慰霊祭のあと
墓地で起こった出来事に、参列者の全てが感動し涙で曇った瞳を見開く。
「信じられない!まだ咲くはずのないハギシロの花が、花が咲いている!」
「き、奇跡だ!」
「体が痛くない……」
「傷が、母さん傷が治っている。俺の足の傷が無くなった!」
広い墓地に集まった2千人近い住民達は口々に、奇跡だ!ケガが治った!手が動くようになった!などと声を上げる。そして我に返り慌ててキアに向かって平伏していく。
ガルロが正式な礼をとると、治安部隊の2人も続く。事務官のグライスも警備隊リーダーのボグもエイコムもソンシブも、涙を流したまま深く礼をとった。
「皆さん、これまでよく耐えました。神は皆の信じる気持ちに応えて、ロームズの民に祝福を与えてくださいました。白い花は神の祝福のしるしです。もう少しだけ、手を取り合い頑張ってください。私はロームズを心から愛しています」
キアは優しく微笑み、全ての人に聞こえるよう直接頭の中に語り掛けた。
全開に放っていた【金色のオーラ】を止めると、「それでは次の休息日に、また教会でお会いしましょう」と、平伏したままの住民達に言って墓地から離れていく。
何処から来たのか百に近い数の蝶たちが、色とりどりの美しさを競うように飛んできた。突然咲いたハギシロの白い花の香りに誘われたのだろう。
人々がその幻想的な美しい光景に目を奪われている間に、ハモンドは倒れたキアを抱き抱えて墓地から遠ざかって行く。
ハモンドの後ろにガルロと治安部隊の2人が続く。
警備隊の2人は、幻想的な光景に感動しキアを見失っていた。グライスは直ぐに気付いてハモンドたちの後を追い掛けて行く。
「ハモンド、キア様は大丈夫なのか?」
「分かりません……膨大な力を使われたのです。暫くは目が覚めないかも知れません」
ガルロの問いに答えながら、ハモンドは泣きたい気持ちを押さえながら、心配で堪らないキアの顔を見て唇を噛み締める。
墓地から200メートルくらい離れた竹藪で、ハモンドはキアをゆっくりと寝かせていく。顔色は良くない……体も信じられない程に冷たい。
「前と同じか?呼吸はどうだ?」
2年前に共にロームズに来ていたガルロは、青い顔で茫然とキアを見詰めるハモンドを押し退け、前の時を思い出して脈と呼吸を確認する。
キアの倒れた姿を初めて見た治安部隊のルドは、ハモンドが言った【膨大な力を使われたのです】という言葉を思い出し、改めてキア……イツキという少年は、特別な存在なのだと実感する。
ようやく追い付いたグライスは、変わり果てたキアの姿を見て愕然とする。
いつも明るく元気で、怖いくらいに機転が利き、堂々とした姿からは想像できない、青い顔で意識を失っているキアの姿に言葉を失う。
「誰かフィリップ様を呼んできてください!そして馬車をお願いします」
「分かった!俺が行く」
グライスはそう言うと、直ぐに走り出した。ここに居ても出来ることがないグライスは、キアを他の仲間に託して全力で走っていく。
◇ ◇ ◇
同じ頃ロームズ教会では、ギルバート神父がごく普通に祈りを捧げ終え、祭壇をゆっくりと降りていた。
替わりに祭壇に上がったのはフィリップ神父だった。
「皆さん、今日まで忍耐強くよく頑張ってくれました。神は皆さんの頑張りをいつも見ておられます。私が皆さんにお伝えした通り、本日本国から統治官様よりも偉い、技術開発部のシュノー部長がロームズに到着されました。シュノー部長は皆さんの味方です。これからは建設現場で強制的に働かされることがないよう、ロームズの統治を正していくと言っておられます。皆さんに紹介しましょう、シュノー部長です!」
まるで講演会の司会者のように、フィリップ神父は右手を前に出し、最前列に座っていたシュノーを指すと、壇上へ上がるように促す。
モーリスであるフィリップ神父の話を聞き、住民達は喜びの表情で拍手をする。
「統治官様よりも偉いお方だ」「我々の味方なのか?」「本当にもう働かなくていいのか?」と、拍手をしながら様々な声が聞こえる。
礼拝堂の椅子には300人が座れるが、座れずに立っている者を入れると、その数はおよそ500人、教会に入りきらず外で慰霊祭に参列していた者は千人近い。
「皆さん初めましてレガート軍技術開発部部長のシュノーです。私はこのロームズの町が、2度とハキ神国から侵攻されないようにするため、そしてロームズの住民を守るため、国王陛下の命令でやって来ました。現在統治官は重い病に倒れていて、一切の業務が出来ない状態にあるようです。6月10日まで待っても復帰出来なければ、私がロームズの統治を代行します。もう少し待っていてください。働きたくても働けない統治官に代わり、勝手なことをしている悪人……ゴホン……勝手にロームズの町を我が物にしている者と、私は戦わねばなりません。どうぞロームズの平穏のため力を貸してください」
シュノーはゆっくりと深く頭を下げた。貴族なのに……統治官様よりも偉いのに……
住民達は驚いて固まる。本当だろうか?信じても良いのだろうか?と決められない。
「シュノー部長は、先程統治官屋敷から来たヒブロ事務官とケンカをして、統治官屋敷で暮らすのは気分が悪いと言われ、今日からロームズ教会で暮らされるそうだ」
モーリス様はニヤニヤと笑いながら、戸惑っている住民にサイシス達とは違う種類の人間であるとアピールする。
「シュノー部長は昨年伯爵様になられたが、威張ることより、生活に役立つ発明や武器の開発が好きだという、とても変わったお方のようだ」
「モーリス様、貴方には言われたくありません。モーリス様だって魔獣調査ばかりしている変わり者ではありませんか?」
「確かに。まあ変わり者同士、ロームズの為に力を合わせて頑張りましょう!」
モーリス様も壇上に上がり、シュノー部長と固く握手を交わす。
その様子を見ていた住民達は『この人は好い人だ』とか『この人ならロームズを変えてくれる』とか『モーリス様とこの人が、きっとロームズを良くしてくれる』と思った。そして、この人を信じてみようと思うのだった。
◇ ◇ ◇
午後3時、ヒブロは統治官屋敷の前で、屋敷には入らず考え事をしていた。統治官代理のサイシスに、どうやって教会でのことを伝えたら良いだろうかと。
そして10分が過ぎた頃、統治官屋敷の扉を開くと、ギュッと両手を強く握って覚悟を決め、2階の執務室に向かって歩き出した。
サイシスの部屋のドアをノックすると、思いの外機嫌の良さそうな声が聞こえてきた。
はて?と首を捻りながらも、話の順序を間違えないようにしなければと緊張する。
「サイシス様只今戻りました。良い知らせと、大変重要な情報を入手いたしました。良い知らせから話しても宜しいでしょうか?」
「良い知らせと重要な情報?良い知らせなど有るのか?」
サイシスは怪訝そうな顔でヒブロを見るが、やはり機嫌は悪くなさそうだった。
「はい、実は……申し上げ難いのですが、技術開発部部長と面会した際、私の敬意の払い方が気に入らなかったようで、お前のような無礼な事務官を遣いに寄越す統治官とは、同じ屋根の下で暮らしたくないと言われ、この屋敷ではなく教会に逗留することになりました」
「なに?ではこの屋敷には来ないのか?」
サイシスは背凭れに背をつけ腕を組み、右足を上にして足を組んでいたが、急に足を戻し体をまえのめりにして執務机の上に手をついた。
「はい、自分は統治官より2つも地位が上だ。統治官とサイシス様が2人揃って6月10日までに、教会に挨拶に来いと言っていましたから」
「チッ!偉そうに政治も分からない技術屋のくせに」
サイシスは机をドン!と拳で叩き腹は立てたが、屋敷には来ないのだと安堵した。
「重要な情報ですが2つあります。1つはレガート軍が20人来たのではなく、3人は技術開発部、15人は建築関係の人間、2人は護衛でした。2つめは、6月20日に本国から王の調査官として、秘書官補佐が来るそうです」
ヒブロは怒りを買いたくないのと、どうせそれまでにサイシスが邪魔者をなんとかするだろうと思い、真実を曲げた上で、6月10日までに挨拶に来なければ、シュノー部長が統治を代行するという大事な部分を知らせなかった。
「なに?秘書官補佐が直々に来ると言うのか?」
「はい、シュノー部長は秘書官補佐が来たら本国に帰るそうです」
「それで、軍人ではなく建築関係の人間が何をしに来たんだ?」
「申し訳ありませんが、そこまでは調べられませんでした」
「まあいい……奴等は我々が敵だとは気付いていない。任務を遂行するため必ず協力するよう言ってくるだろう。傭兵を潜り込ませれば済むことだ」
サイシスは大きく息を吐き、机の上の小箱から葉巻を取り出し火を点けた。
「明日から暫く工事は中断させる。奴等の目的が分かり次第、我々に都合の悪いことなら阻止し、武器に関する物なら、完成してから奪えば済む。傭兵たちの見張りを強化させろ!暫く奴等には手を出すなと命令を徹底させろ。分かったな?それからお前は建設資材の調達に、ハキ神国のルンナの街まで行ってこい。ハキ神国側から入れば半日で着ける。資材は隣のハビルの街を経由せず、裏ルート(ハキ神国側)から納入させろ。今度こそしくじるな!」
「はい、サイシス様。承知しました」
サイシスが怒り狂う状況にならなくて良かったと、ヒブロは胸を撫で下ろしながら執務室から出ていった。
そして、入れ替わるように傭兵頭のマゴンが入室してきた。
「マゴン、今の話は聞いたな?当面の危機は去ったようだが、奴等の動きから目を離すな!ヒブロが建設資材を調達してくるまで、奴隷達(住民達)は休ませろ!6月20日迄にどう動けば良いか、大師イルドラ様にお伺いをたてる……直ぐに手紙を書くから10分後にまた来い」
マゴンに指示を出し1人になったサイシスは、フーッと葉巻の煙を吐き出し、背凭れに背を着けると「クックック」と小さく笑った。
先程まで人質をどうしようかと気を揉んでいたのに、あっさりと解決してしまった。奴等がその気なら、6月10日までは、面会のために屋敷に来ても絶対に会ってやるものかと、右口角を上げ卑しい顔を一段と卑しくした。
やはり自分はギラ神に選ばれた特別な存在なのだ!その証拠に、運が自分に味方しているではないか!
ある意味前向きなサイシスは、ギラ新教の大師イルドラに宛てた手紙を書き始めた。
1098年5月30日、《フィリップ&シュノー》対《サイシス&マゴン》の頭脳戦が10日間に渡り繰り広げられる。
大師イルドラと戦う予定のイツキは、夜になっても目を覚まさなかった。
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