本隊到着(2)
レガート軍一行20人が本国から到着したと聞いたサイシスは、思わずカップを落とし床にお茶を溢してしまった。
「レガート軍?何の用で来たんだ?」
「はいサイシス様、それはまだ分かりませんが、荷馬車で何か運んできたようです。代表者の欄に技術開発部部長の名前があります」
「なんだと!技術開発部部長が直々に軍を率いて来たというのか?」
サイシスは声を荒らげて、何が起こっているのか考えようとするが、皆目見当がつかない。左手を口元に当て肘をテーブルにつき思案するが、予想される事態に対処する必要があると気付き、「チッ!」と舌打ちする。
シュノー部長は、必ずこの屋敷を訪れるはずなのだ……統治官との面会を申し出るだろう……いやいや、この屋敷に逗留する可能性が高い。そうなると、屋敷の中を調べられるだろう。人質は何処かへ移さなければならない。
いっそのことシュノー部長も幽閉すれば良いのではないか?
いや、先ずは何をしに来たのかを探らねばならない。
「サイシス様、もしかしたら、我らが主に有益な情報が得られるかもしれません。技術開発部なら武器に関係しているのでは?」
軽くパニックになっているサイシスに冷静に声を掛けたのは、ギラ新教の大師イルドラが送り込んでいる傭兵頭のマゴンである。
ここのところ建設中の建物の進捗が遅れている。恐らく大師イルドラ様も、ハキ神国第1王子オリ様もお怒りになるだろう。
そうでなくても、オリ王子が送ってきた関係者(ハキ神国軍の軍人等)が、5人も姿を消し戦力不足の今、迂闊に動くことも出来ない。
「武器か……それならあの御方も喜ばれるだろう。しかし、オリ様の屋敷の建設が益々遅れることになる」
「サイシス様、建設資材の調達も遅れていますので、暫く住民たちを休ませて、軍の者達が帰国したら死ぬまで働かせれば宜しいのでは?」
建設の遅れを毎日のように責められている、サイシスの駒である事務官のヒブロは、どこかホッとしたような感じでサイシスの機嫌を取る。
「それよりも、住民たちを無理矢理働かせていることを知られては不味い。直ぐに傭兵全員に口止めに向かわせろ!何か喋れば町長と工場長の命は無いと脅せ!」
「承知しました。都合良く住民は皆、慰霊祭に向かうはずですから大丈夫です」
マゴンはそう応えて直ぐに部屋を飛び出し、屋敷中の傭兵を集め伝令に走らせる。
『くそっ、間抜けなレガート王の調査官は、来月中旬以降に来る予定だったのに……だから、それまでに建物を完成させ、完全にロームズをハキ神国の領土とする予定が……それより人質をどうするかだ……』
サイシスは座っていられなくなり、部屋の中をうろうろと歩き回り思案し始める。
「私が時間を稼ぎます。レガート軍や技術開発部の者が、この屋敷に来るのを遅らせます。そうです。慰霊祭に参加させましょう。私も屋敷の代表として参加します」
ヒブロは自分がこれ以上面倒な役回りをしたくないので、足止め役を買って出る。
秘密保持のため、屋敷の中には使用人と呼ばれる者がおらず、こういう時に使える人間が居ない。食事の準備に来る女性は居るが、通いであり掃除は1階だけしかさせていなかった。
普段屋敷で生活しているのは、サイシス、ロイス少佐、ヒブロ、領主屋敷の設計者、技術者2人、事務官のオールズ、傭兵頭のマゴン、傭兵5人の計13人。そして幽閉されている者が9人居た。
領主屋敷の設計者と技術者は、ギラ新教大師イルドラがハキ神国から派遣していた。
サイシスはチリンチリンと呼び鈴を鳴らし、事務官のオールズを呼ぶ。
「1階の部屋を全て空けておけ。お前と技術者達の荷物も全て2階に移動しろ」
「それは何故ですか?」
「お前に理由を言う必要は・・・本国から客が来た。邪魔な奴等を2階に上がらせる訳にはいかない。いいか、統治官達を殺されたくなければ、余計なことをするな!」
「ここに滞在するのですか?は~っ、面倒なことだ……私は余計なことなどしませんよ。ですから、私にこれ以上仕事を押し付けないで貰いたい」
オールズは不機嫌な顔をして部屋を出ていった。逆らわないが納得できない命令には、絶対に従わないオールズである。
部屋の移動を始めるため自室に戻り、オールズはニヤリと笑った。
『いよいよキア様の作戦が始まるのだ。私は私にしか出来ない情報収集や屋敷の様子を知らせ、最終決戦までに、決して人質を殺させないようにする。よし!』
オールズは両手で自分の両頬をパン!と叩き、口には出さず気合いを入れ、荷物の移動を開始する。当然移動する部屋は階段横の部屋である。人の動きを監視し、自分が出掛け易いよう部屋を取る。
「サイシス様、住民への脅しの指示はしましたが、それでも隠せるとも思えません。雀の涙程でも給金を払っていたのですから、開き直られたら良いのでは?それより武器の設置をするのかどうか、国境の備えを変えるのか……少しでも情報が分かれば、あの方にお知らせし、指示を仰がねばなりません」
「そうだなマゴン、それに今ロームズにお越しいただくのは危険だと、お知らせせねばならんな。邪魔なら消せば済むことだ。とにかくこの屋敷に滞在させぬよう手を打て。ロームズのホテルを空けさせろ。傭兵達は……暫くの間建設中の建物で生活させろ!誰も近付かぬよう見張らせろ!」
サイシスは一通りの指示を出し終え、マゴンが部屋から出ていくと、フーッと大きく息を吐き椅子に座る。そして落ち着きを取り戻すと、不敵に笑い「たかが技術開発部部長だ」と呟いた。
そして、ふとキアの言葉を思い出す。
きっと貴方は私に感謝するでしょう……住民を休ませてくれてありがとうと……
神の啓示と言っていたな……フン!生意気な娘だ。ブルーノア教会と戦うなら1万の兵を集めろと言っていたが、今にその言葉を後悔させてやろう。
ギラ新教に選ばれた私は、このロームズを納める領主となる。それは、ギラの神が決められたことなのだ。
「そうだ、何も恐れることはない。私は選ばれた者だ。ハーハッハッ。偉大なオリ王子様の屋敷を完成させれば、私はハキ神国の伯爵となり、この町の名はサイシスとなるのだ。武器の情報を伝えれば侯爵も夢ではないだろう」
久し振りに追い込まれ興奮したせいか、サイシスの精神はハイになっていた。そして自分の輝かしい未来を確信し、気味の悪い笑い声を屋敷中に響かせた。
◇ ◇ ◇
正午、本隊20人とドグがロームズ教会に到着した。
一行はイツキからの指示で、昼食後は慰霊祭に参加することになっていた。
元々私服で旅をして来ていたので、教会に到着した一行は、レガート軍の関係者だと住民に思われることもなく、教会の敷地内に荷馬車を着けることが出来た。
「お疲れ様。昼飯しながら作戦会議をする。集会所に集合してくれ」
国境警備隊副隊長のヤマギが、本隊のメンバー達に声を掛けていく。集会所からはスープのいい匂いが漂ってきて食欲をそそる。
シュノー部長と治安部隊のルドの2人は執務室に通され、モーリス姿のフィリップに会っていた。
「おいフィリップ、ロームズはどうなっているんだ?無事に住民の強制労働は止めさせられたのか?」
シュノーは道すがら殆ど住民の姿を見ていなかったので、計画通りにことが運んでいるのか心配になり質問した。
「今日の午後から工事現場の工事は中止される。サイシスは今日の午後だけ中止にしたつもりだろうが……とにかく、住民の暴動もサイシスによる虐殺も起こってはいない。何せ、キアさんが体を張ったんでな」
フィリップはそう言いながら、意味あり気にシュノーに微笑み掛けた。
「体を張った?イツ……キアさんは何処に?」
「集会所で昼食の準備を手伝っているさ。さて俺達も行こう。ルド、お前絶対に名前を間違えるなよ!今、間違えそうになっただろう?2回間違えたらハキ神国に情報収集に行かされるぞ」
その頃可愛いシーラちゃんが、お母さんのソルさんとテーブルの上に皿を並べていた。レクスと警備隊のエイコムも昼食の準備を手伝っている。
今日の昼食は、40人分以上の準備が必要だったので、ソルさんが義理の母である食料品店のおかみさんと、行方不明になっている工場長の長男のお嫁さんを応援に呼んでいた。
「スープを注ぎますので、カップを持って鍋の前に並んでください。パンはこれから配りますのでお待ちください」
キアは明るく元気に声を掛けながら、手に持った大きなバスケットの中から、切ったパンを取り出して皿の上に置いていく。
スープを注ぐのはソルさんで、美しいソルさんに鼻の下を伸ばしながら、皆は嬉しそうにカップを持って並んでいく。
「あのう、キアさんと言う娘は今日は居ないのですか?」
「えっ?キアさんならそこでパンを配ってますよ」
技術開発部のコウヤが、スープを注いで貰いながら質問をすると、ソルは不思議そうに首を捻りながら、キアに視線を向けて答えた。
その言葉を聞いた本隊の18人は一斉にキアに視線を向ける。
「「「ええぇーっ!」」」
思わず2人くらいが手に持っていたカップを落とし、3人は落としそうになっていた。
「皆さん、分かっていますね。名前を間違えたり役になりきれなかった時のペナルティは2つで、ハキ神国に楽しい楽しい旅に出ることになりますわよ」
イツキ君は何処だろうかと探していた本隊のメンバーだが、まさか目の前の少女がイツキだとは……もしかしたら……と思っている者も居たが、あまりの成りきり方に、似ているな~くらいにしか思っていなかった。
なぜここまで皆が気付かないのか、それは、カツラの他に青い色付きの眼鏡(上級学校でしていた物)を掛けていたからである。
イツキの特徴である黒い瞳に黒い髪・・・その2つが違うだけで、人というのは判別に自信が持てなくなるのだ。ただイツキの場合、髭も生えておらず、脛毛も薄くツルツル……元々女性顔という特殊な事情がプラスされている。
本隊メンバーも殆どが独身である。いくら日頃女性に縁が無いといっても、つい可愛い子だなぁなんて思った者は、複雑な顔をしてキアを見て特大のため息を吐いた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




