本隊到着(1)
レクスの身分を明かした挨拶は、ロームズ警備隊の4人に大きな衝撃を与えた。
「「「「フィリップ秘書官補佐!」」」」
慌てて軍礼をとる4人・・・軽いパニック状態のまま、レクスに促されなんとか椅子に座り姿勢を正した。
レガート軍にとって秘書官補佐という存在は、それなりに雲の上の人である。しかし、警備隊にとって秘書官補佐……フィリップという存在は、全く違った存在になる。
フィリップは【王の目】を率いる【キシ公爵の番犬】であると同時に、在籍していたのは王宮警備隊であり、警備隊のトップは秘書官である。と言うことは、その地位を軍に例えると、副司令官又は指揮官と同じだった。
フィリップ秘書官補佐が動いていると言うことは、すなわち王命で動いていると言うことになる。
貴族にとって怖すぎる存在の【王の目】だが、警備隊にとって【王の目】は、貴族の不正を正す最も尊敬するエリート部隊だったのである。
4人は憧れのフィリップ秘書官補佐に会えたことが信じられないのか、頬をつねったり叩いたりして、これが現実なのだと目を輝かせる。
「「申し訳ありませんでした!」」セブルとエイコムは、これまでの無礼を詫びるため土下座しようとして、レクスに止められる。
「それでは早速作戦会議に入る。今回の任務は人質になっている者達を救出し、住民を【ギラ新教徒】から解放することだ。レガート国の作戦名は【ロームズ奪還作戦】。レガート国はブルーノア教会と協力し任務を遂行していく。総合的な作戦名は【ロームズ危機回避作戦】だ。レガート国の指揮は私が執る。ブルーノア教会の指揮は、神母様であり医師のキアさんが執っている」
神父の執務机につき、フィリップはゆっくりと作戦名を告げる。金色の瞳を輝かせ噂通りの美しい顔に、つい見とれてしまう4人である。
レガート軍では、【泣く貴族も黙る鬼のフィリップ】とか【非道なまでに容赦ない男】と呼ばれている。
しかし、警備隊では違う呼び名があった。【王の目の美しい金色の瞳は、どんな悪も許さない】とか【美し過ぎる暗殺者】とか【どんな美女も黙らせる氷の男】などと呼ばれていた。
4人の警備隊員は、噂は嘘ではなかったと、美丈夫なフィリップを見て感動する。
「えっ?キアさんが教会の指揮を執っているのですか?ギルバート神父はモーリス様ですよね?」
セブルはつい何時ものように、気軽にモーリスのフィリップ神父に声を掛けてしまい、慌てて「申し訳ありません!」と謝罪する。
「構わないよ。我々は同じ作戦を遂行する仲間だ。それに、敵である【ギラ新教徒】に正体を知られては困る」
フィリップは威張ることもなく、軽く微笑みながら緊張する必要はないと言う。
「フィリップ秘書官補佐、その【ギラ新教徒】とは、もしかしてサイシスのことですか?それともロイス少佐ですか」
「ボグ中尉、その2人とヒブロの3人は、ハキ神国の第1王子オリに仕えている。キアさんによると建設中のあの建物は、どうやらオリの別邸らしい」
「「「「えーっ!なんだって!」」」」
4人はつい大声で叫んでしまった。まあ、誰だって叫びたくなる驚きの真実である。
そこに、人数分のお茶を持ったキアが、笑顔で執務室に入ってきた。
「お疲れ様です。今日から仕事量が倍になります。ゆっくりお茶を飲めるのは、これが最後かも知れませんね。なんて……冗談ではありませんわよ」
1人1人の前に冷ましたハーブティーを置き、愛嬌たっぷりに笑うと、フィリップの座っている執務机の方に歩いていく。
執務机の左右には、応接室に置いてあった椅子が2脚置いてあり、片方にレクスが座っていて、もう片方にフィリップが座り直す。
そして、「えっ?」「どうして?」という顔をしてキアを見ているセブルとエイコムを無視し、当たり前のように執務机についたキアは、自分の前に置いたお茶をゆっくり飲むと、立ち上がり挨拶をする。
「今回、ロームズ危機回避作戦の全指揮を執るキアです。わたしはリーバ様の命により、ギラ新教徒に乗っ取られたロームズの住民を解放し、ハキ神国のバカ王子によるロームズ略奪を阻止する為、レガート国と協力体制をとることにしました」
「リーバ様の命……」「ハキ神国のバカ王子……」「全指揮を執る?」「ロームズ略奪?」と、4人は口々に疑問の言葉を吐く。
「バルファー王は、全指揮権をブルーノア教会のキアさんに一任された。キアさんはロームズの危機を王様に知らせ、別動隊である我々を率いてロームズに乗り込まれた。サイシス達にはただの神母であり看護師だと思わせているが、キアさんは医師資格も薬剤師資格も持っている天才だ。それに……ただの神母様ではない。教会での地位は俺の口から語ることはできないが、キアさんが戦略を立てる天才であることは、この俺が保証する」
フィリップはさらりと説明するが、はい、そうなんですね……とは思えない4人である。これが普通の感覚なのだが、既にフィリップもレクスも普通の感覚を無くしていた。
「「「「…………」」」」
セブルとエイコムは、昨日のサイシスとのやり取りを知っているので、あれも戦略だったのか……?と首を傾げる。そう言えば医師資格?薬剤師資格?って聞いたぞ……?と思い出す。あまりに次元の違う全指揮権については、頭の中でスルーしていた……
「えっと……キアさんて、何歳でしたっけ?」
エイコムはかなり年下だと思っていたキアが、もしかして年上だったのかと質問する。
「まあ、女性に歳を訊くなんて……見た目で分かりません?」
「う、う~ん、でも、神母様だし……医師資格持ってるし……イントラ高学院を……22……いや23歳くらい……かな?」
24歳のエイコムは、ギリギリ自分より年下年齢を設定する。
「ゴホン!エイコムさん、キア様は14歳です。だからフィリップ様が天才だと言われたのです。それに、キア様は総指揮官様です。言葉には気を付けてください」
レクスが不機嫌な顔をして、年は自分より上だが階級が下のエイコムに注意する。
「申し訳ありません指揮官補佐。我々は指揮官補佐に従えば良いのですね?」
リーダーのボグ中尉はキアをちらちら見て、教会の人間が……まして14歳の少女に指揮が執れるとは、到底信じられなかった。
「……そうだな。だが、現場で直接キアさんが指示を出すこともある。キアさんの命令は絶対だ!俺がキアさんに全幅の信頼を寄せていることを忘れるな!」
「「「「了解です!」」」」
「では本題に入ります。今この時からロームズ警備隊はサイシスの指揮下から、フィリップ秘書官補佐の指揮下に入ります。皆さんの本日の仕事は、レガート国から到着する本隊の警護と、慰霊祭に於ける住民の警護です。詳しい仕事内容はレクス少尉から説明があります。それから……セブルさんとエイコムさんは、交替でわたしの護衛をしていただきます」
キアはうっすら微笑みセブルとエイコムを見る。2人はこれが大事な話だったのか……と、少しガッカリしながらも「「承知しました」」と微妙な笑顔で返事をする。
「お前達がキアさんより強いとは思えないが、とにかく命懸けでお守りしろ!」
「ええっ?いくらなんでもキアさんよりは強いかと」
フィリップの命令に不服そうにセブルが答え、レクスが「はーっ」とため息を吐く。
「では、午前9時にはグライス事務官が国境警備隊の隊員を数人連れてくるので、気合いを入れるために剣の稽古でもしましょう。ガルロさんに練習用の剣を頼まなきゃ」
キアは急に剣の稽古をしましょうと、黒い微笑みを浮かべて4人に伝える。フィリップとレクスは急に顔が引き締まったが、セブル達は稽古かぁくらいに軽く考えた。
午前9時、教会警備隊の2人を含めた14人が、剣の稽古と称する試合に挑むことになった。その中には警備隊の4人、国境警備隊の4人、レクス、ハモンド、ガルロ、ヤマギが入っている。キアとフィリップは、決勝前のデモンストレーション的に剣を合わせることになった。
キアの腕を知らない者達は、フィリップ自らが、キアに剣の手解きをするものだと思っている。
「ハモンドさん、レクスさん、期待してますわ、ホホホ」とキアが弟子に渇を入れ、2人の顔が引きつったのは言うまでもない。
10時が近付いた頃、勝ち上がったレクス22歳と警備隊シードルフ29歳の決勝の前に、フィリップとキアのデモンストレーションの番が回ってきた。
今日のキアの格好はいつものエプロンドレスより、少し丈の短い膝下15センチくらいのワンピース姿で、素足が見えていてフワッとしたフレアーだから、エプロンドレスよりは数段動き易そうだった。
「キアさん、その格好で良いのですか?」
「あら、何時もの姿で戦えなければ、意味がありませんわ。それとも、ドレス姿のわたしに勝つのは気が引けます?」
「滅相もない。これで負けては立場がありませんし、手加減する気もありません」
尊敬する秘書官補佐様の剣の腕を、一目観ようと2人を皆が取り囲む。そんな中聞こえてきた2人の会話に、キアの正体を知らない者は違和感を覚えた。
「いつでもどうぞ、モーリス様」とキアが声を掛けるや否や、フィリップが鋭く横から斬り込み、キアはヒラリとかわす。本当にワンピースの裾がひらひら揺れるので、皆は視線を何処に向けようかと悩む。
しかし体も解れてきた5分後、全員の視線は剣先に向けられていた。よく見ておかないと剣の動きが目で追えなくなるからだ。
お遊びで秘書官補佐がキアに付き合う程度だと思っていた者は、大きく目を見開き口を開けたまま、必死に動きを追っている。
キアがフィリップの剣を避けてしゃがみ、立ち上がろうとしてワンピースの裾を踏んでしまい思わずよろけると「やっぱり邪魔ね!」と言って裾を剣で切り裂こうとする。すんでのところで、世話焼きの兄ハモンドが剣に手を掛け止める。
「はい、キア様もう練習時間は終わりです。モーリス様もいいですよね?」
不服そうな顔のキアから剣を取り上げレクスに渡し、ハモンドはフィリップに確認する。
「くそー、まだ1本も取ってないのに」
「あら、それはわたしの台詞ですわ!」
ブツブツ言いながらも、フィリップは持っていた剣をシードルフに渡した。
決勝はレクスが勝ったのだが、キアからまだまだねと言われ、肩を落とした。
「あの~、レクスさん、キアさんって剣も天才なんですか?」とシードルフが訊いてきた。その言葉に警備隊、国境警備隊の者が注目する。
「あぁ……私は剣も体術もキア様に勝ったことはないな……フィリップ様でも互角?だから警護するなら、邪魔にならないように頼みます」
警備隊の中で、指揮官ヨム、秘書官補佐のフィリップは1、2を争う腕で有名だった。キアの正体や実力を知らず、キアの指示に従うことに難色を示した警備隊の4人に、聞こえるようわざと大きな声で言い、ちょっと胸のモヤモヤが解消されたレクスである。
その反面、絶望的な顔をして項垂れているセブルとエイコムを見ると、ちょっと可哀想な気がした。キア様の下僕……警護の2人の肩を何故かポンポンと叩き、「ドンマイ」と心の中で声を掛けるレクスだった。
そんなこんなで打ち解けた別動隊・国境警備隊・警備隊・教会警備隊の面々である。
午前11時半、お待ちかねの本隊20人とドグがロームズに到着した。
明日から誰も入国させるなと指示を受けていた入国審査の傭兵は、今日なら良いのだろうと問題なく入国させてくれた。
そして、その情報が統治官屋敷に届いたのは、サイシスが慰霊祭の妨害をどうしてやろうかと考えながら、食後のお茶を飲んでいた午後1時頃だった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
サクサク進行する予定が……あれ?
本隊合流でいよいよ決戦が始まる予定です。




