車で王都シバを旅立った。
15日夜には国境の街ルンナに到着し、マゴンは直ぐにロームズへと向かう。大師イルドラは暫くルンナに滞在し、建設資材の調達のため動き、邪魔者を消した19日の午後、ロームズに入ることになった。
◇ ◇ ◇
6月15日午後、領主屋敷(オリ王子の別邸)の工事は、予定通り全ての資材を使って2階部分を完成させ、3階部分の3分の1の高さまでレンガが積まれていた。
これでいつ大師イルドラ様やオリ王子が確認しに来られても、約束の工事の半分が完了している。間違いなくハキ神国の伯爵位は頂けるはずである。
「サイシス様、お約束ですので人質を解放してください」
レガート軍事務官のグライスは、半分以上が出来上がり、上機嫌で屋敷を見ているサイシスに願い出た。
「グライス、お前は耳が聞こえなくなったのか?俺は工事を完成させたら、人質を解放してやると言ったはずだ。まだ半分残っている」
サイシスは余裕の態度で、フン!と鼻で笑いながらグライスを見て冷たく答えた。
「しかし、資材だってもう無いじゃないですか!お金だって残っていません。本国から追加の資金でも来るのですか?そんなものを待っていたら人質が死んでしまいます!」
「まだ死にはしないさ……そんなに気になるなら、お前が教会に行って看護師の神母を呼んでこい。屋敷の事務官オールズが煩いので、ヒブロが頼みに行ったが教会は断った」
「神母様は体調が悪いと聞いています。教会は本教会病院から来た看護師を送ると言っているそうですが、それで良いではありませんか。あんな若い神母より、ベテランの看護師の方が確かです」
グライスは何とかして人質達を、看護師に……出来るなら医師に診察して欲しいと、何度も何度もサイシスに頭を下げて懇願した。
しかしサイシスは、あの生意気な神母以外は認めないと言って、グライスの願いを却下する。
誰が聞いても、キアに嫌がらせをするか、もっと酷い目に遭わせる気だろうと判る物言いだった。
「ヒブロ、もう1度教会に行って来い。今度はオールズとグライスを連れていけ。2人に土下座でも何でもさせれば、あの生意気な女も統治官屋敷に来る気になるだろう。アーハッハッ、今度はしくじるな!分かったなヒブロ」
「はい承知しました。今度こそ神母を連れて参ります」
もう何度も教会に行って断られているヒブロは、殺す方が簡単なのにと思いながら、渋々2人の事務官を連れて教会に行くことにした。
◇ ◇ ◇
午後の祈りも終わり、モーリスのギルバート神父は久し振りに買い物に出ていた。
ここのところ神父らしく親身に住民の話を聞いたり、優しく声を掛けたりして、すっかりロームズの人々に受け入れられていた。
祈りも丁寧に捧げ、常に笑顔を絶やさず、これ程頑張ったことは過去には無かったと自分でも思いながら、道々「これはギルバート神父様」とか「こんにちはモーリス様」とか「いつもありがとうございます」と、声を掛けてくれる住民を見て、これまでにない高揚感が湧いてくる。
『これでいい。あの娘に騙されないよう私が皆を導くのだ』と、ギルバート神父は自己暗示を掛ける。そして教会に来る子供達の為に、菓子を買って喜ばせようと菓子とパンを売っている店に入った。
すると、奥の方で話している傭兵2人の話し声が耳に入ってきた。
「ヒブロの奴、また神母様に断られたらしい。教会は本教会の医師と看護師を向かわせると、ヒブロに言ってくれているのに、神母様以外は認めないと断ったそうだ。そんなことを言ったら、誰だって怪しいと思うよな。俺だって何で?って思うぜ」
「やだやだ!サイシスの奴、神母様を狙ってるんだ。あんな天使のような神母様に、いったい何をする気なんだろう……乱暴とか○○とか、神様の罰が怖くないのか?」
2人の傭兵は、選んだパンを店のおばさんに渡し、金を払って店を出ていった。
ギルバート神父は2人に見付からないよう、そっと隠れる様にして菓子を選んだ。
『病人が居るのに往診を断るとは……神に仕える者として、あってはならない!』
ギルバート神父は心の中で叫びながら、昨日も来ていたヒブロの顔を思い出した。そして……神に仕える者とは思えないような、不気味な笑みを浮かべた。
ギルバート神父がお菓子を選んでいた頃、教会にヒブロ、グライス、オールズの3人が来ていた。
「初めまして神母様。私は統治官屋敷と役場で事務官として働いているオールズと言います。統治官であるウルファー侯爵様は、私の恩人なのです。私の祖父はミノスの子爵でしたが、内乱の時偽王に任命された領主に、爵位を剥奪され殺されました。そして両親までもが殺され、私は孤児となりました。そんな私を不憫に思い、後見人になってくださったのがウルファー侯爵様です。私はウルファー侯爵様のお陰で、上級学校まで行かせて頂きました。ですから私は、この命に代えてもお助けしたいのです。どうか、統治官屋敷に来てください」
オールズは涙ながらに統治官の話をした。この話は真実であり、初めて会った時にキアもフィリップも詳しく聞いていた。
「そうですか……それなら尚更、本教会の名医であるソデブ医師と看護師長が行った方が良いと思うのです。わたしは看護師もしていますが、まだ見習いみたいなものです。そんな大切な侯爵様を診察することなど出来ません。何故わたしでなければならないのですか?」
キアは申し訳なさそうに言って、どうして自分なのかと、毎日ヒブロにも同じ問いをしている。しかし、それについての納得する回答がないので断っている。
結局今日もキアに断られたヒブロは、腹を立てて先に帰ってしまった。
全てキアの作戦通りである。
「今夜か明日にはマゴンが帰って来るでしょう。ですから明日の午前中、私は薬剤師のシルビアと2人で、統治官屋敷に行きます。朝と午後の祈りの鐘が鳴ったらわたしも祈りを捧げます。何かあれば違う祈りを捧げるので、その時は誰か訪ねて来てください。決行は19日の予定です」
「「「「了解しました」」」」
フィリップ、オールズ、グライス、ハモンドの4人が軍礼をとりながら返事をする。
「さあ、いよいよ戦いの時です!」
キアは楽しいことでも待っているかのような、極上の黒い微笑みで宣戦布告した。
その頃、1人教会を出たヒブロは、少し歩いた所でギルバート神父から声を掛けられていた。
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