慰霊祭
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午後2時、教会の鐘が鳴らされた。
その鐘の音を合図に、住民達は教会と墓地を目指して家を出る。鐘の音から30分後に慰霊祭が行われると、昨日住民には知らせてある。
ロームズ教会の集会所で作戦会議を終えた一行は、午後1時半には各々自分に与えられた仕事を開始していた。
教会に残っていたのは技術開発部の3人、フィリップ、ドグ、レクスとハビル正教会組3人、警備隊のシードルフ、セブルの11人だけである。
国境警備隊副隊長ヤマギは本隊の部下15人と、ロームズ組4人を連れ、国境警備隊の詰所と宿舎を回り作戦を伝える為に出発していた。
イツキはハモンド神父、ガルロ、本隊のメンバーである治安部隊の2人、レガート軍事務官のグライス、警備隊リーダーのボグ、エイコムを連れ墓地に向かった。
午後2時5分、統治官屋敷の代表者だと名乗るヒブロがやって来た。
ヒブロは教会内を見回し様子を探る。既に礼拝堂の扉は開いており、モーリスのギルバートが慰霊祭の準備をしていた。
対応したのは警備隊のシードルフとセブルだった。
「これはヒブロ様、教会にご用でしょうか?」
「シードルフ、お前ここで何をしている?勝手な行動は許さんぞ!」
「勝手な行動?我々は警備隊です。本日の慰霊祭警備に決まっているではありませんか。モーリス様から住民が混乱しないようにと依頼を受けたのです」
シードルフはヒブロに淡々と、仕事をしているだけだと告げる。
「本国から来たレガート軍一行を見なかったか?」
「レガート軍?ああ、技術開発部の方々ですね。シュノー部長は熱心なブルーノア教の信者だそうで、真っ先に教会に立ち寄られ、執務室でモーリス様と話をされています」
「ではレガート軍の者達は、全員この教会に居るのだな?荷車はどうした?」
「はっ?荷車ですか……我々は見ていません。それに、本日来られたのは技術開発部の3人と護衛の2人、他の15人は……確か建築関係の人達だったと思います」
ヒブロの質問に対し、打ち合わせ通りに受け答えをするシードルフである。
ヒブロは首を捻りながら、執務室に案内するようシードルフに命令する。貴族の端くれと言うだけで、きちんとした文官でもない事務職員のくせに、サイシスの部下だと言うだけで偉そうにする。
「失礼します。統治官屋敷で働く事務員のヒブロ準男爵が、シュノー部長に面会したいと参られました。お通ししてもよろしいでしょうか?」
警備隊のシードルフは、神父の執務室のドアをノックして声を掛ける。
「あーいいよ!通してくれ」
室内からシュノー部長の返答があり、シードルフはドアを開けヒブロを通した。
「統治官屋敷で事務官をしているヒブロです。統治官代……統治官補佐をされているサイシス様より、伝言を言付かり参りました」
ヒブロはそれらしく頭を下げ、サイシスの身分を途中で訂正しながら口上を述べた。
「統治官補佐?統治官ではなく補佐殿がなんの用だろう?」
「本日慰霊祭が行われるので、ぜひ全員で参列願いたいとのお言葉です」
「こちらのモーリス様から、慰霊祭の話は聞いている。当然参列するつもりだが、統治官と補佐の2人はどちらに?教会ではなく墓地の方かな?」
「いえ、統治官様は体調を崩され休んでおられます。サイシス様は他の用で参列出来ません」
「ほう……たかが少佐の地位に過ぎない統治官補佐が、指揮官の地位と同等の技術開発部部長であるこの私に、直接挨拶に来ないばかりか、ただの事務員を遣いに寄越すとは……余程身の程を知らぬ方らしい。それともレガート国では、これ以上の出世は必要ないということだろうか?」
日頃から温和で人に怒りをぶつけることもなく、自分の地位をひけらかすこともしないシュノーだが、役作り上の演技で偉そうにしている。
「…………」
侯爵である統治官でさえ敬うことを知らぬサイシスに仕えてきたヒブロは、自らも指揮官がどれ程偉いのかなんて、正直考えたことなどなかった。が、面と向かって主であるサイシスを、たかが少佐の地位に過ぎない……とか、身の程知らずと言い捨てられたのは初めてで、衝撃のあまり言葉がでない。
「そのような無礼な者と、1つ屋根の下で暮らすのは気分が悪い!まだ教会で暮らした方がましだ。帰ってサイシスに伝えろ。統治官の病が直ったら、共に教会に挨拶に来いと。……もしかしたら、事務員のお前は知らないのか?私は統治官のウルファー殿より、2つ階級が上だが……知らぬのなら、その無礼な態度は仕方ない」
「も、申し訳ございません。私はただの事務員で無知のあまり失礼しました。決してサイシス様が悪いのではありません。どうぞお許しください」
ヒブロはいきなり土下座し、自分がサイシスの立場を悪くしたことに気付くと、なんとか取り繕うように謝罪する。
「統治官殿はかなり具合が悪いようだとモーリス様から聞いた。6月10日までに私の元へ挨拶に来なければ、統治官として責務を果たせないと断定し、10日からこの私がロームズの統治を代行する。6月20日には国王直轄の調査団が到着すると聞いている。確か調査団の指揮は秘書官補佐が執ると聞いている。秘書官補佐殿が来られるまで、私はロームズに滞在する。そう統治官殿に伝えよ」
「承知しました技術開発部部長シュノー様。直ぐにお伝えします」
ヒブロは直角に体を曲げ頭を下げると、青い顔をして執務室を出ていった。
執務室の窓から様子を見ていたモーリス様は、慰霊祭にやって来た住民達に何度もぶつかり転げるヒブロを見て、作戦の成功を予感する。
「さあ、慰霊祭に参列くださいシュノー部長。1番前の席が確保してあります」
フィリップは笑いながら親友であり幼馴染みに声を掛け、執務室を出ていった。
◇ ◇ ◇
ロームズの町の墓地は、町の中心にある役所から真っ直ぐ南に向かう道の先、ハキ神国との国境に近い場所にあった。
オリ王子の別邸の建設現場は南東の方角に在り、ハキ神国に抜ける道があるのは、屋敷の前を通る道の先だった。
「あれから2年、この墓地でハキ神国軍兵士の埋葬をし祈りを捧げたのは、確か6月15日でしたね」
キアは2年前のあの日を思い出しながら、綺麗に整備されている墓地を見回し言った。
この墓地には、戦争で亡くなったロームズ住民とハキ神国軍の兵士が埋葬されている。敵国の者達ではあったが、ロームズに残された(ハキ神国から見捨てられた)ハキ神国軍の兵も、今では半数がロームズの住民となっている。
「はいキア様。あの日は夕方でしたが暑い日で、墓地に咲き始めた白い花から、爽やかだけど甘い香りがしていたのを覚えています」
ハモンドはそう言いながら、あの日のことを思い出す。そして墓地の回りを取り囲むように植えられている、ハギシロの細い木の固い蕾を残念そうに見詰める。
ハギシロの木は蔓がどんどん延びてゆき、野ばらのように柵に巻き付き、1つの房に10以上の花をつける、この辺りにしか生息していない変わった木だった。2年の間に、すっかり美しい緑の葉の垣根が出来上がっていた。
住民達にとっては久し振りに聞く神父様の祈りであり、そして大切な慰霊祭だった。
本来なら2年前の開戦日である5月25日に、行われるはずの慰霊祭だったが、教会での祈りを禁じられていた為、住民達は墓に来て手を合わせていたのだった。
「良かったなあ、モーリス様の言われていた通り、今日はこうして祈りが出来る」
「ああそうだ。本当に神様は我々をお救いくださったのだ」
「モーリス様は、神の試練は5月30日迄だと仰った」
「神母様は、レガート王が素晴らしい褒美を用意していると仰ったそうだ」
「今日は午後から建設工事は休めたが、明日からどうなるんだろう……」
「教会の近くに住んでいる者が言っていたが、昼に本国から偉い人が来たそうだ」
「ところで聞いたか?神母様が統治官代理に剣で脅され、皆の前で辱しめられたそうだ」
「なに!なんという罰当たりなことを……これからは我々もお守りせねば」
そんな噂話をしながら、住民達は慰霊祭が始まるのを待っていた。
現在ロームズ教会にはモーリス様が2人いらっしゃると住民達は知っていた。だから当然今日の慰霊祭は、モーリス様が祈りを捧げられるものだと皆は思っていた。
ロームズの住民達は、2年前イツキが起こした奇跡を体験していた。そのことを、住民達は誇りにして生きてきた。どんなに辛くても、ロームズは神に愛された特別な場所であると信じて。
イツキ(子どもの神父様)の正体は謎のままだが、その後に残られたファリス様(現在ラミル正教会に居るハビテ)が、奇跡について口外してはならないと住民に誓わせ、【ロームズは神に愛された町だ】と告げたことから、人々はどんなに辛い時でも神を信じていた。
2時半になり、墓地の中央に現れたのは神母様だった。真っ白い綿の神服(急遽ソルさんにお願いした)を着て、いつものメガネを掛けている。
住民達は「えっ?モーリス様じゃないの?」と少しがっかりした表情になったが、とにかく慰霊祭が行われるのなら、そして祈りが聞けるのならいいか……と思い直して礼をとった。
「皆さん、私は2人のモーリスとは違い、リーバ様の命令でロームズにやって来ました。リーバ様は私に仰いました。ロームズに行って神の子達を勇気づけてこいと。ですから、慰霊祭は私が祈りを捧げます。戦争という愚かな行いで命を落とした方々に、心を込めて祈りましょう」
キアが祈りの前の挨拶を終えると、墓地中央に設けた祭壇に居たハモンド神父が、事前に準備しておいた蝋燭に火を点けた。そして聖杯にガラスのビンから水を注ぎ終えると、キアから少し下がってひざまずいた。
住民達は「リーバ様の命令……」とか「リーバ様が気に掛けてくださっていた」と、喜びの声を上げている。
キアは聖杯を額の高さまで持ち上げ、何かをブルーノア語で呟いた後、再び聖杯を祭壇に戻した。
「雲は流れ雨が降る。富める者の上にも貧しき者の上にも。そして誰も死から逃げることは出来ない。それが病であっても事故であっても、そして戦争や犯罪に巻き込まれたとしても、老いて天寿を全うしたとしても。等しく死に向き合う運命を変えることは出来ない・・・神は祈りにより霊を天にかえし・・・祈りにより死者の道を指し示すものなり」
慰霊祭のはじめの言葉を、キアはよく通る声で唱えると、死者の霊に捧げる祈りを捧げ始める。高く透き通った声で。
祈りが始まって5分……人々は涙を流し始めた。泣く気なんてなかった者も、住民の後ろで脅すように立っていた傭兵も、事務官のグライスも警備隊リーダーのボグも、こっそりやって来ていた工事現場の事務官ソンシブも……
そしてまた3分が過ぎた頃、人々はあることに気付き始める。
それは何処からともなく香り始めた。少しずつ柔らかに……そして次第に爽やかな香りに変わった。何だろう……?と人々は祈りながら考えたり感じたりるする。
キアの祈りが終わりに近付いた頃、人々はその香りが何なのかを知る。
爽やかな香りは次第に甘い香りに変わり、そして一気に華やかな香りへと高められた。
いつの間にか神母様の祈りは終わっていた。
まさか……でも……という思いで、涙を流しながら人々は目を開けた。
涙を指で拭いながら確かめるように辺りを見て、全ての人が息を呑んだ。
墓地は満開のハギシロの白い花に囲まれていた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
年度末を舐めてました・・・今年は忙しくて目が回りそうです。
更新遅くなってすみません。




