サイシスとの対決 (3)
サイシスは最後に残った部屋のドアを勢いよく開けた。そしてマゴンと傭兵の2人は、剣を抜いて部屋の中へ突入する。
「キャーッ!誰か、誰か助けてー」
すると10畳ほどの広さの部屋の窓側に敷かれた布団の上で、怯えた顔で自分達を見ながら叫ぶ少女の声が、室内……いや教会の敷地中に響き渡った。
サイシス達は、その大きな悲鳴に逆に驚きながら、しまった!と直ぐに後悔する。
そしてキアは、大窓から裸足で外に飛び出していく。
その姿は休憩用なのか薄く白い夜着のような格好で、体の前側は先程まで着ていた服で隠されていて、顔は恐怖で歪み涙を溜めており、酷くショックを受けたのか、飛び出した大窓の前で立ち尽くし、服を持つ手はガタガタと震えている。
「た、助けて……剣を、剣を抜いた男達が襲ってきました」
大窓の外で待機していたセブルとエイコムに向かって、キアは助けを求めた。
その少しセクシーな格好……いや、か弱そうに脅える少女の姿に、助けを求められた血気盛んな青年2人は、当然のことながら直ぐにキアを保護し、神父の住居の部屋の中に居る者達を、剣を抜いて睨み付ける。
「なんということを……あれほどモーリス様が断られたのに、結局神母様を辱しめることに……」
駆け付けてきたハモンド神父が大声で話しながら、神母であるキアを抱えるようにして、礼拝堂の裏手の方に連れていく。
「まさか教会の敷地内で、神に仕える神母に向かって剣を抜いて襲い掛かるとは……信じられない所業だ!」
モーリス様は怒りを滲ませ、直ぐに教会警備隊の2人に剣を抜いて皆を守るよう指示を出す。
サイシス一行の捜索の様子を、固唾を呑んで見守っていた住民達も、可哀想な神母様の姿を見て怒りが込み上げてくる。
「なんということを!ああ神母様は大丈夫だろうか」
「神を恐れぬ悪党め!」
「俺たちだけでなく、神母様に酷いことをするなんて、許しちゃおけねえ」
住民達は口々にサイシス達に非難の声をあげる。そして神父様に抱えられて避難していく、神母様の痛々しい後ろ姿を見て心を痛める。
「絶対に許せない!私たち住民だけでなく、皆のために一生懸命尽くされている神母様に……神母様に剣を向けるとは……あってはならないことです」
教会の手伝いとして雇われたソルは、同じ女性として絶対に許せないと声をあげる。
ソルの隣で娘のシーラちゃんが「キアお姉ちゃーん」と言いながら泣いている。
「キアさん、何もそこまでしなくても……どうしてそんな格好で……」
ハモンドは予定には無かったキアの演出に、心配性の兄のように「は~っ」と特大のため息を吐きながら、なんだか胸が苦しくなる。
「ひどいわハモンド神父!ここは大丈夫ですか神母様?と言って心配するところですわ!でも、昨日洋品店に行った時に買った夜着が役に立ったわね」
ハモンドに抱えられたまま、プリプリと小声で文句を言うキアは、しっかり演技を続けながら小走りで応接室に向かう。
執務室棟に入り応接室で服を着替えたキアは、ハモンド神父に靴を取ってくるよう、そして神母は大丈夫だからと皆に伝えるよう指示を出した。
神父の住居前までハモンド神父が戻ると、サイシス一行4人と警備隊のセブルとエイコム、教会警備隊の2人が睨み合っていた。
「お前達は上司である私に剣を向けるのか!明らかな反逆行為だ!」
「我々の上司は警備隊隊長です。それに反逆行為などしていません。それとも教会内で神父様の許可もなく、勝手に住居に押し入り、剰え無抵抗の神母様に剣を向けたあなた方の行為こそが犯罪なのでは?」
セブルは1歩も引かずサイシスに向かって反論する。その言葉を聞いていた住民達は「そうだそうだ!」とセブルに加勢するように声を上げる。
神父の住居前は、一触即発の不穏な空気が漂い始める。
「皆さん、神母は無事ですよ。かなり驚いたようですが、徐々に落ち着きを取り戻しています。間も無く姿を見せると思いますので、双方剣を納めてお待ちください」
ハモンド神父が大声で神母の状況を知らせたので、一同は仕方なく剣を納めるが、まだ睨み合ったままである。
「斬りつけた訳でもあるまいに……大袈裟な……フン!」
サイシスの言葉に、警備隊の者も教会の者も、当然住民達も呆れて怒りが増す。
「今回の件は、ただ見過ごすという訳にはまいりません。これ程の無礼な行為を、もしも本当に統治官様の代理が行ったのだとすると、ブルーノア教会はレガート国王に謝罪と処罰を求めることになるでしょう。貴方がただの事務官だったとしたら、教会は貴殿方を捕らえることになります」
「な、なんだと!モーリスごときが偉そうに。私は罪人を捕らえようとしていただけだ」
「罪人?本当にそんな者が居たのでしょうか?こちらは、そんな罪人など居ないと終始言っていたのに、明らかに常軌を逸した振る舞いです」
サイシスとモーリス様が言い争っている所へ、キアの靴を持ったハモンド神父がやって来て、キアからの伝言を伝える。
「サイシスさん、神母からの伝言です。逃げずにお待ちくださいと」
「チッ!生意気な」
忌々しそうに舌打ちし、モーリスを無視して帰ろうと思っていた出端を挫かれた。モーリスは無視できても、流石にキアを無視するのはばつが悪いようで、サイシスは数分だけ待つことにする。
それから10分、神母であるキアが何事も無かったような顔をして、皆の前に現れた。
そして仕上げの為、もうひと芝居うとうと礼拝堂の前を笑顔で歩いていく。
「皆さんご心配お掛けしました。直ぐに診察を再開しますので、もう少しだけお待ちくださいね」
「神母様大丈夫ですか?私たちのことは大丈夫ですから、お休みになってください。早朝から山に薬草採取に行かれたとか……本当にありがとうございます」
ケガをしたのか右足を痛そうに引き摺った女性が、側に寄って来てキアに声を掛けた。
「神のご加護で傷によく効く薬草が見付かりました。途中血の跡と獣の足跡が有ったので、誰かが襲われたのかも知れません……まだ血の跡が新しかったのですが……町の人の中に山に行った人はいませんでしたか?草の上を引き摺られたような痕跡もあり、心配しているのです」
キアは心配そうな顔をして、逆に住民の身を案じているという話をする。当然サイシス達に聞かせているのだが、今になってその話をするキアに、マゴンは険しい視線をキアに向け、その話の意図を探ろうとする。
「ご心配をお掛けしましたモーリス様。それで、統治官様の代理……いえ、事務官のサイシスさんが探しておられた罪人は教会内に居たのでしょうか?」
「キアさん、そんな人間など教会内に居るはずがない。今、モーリスの権限で4人を捕らえようと思っているところだ」
モーリス様は険しい顔をして、サイシス一行を睨みながら、護衛の者達を呼び寄せる。走り寄って来た護衛のガルロ、レクス、ヤマギが、教会警備隊の2人と共にサイシス一行を取り囲むが抜刀してはいない。
6人居た教会警備隊の内、1人は午前中に教会の馬車で6人をハビル正教会に護送し、3人は午後に荷馬車で出発した3人を護送している。荷馬車には追っ手がかかると予想されたので、武術に優れていた3人を就けた。
「モーリス様、お願いがあります。明日は午後から慰霊祭がありますので、この方達を許す替わりに、明日の午後から町の住民の教会でのお祈りを許可していただいてはどうでしょう?」
「いいえキアさん。そもそも国王であっても祈りを禁止することなど出来ないのです。この4人を捕らえ理不尽な教会での祈りを禁じた罪も問うつもりです」
モーリス様は目で合図し、サイシス達を取り囲んだ5人が、ずいっと距離を詰める。
「教会の勝手が通ると思うな!私が命じれば・・・」
サイシスの話の途中で、マゴンがサイシスの腕を引き首を横に振って黙らせ、「今、問題を起こしては大師に叱られます」と小声で耳打ちする。
「分かった。女の要望を聞いてやろう!明日の午後から教会の出入りを許可する」
サイシスは怒りに満ちた表情のまま、苦渋の決断を下す。
「それから、明日の午後は住民全ての建設作業を休みにしてください」
「何を言う。もう充分に譲歩したではないか。生意気な口も大概にしろ娘!」
自分が招いたこととは言え、新たな要望を追加するキアに、顔を近付けギロリと睨んだ。自分を救ってくれたとは微塵も思っていないサイシスである。
「まあ嫌だわ。わたしは貴方の為に言っているのに……わたしは先程神の啓示を受けました。明日この町に、貴方にとって都合の悪い者達が到着すると……しかしそれは、住民にとっては明るい希望がやって来るということ。これはお願いではありません。きっと貴方は私に感謝するでしょう。住民を休ませてくれてありがとうと」
キアは不敵な笑みを浮かべ、まるで女王のような貫禄ある物言いで、サイシスに話す。
先程脅え泣いていた少女とは思えない、別人のような落ち着きある態度に、サイシスもマゴンも言い淀む。
到底受け入れ難い話なのだが、目の前の少女の顔を見ていると、黒く大きな瞳に吸い込まれるような……逆らってはいけないような気がするサイシスとマゴンだった。
「もしも、貴方が私に感謝する気にならなかったら、何時でもどうぞ……わたしは逃げも隠れもしませんわ。それに……クスッ……貴方がケンカを売ったのは、このロームズ教会に居るモーリス様でも神母である私でもなく、ランドル大陸の9割を信者に持つブルーノア教会にですわ。本気でケンカをする気なら、せめて1万の兵くらい集めていただかなくては……」
「「…………」」
生意気な娘から視線を逸らそうとするサイシスとマゴンだが、なぜか黒い瞳から視線を逸らすことが出来ない。それどころか背筋に冷たい物が流れる。何より常に人を見下してきた自分が、見下されているような感覚になる。自分より背も低いただの小娘にである。
サイシスもマゴンも、経験したことのない恐怖心のような……なんだか得体の知れない何かを感じ取り、それ以上の憎まれ口が叩けない。
「か、勝手にしろ」
サイシスはそう言うと、3人の部下を連れ足早に教会の敷地から逃げるように出ていった。キアの放った【銀色のオーラ】は、いつもの3分の1程度だったが、効果てきめんだった。
「皆さんキア神母が、統治官代理だと言っていた者から、明日の午後より教会で自由に祈ることを約束させてくれました。そして神様より受けた啓示によると、明日の午後から、工事現場で無理矢理に働かされることは無くなるようです」
モーリス様はよく通る大きな声で、教会内に居る全員に聞こえるよう知らせた。
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